第57話『最終決戦③』【緋衣SIDE】
「っ! クソッ!」
ただひたすらに、徒労が身体を蝕んでいる。
俺は少しもスピードを落としていない。音速を超えたスピードをもう七分近く出し続けている。
なのに俺はあいつに追いつけていない。
純粋な速度は俺の方がはるかに上だ。障害物を避けたり、曲がったりする時間も、布の伸縮を利用すればそこまで大きいロスにならない。
今みたいに、あと一歩で手が届く距離に近づくことができたことも、1度や2度ではない。
だが――
「十二人」
「っちぃっ!」
十三人の美翠水蓮が混ざり合い、それぞれ全くバラバラな方向に分かれた。
こうされてしまえば、俺にできることは最速で分身一人一人を処理することだけだ。
俺の『勇者武具』は、やろうと思えば広範囲に攻撃の手を広めることもできる。体中に巻きつけている布を一気に伸ばし、敵を絡め取る【天衣無縫】と言う技。
しかし、この技を【縮地砲】で移動しながら使って、分身をすべて絡め捕るなんて真似は不可能だ。身体にかかる負荷が大きすぎるし、そもそも俺の脳の処理能力の限界を超えている。
全く違う方向に立体的に逃げていく13人の美翠水蓮。それぞれの分身は、簡易的なものだけどブラフやフェイントも混ぜてくる。
なにより、そいつら一人一人を倒していく間に、他の美翠水蓮は俺から距離を離してしまう。
積みあがっていく時間のロスが単純な速度勝負から俺を遠ざける。俺の【縮地砲】に完全に対応した手だ。
しかし、単純な時間稼ぎ以上の意味のない手でもある。
(こんなことを繰り返しても、その内一発で本体に攻撃することがあるかもしれない。それ以上に、もし出せる分身の数に限りがあったら? それが現実になれば、もう逃げ続けることは叶わなくなる)
意図が見えない。どうしてこんなことを――。
ふと、駅のホームにぶら下がっている駅名表を見る。
『K町駅』
「・・・・・・!」
わかってしまった。
あいつが何をしようとしているのか、あいつの目的はなんなのか。
それは、不可能としか思えない、空想でしかない俺の妄想だ。
それでも、俺の妄想がもし現実になったら。
「ありえない。そんなことができるはずが──」
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後に『六・六T都戦争』とされるこの一連の戦争の象徴ともされた、とある出来事が存在する。
T都S田区、Tスカイツリー。
ここは英雄省の民間人保護拠点として機能していた。
総勢二百四十名の英雄省、四百二十名の自衛隊員が防衛を行っていた。その日世界で最も厳重な警備体制が敷かれた空間であった。
しかしその鉄壁の要塞は複数回の魔王軍の襲撃により崩され、結果的にこの戦争による民間人の被害を数万人増やしたとされている。
最後の襲撃は魔王軍特別幹部である龍星世界の『星に願いを』による攻撃の、二〇分前に起こった。
この最後の襲撃により、その時警備をしていた英雄省の人間は全滅した。
その最後の襲撃を起こした、この戦争の立役者の一人と言える、その人物の名は――
〈著者・咎内巡 魔王軍戦史四巻第七章『六・六T都戦争』より抜粋〉
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Tスカイツリーに、巨大な龍が巻き付いていた。
血に塗れたエイリアンが闊歩している。
焦げ、丸くなっている何かに俺は見覚えがあった。
今や、スカイツリーの周辺に居る人間は三人だけだった。
「テメエ・・・・・・!」
俺と。
「待っていましたよ、ヒーローさん」
美翠水蓮と。
「これが貴方を殺すには一番効く、そう思ったんですよね――では」
そして。
「命を使って、この子を助けてください」
名前もわからない8歳ぐらいの小さな女の子を、美翠水蓮は掴んでいた。
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