少女は辺境の眠り姫を救うために陥没穴へ。変身魔法で無理ゲーすぎる魔女と相対っす
シンシア
第一章 陥没穴調査編
ダイイチワ? イナ ダイ二j───
「ここしかないんだよ!!!」
え……。
私は気が付くと、力いっぱいに地面を蹴り上げながら大声を上げていた。両の足を四足に。背中からは純白の翼を。頭上には光輪が。人間とはかけ離れた姿に変身する。
ここしかない。これは私が誰に向けて放った言葉だろうか。
目の前で敵に囲まれている桃髪の少女へ?
その後ろの胡散臭い紫髪の魔女と白髪の魔女へ?
それとも自分へ?
とにかく体が勝手に動いたと思った次の瞬間には、桃髪の少女を取り囲む黒外套の奴らを大槌で吹き飛ばしていた。長い柄をしならせて振るう一撃は相手の陣形を崩す。
「ネリネ! 早く手を掴んで!」
私は桃髪の少女に手を伸ばす。
この穴の中では誰しもが自分の為すべきことを、願望を優先する。暗黙の了解であった。それなのに。
「私達を裏切るとはね」
正面からは魔力を圧縮したかのような水の弾丸が飛んでくる。明確に私を打ち抜こうとする魔法。他人から向けられる殺意の結晶体がこんなにも鋭利なものだったとは。
恐さをぐっと押し殺して、私は空へ飛びあがって回避する。しかし、その一瞬の隙をつかれて桃髪の少女は再度取り囲まれてしまう。
「ネリネ!」
私は次々と降り注ぐ水弾を避けながら少女の名前を叫ぶ。必死に手を伸ばしても届かない。敵を払おうにも魔法を避けながら槌を振るうことなど不可能だ。
私はジリジリと周りを囲まれ、魔法で眠らされる桃髪の少女のことをただ見ていることしかできなかった。
「──エ、リ、カさん」
少女は意識が途絶える最後の瞬間。彼女は私の名前を確かに呼んだ。私の髪は彼女と同じピンク色なのに。どうしてこんなにも彼女の髪色は美しく見えて、自分の髪色はこんなにも醜く思えてしまうのだろうか。
「ご苦労様だ、塔の魔女よ」
「ああ、なんてことはないさ。ネリネは私に任せてもらってかまわない。君はあっちを頼むよ」
仲間の喪失を悔やむ暇はなかった。裏切り者への制裁を加える為か。白髪の魔女は気だるげに肩を抑えながらこちらへ近づいてくる。一歩近づかれる度に心臓が跳ねるように鼓動を早める。
体は魔女から発せられる魔力によって、冷たく凍えそうなほど震えている。花嫁のドレスを纏う彼女はこの国が誇る絶大な力を有する魔法使い。四大魔女の一人。海の魔女である。
病弱そうなほどに透き通る白い肌。妖艶な顔立ちをしているかと思うと、幼子のような無邪気な表情を浮かべる。年齢不詳な容姿。極めつけは頭上に生える大きな獣の耳。獣人の強さの象徴である立派な牙や爪、鉄壁な体毛、驚異的な身体能力。
そのどれもを持って生まれてはこられなかった代わりに、神様が彼女たちに与えたのは魔法の才である。そんな彼女たちのことをこう呼ぶ。
「ネコミミ」
私の声に対して海の魔女はハッと短く嘲笑する。
「じゃあ、私たちは君らのことを人間とでも呼べばいいのかな。関係者である君にまで忌み子として揶揄されるとは思ってもなかったよ。ところで私の本当の名前は聞きたいかい?」
「いいえ、結構。魔女の名前なんて呪いの言葉と大差ないことぐらい知ってる。それに私が覚えておきたい名前は一つしかないから!」
「ほう! それは実に敬愛に満ちた素晴らしい答えだとも! それじゃあこちらも君に最大限の敬意を払おうじゃないか。君の心は今、誰のもとへあるのかな」
海の魔女は余興を披露してみろと言わんばかりに私の答えを催促してくる。その不遜な態度に腹の奥が煮えるように熱くなる。もうほっといてほしい。私はずっとあの人と世界の端っこでもいいから静かに暮らしたいだけだ。
それだけのはずがどうして魔女と対峙する羽目になり、一触即発の事態にまでなっているのか。しかし、結果的に全て自分が招いたことだ。嘆いていても仕方がない。私は息を吐き出す。心を捧げたあの人を思い浮かべながら。
「私は───」
これは森の魔女を〇すために陥没穴へ落ちた私。エリカ・ヒースペントの物語である。
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