第58話『悪魔の有罪証明』

 美翠は何も持っていない、左手を俺に見せた。

 左手に奇怪な拳銃が現れる。


「これは『そして誰もいなくなった』という能力で、姫ちゃんが所持していた能力なのですが、撃ちだされた銃弾に当たると、当たった部位から広がるように侵食して最後にはエイリアンが食い破ると言う能力です」


 美翠は、次に右手を向けた。

 恐怖に顔を歪めた女の子が、掴まれている右手を。


「さっき教えてもらったんですが、この子白雲つむぎちゃんっていうらしいですよ――さて、この可哀想なつむぎちゃんの首をねじ切るのと、貴方の攻撃が私に届くの、どちらが早いと思いますか? ま、なんにも起きなかったらねじ切ったりしませんが――あなたが私に攻撃をしたり、貴方が逃げたりしたら、驚いた私は判断を間違ってしまうかもしれないので、あしからず」

「・・・・・・なぜ、お前は、そんなことができる!」

 あの時確かに、仲間が殺されたことをあいつは悲しんでいたはずだ。怒っていたはずだ。

 それなのにどうして。


「他の誰かにも、自分と同じような心があるってわからないんだ!」

「そんなこと言われても・・・・・・他の誰かは、私でも、私の友達でもありませんからねえ。無関係の他人ですよ」

 美翠は持っている銃をくるくると回す。


「暴力的で、気持ち悪くて、壊れていて、間違っていて、狂っている人間は、幸せになってはいけないんですか? 関係も面識もない、どこかの他人の為に、不幸なままで居ろっていうんですか? そんなの――」

 拳銃の回転が止まる。銃口は俺に向けられた。


「納得できるわけないじゃないですか」

「・・・・・・そうか」


 俺とあいつは、きっと分かり合えないのだろう。


 幸せを奪われたから、もう二度と奪われないように正義の下で戦ってきた俺。

 まだ見ぬ幸せを手に入れるために、悪として戦ってきたあいつ。

 なにもかもが違いすぎる。


 俺がこいつにできることは、最後まで己の正義を貫くことだけだ。


 俺は頭を指で叩いた。顔に纏わりついていた虫の仮面が剥がれていく。


 誰もいないビル街に流れる夜の風が、滝のように流れていた汗を吹き飛ばした。

 つむぎちゃんの顔を見る。不安げな、あどけない顔だ。

 生きていれば、優子もあれぐらいの歳になっていただろう。


「つむぎちゃん。心配しなくていいからな」

 つむぎちゃんを安心させるために、俺は微笑んだ。


「撃てよ。撃ったら、つむぎちゃんを逃がせよ」

「・・・・・・はい。勿論。貴方がおとなしく撃ち抜かれてくれたら私は何もしませんよ」


 美翠は、引き金を引いた。

 弾丸が見える。緑色の大きなイクラみたいな気味の悪い弾丸。今の俺なら、叩き落とすことも、避けることもできるだろう。

 どちらも選ばなかった。


 弾丸が俺の頭に当たる。頭がはじけ飛んだりはしなかったが、代わりに何か悍ましいものが頭に染み出ているのがわかった。


 美翠とつむぎちゃんを見る。俺が撃ち抜かれた後でも美翠はつむぎちゃんを手離していない。


「この子が死なない限り、貴方は負けないじゃないですか」

 ギリギリ意識のある俺に最大の苦しみを与えようとしているのだろう。あいつは、つむぎちゃんも殺すつもりだ。

 させない。


 俺はノータイムで自分の首を引きちぎった。これで、頭以外のパーツは大丈夫だ。

 すでに、身体に命令は出している。


 靭帯、筋肉、血管、神経。文字通り、自分の体の全てを使った俺の最終奥義。


 最後に残った意識で、俺は祈ることができた。

 つむぎちゃんが明るい未来を迎えることを。


「【運命さだめの赤い糸】」

 












 私は、美翠水蓮は地に伏していた。

 つむぎちゃんを掴んでいた右腕は、赤い槍のようなものに貫かれ、粉砕され、その上でコンクリートの大地に縫い付けられていた。

 魔王の一族の異様な再生能力をもってしても、回復できるはずがない致命傷だろう。


 つむぎちゃんには逃げられた。

 粉微塵に破壊された腕はつむぎちゃんを掴み続けることができなかったし、私自身は痛みと衝撃と驚きに適応するために必死でつむぎちゃんに追撃の手を向ける余裕がなかった。


 私が痛みに慣れて周囲を冷静に見ることができるようになった時には、もう周囲にはだれもいなかった。


 私は緋衣だったものを見る。

 遠くに投げられた頭部は爆散していて、今は出来そこないのエイリアンが居た。


 体の方は、バキバキに折れた骨やら、ぶちまけられた体液やら、絡まり千切れた筋繊維やらで構成された、肉の山になっていた。原型は完全に無くなっていたものの、何かを射出する目的で組まれた身体ということは辛うじてわかる。


「そっか・・・・・・私負けたんだ」

 緋衣は自分の正義を、理想を体現して死んでいった。私達の勝利というにはあまりに不完全な勝利だ。


「悔しいな・・・・・・」

 雫が、目から零れ落ちた。

 目をつぶり、私は呟く。


「ごめんね、みんな。私はあいつに、勝てなかった」

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