53話『神に祈るほどでもない小さな願い』


 この状況の正解を考えろ。脳を稼働させろ。

 どうすれば、どうすれば姫ちゃんを助けられる。


 ――分神―姫ちゃんの能力―魔法変身――緋衣の攻撃――電気――瓦礫の多い地帯―本作戦の意義――2体1――


 足りない情報と飽和している情報が、ただただ無意味で無駄な、現実逃避に近い思考を進めていた。

 だからだろうか、私は、目の前に迫っている脅威に気付くことができなかった。


「!」

 気づいた時にはもう遅く、私の目の前に赤い布が――。




 なんでなんだろう。なんで姫がこんなことをしているのだろう。

 なんで金庫坐お姉ちゃんが裏切っているのを見た時、ガタガタの身体で魔法変身なんて使ったんだろう。

 姫らしくもない。普通に逃げて隠れていればよかった。


 一日に二回も魔法変身を使うのは、無茶だってわかってたのに。

 煙託さんが勝てなかった人に、姫が勝てるわけがないってわかっていたのに。


 それに姫が必死になって戦わなくても、せいぜい美翠お姉ちゃんが死ぬだけだ。それ以上の被害はきっと出ないだろう。美翠お姉ちゃんが、死刑囚が暗黒物質で作った人工知能みたいな美翠お姉ちゃんが死ぬだけだ。

 蛍火から姫の命を助けてくれた美翠お姉ちゃんが、死ぬだけだ。


 あの時、姫を蛍火から助けなくても大局的には問題なかった。普通に姫を見捨てて世界ちゃんを見つければよかっただけだ。勝算は少なかったはずだ。読みが少しでもずれていたら、美翠お姉ちゃんは死んでいた。

 それでも美翠お姉ちゃんは助けてくれた。


 姫は今までずっと苦しんで、頑張って、それなのに認められなかった。使い潰された後、簡単に捨てられる一枚のティッシュでしかなかった。

 美翠お姉ちゃんだけが姫を肯定してくれた。もし美翠お姉ちゃんを見捨てたら、姫はもう誰にも認められない。

 それが嫌だったから、姫はあいつに戦いを挑んだんだ。全てを賭けて、全てを失って、そしてあいつに戦いを挑んだんだ。


 もう、姫には何もない。異能も、異次元の回復能力も異常な身体能力も無い。


 それでも、これぐらいのことは出来る。


 身体を傾ける。放心状態で力が抜けている美翠お姉ちゃんの体を蹴り、跳ぶ。

 電気が美翠お姉ちゃんの体を通らないように。身体を空へ投げ出す。


 電流を纏っている赤い布を、身体で受け止めることはそこまで難しくない。

 少しの隙しか作れないだろうし、美翠お姉ちゃんの目を覚まさせることしかできないだろうけど、それだけのことができるなら後は美翠お姉ちゃんに任さるべきだ。


 駄目でも姫は悪くない。


 なぜだろう、悲しくも辛くも怖くもないのに、涙が零れ落ちてくる。

「美翠お姉ちゃん」

 神様の為に、家族の為に、魔王軍の為に。自分を殺してでも叶えたい理想が、姫の中にあったのなら、それは。

「褒めて、くれない?」






「姫ちゃん――冗談ですよね?」

 まさか、そんなわけがない。動いていないのはただの姫ちゃんの悪ふざけだ。



「ありがとうございます。本当に姫ちゃんは凄いですよね。だから、起きてください」

 頼まれたとおりに褒めてあげる。何一つ、反応がない。



「・・・・・・わかっているだろう。美翠水蓮」

「は、ははは。貴方のようなゴミカスなヒーロー気取りにわかることなんてあるわけがないじゃないですか」

 そうだ。こんなにひどいことが起き続けるはずがない。私は姫ちゃんが生きていることを確かめるために、私は姫ちゃんの首に触れた。

 脈が、無くなっていた。

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