第1話 陥没穴へと向かう

「それじゃあ行ってくるよ。ヒナさん」



 私はそっと、起きることなくベッドで寝込んだままの恩人に別れを告げる。そして小屋を後にする。少し歩いた所で振り返ると、寂れた風車が見える。手入れが行き届いてないあの風車が回ることはない。


手入れが億劫だから放置していたわけではない。どう手を尽くしても動かなかったのだ。動かすどころか錆すら落とすことができない。


不思議な話だが、あの風車は持ち主と状態を共有しているように思える。このような現象は何もこの場所だけの特別な話ではないからだ。


ここからずっと先にある森、海、湿地も同様に所有者を失くしてからみるみる内に枯れ、干涸びてしまったらしい。



 私はこれから王都に向かう。

徒歩で?いや違う。私は……魔法!使いだもん。


意識を集中し背中から純白の翼を生やす。そして一飛びだ。魔法使いたるものこれぐらいのことが出来て当然である。



 魔法都市ディルクナード。エネルギーのほとんどを魔力によって賄っていたり、最高峰の魔法教育機関である魔法学園がランドマークにもなっている世界有数の魔法都市である。


子に魔法使いとしての才覚を感じたのなら、まずはディルクナードに通わせろというのは常識だ。

 


 そんなことを再確認しながら意識を飛ばしていると門前にたどり着いた。出迎えてくれるのは見上げるほどに大きくて立派な石造りの門。紫色の腐食に侵された門をくぐればさぞかし美しい都が広がっている。訳ではない。


 活気があった城下街の姿はもうここにはない。街中に飛散したヘドロによって溶け崩れた住居だったものが散乱している状態だ。とても人が住めたものではない。


なるべくヘドロを避けながら奥へと進んでいくと、次第にこの状況の元凶となったものが見えてくる。


街をポッカリと飲み込んだ空虚。巨大な陥没穴がその姿を現す。この災害の原因。つまりはこの大きな陥没穴を調査するために私はディルクナードを訪れたのである。


 穴の近くには数人が集まっていた。観光客ではないと思うので、私は声をかける。



「エリカ・ヒースペントです。調査隊の皆様ですか?」



 私の声に反応するように、甲冑の男が振り返った。彼は手に数枚の書類を手にしている。周りの兵士とは格好が明らかに違うので、リーダー格であることは察することができる。



「ああ、そうだ。私は第5次調査隊の隊長である。歓迎しよう」


「隊長さん、よろしくお願いします!」



 私は隊長の無愛想な自己紹介に手を振って答えた。隊長は私と書類を舐めるように見比べる。品定めをされているようで、気分が良いものではない。



「ところで隊長さん。他のメンバーはどちら?」


「さぁな。それより早くあそこの兵士からカードを受け取れ」


 

 ぶっきらぼうに指を刺された兵士がこちらへ大急ぎで走ってくる。



「ヒースペントさん。こちらをどうぞ」


「ありがとうございます」



 兵士は割符のようにカードを半分に割り、片割れを差し出した。この一対のカードは珍しい魔道具である。


念じればどんなに遠くに居ても片割れと即座に引き合わせてくれるという優れものだ。つまりこの兵士がきちんと地上で片割れを保管していてくれれば、私はいつでも穴の中から帰還できるということである。



 ただ一つ疑問がある。



「このカードは以前の調査隊の皆さんにも配ったものですか?」


「はい。全員にお配りしているのですが、未だに誰一人として使用した形跡はありません」


「第一次調査隊にもですか?」


「もちろんです。あの御方たちに必要なものかどうかは分かりませんが、念のため」


「──分かりました」


「無事に帰還されることを願っています」



 どうやらこのカードがあるから安全が保証されているわけではないようだ。あの穴には一体何が待っているというのか。第一次調査隊。誰もが成功して無事に帰るだろうと気にもしていなかったメンバー。かの有名な魔女全員が生死も行方も不明という異常事態に立ち向かうわけだ。気を抜くと今にも膝が笑ってしまいそうである。



「ほら、エリカだっけか。行くぞ」



 隊長に呼ばれて穴の目の前にいくと、見るからに個性的な3人がいた。


 一人目の艶がある黒髪は露出が多めのドレスのような服に短めの外套を着崩して羽織っている。



「あらー、これまた可愛らしいお嬢さんね。ローズよ。よろしくね」



 彼女は実に甘ったるい声であった。


 二人目は緑髪のおかっぱ頭。丸眼鏡が印象的な小さな男の子であった。



「ドラセナ」



 彼は短くそれだけ言うと、姿が透明になるみたいにひゅんと消えた。


 三人目は長く黒い外套に全身を包んだ長身だ。



「ライラックだ。訳あって今は姿を見せることが出来ない。ただ最大限の強力をすることを約束しよう。なぜならば私たちは同じ第5次調査隊のメンバーだからだ」



 彼、彼女は何とも形容しがたい声色であった。



「エリカです。よろしくお願いします」


「はぁ、仲良しごっこはそこまでだ。さっさと行くぞ」



 私が頭を下げると、割り込むように隊長が声を上げた。



「あら? まだ集合時間には早いわよ。それにもう一人くるんじゃないかしら」


「ああ。その予定だったが、俺の判断で少し早く落ちることに今決めた。最後の一人は足手まといだから置いていく」



 隊長は横暴な判断を改める気はないらしい。置いてかれた方がそいつのためだとまで言い出した。



「どんな人であれ集合時間までは待つべきじゃない? 足手まといって言っても調査隊に名乗りでる以上は最低限──」


「最後の一人は非魔法使いだ」


「「え?」」



 私は常識を口にしたが、隊長から知らされたのは驚きの情報であった。いかにも魔法的な怪しさがあるこの穴に非魔法使いが入る。命知らずと表現するには無理があるに決まっている。



「ふん、沈黙が全てを物語っているな。結構なことだ」



 会話にドラセナとライラックは一切入ってこなかったが、ローズも納得したようでこれ以上は残ることを主張しなかった。



「第5次調査隊。これより陥没穴へ降下する」


「「「は!」」」



 兵士たちが一斉に敬礼する。私たちは振り返り陥没穴を見据える。モヤモヤとした気持ちはこの穴を前にすると恐怖に姿を変える。



「まだ全容が一切把握できてない状況だ。何が起こるか分からない。もしかしたら入った瞬間に悲惨な末路を辿るかもしれない。これは最終確認だ。それでも降りるという意志のあるやつだけ降りてこい」



 隊長は最後にそれだけを言い残すと虚無へと踏み出す。禍々しい口に体を任せるように落ちていった。強引で横暴な人なのは間違いないけど、血が通ってないほど冷徹な人ではないのかもしれない。



「私は行くわ。ここに私の欲するものがあるのだから!」



 ローズは隊長に続き、ぬるりと穴へ吸い込まれるように落ちていく。


 あとの二人の姿を確認しようと首を横に向けたが、すでに飛び込んだのか姿はもう無かった。つめたいような気もするが、魔法使いらしいともいえる。


 後ろからは兵士の激励が聞こえてくる。分かっている。言われなくとも無事に帰ってきて、私はあの人とまた一緒に暮らすのだ。覚悟を決めて穴へと両足で踏み切る。



「行ってきます!」



 私は今日二度目の別れを告げることで、絶対に帰ってくることを誓った。

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