52話『供物を神へ・神を供物に』

 特定信号を辿って、姫ちゃんの元まで辿りつくことはそこまで難しいことじゃなかった。

 瓦礫にまみれた大通りに、二人の人間がいた。


「かははは! 面白い。褒めてやろうぞ緋衣正義! これほどにわらわから逃げ続けられた人間はお前が初めてじゃ!」

 姫ちゃんの姿はそこにはなかった。

 緋衣と、胸の大きい見知らぬお姉さんが戦っていた。


(特定信号を出しているのは確実にあのお姉さん――あれが姫ちゃん? もしかしてあれが姫ちゃんの魔法変身?)


 よくよく見ると、ところどころの顔のパーツに原型が感じられる。戦闘に使っているのも前に見たエイリアンと似た造形だし――前に魔法変身はできるとは言っていたが、すごい変わりようだ。

 口調もまるで違うし、変身と言うか人間が変わっているような・・・・・・。


 姫ちゃんは扇子を振り、エイリアンの群れを操作し、緋衣に差し向けていた。


 一方緋衣は、虫の触覚のように蠢く布を操り、エイリアンを投げ、締め付け、叩き、処理している。数十秒見ているが操っている布の本数は最大でも七本。もう一、二本ぐらいは伏せていてもおかしくはない。


 普通に見たら姫ちゃんの優勢だ。緋衣から姫ちゃんへは攻撃はエイリアンの群れに阻まれ、逆に姫ちゃんからの攻撃を緋衣は完全に防ぐことができていない。

 このまま戦い続け、何もなかったら確実に姫ちゃんが勝つだろう。



 だが、そう簡単にいかないことも確実だ。



 卑劣で醜い外道な策で煙託さんを殺し、金庫坐さんを口先のデタラメで裏切らせた男ならば、ここから戦局を変える策を用意をしないはずがない。


(でも、それは私を勘定に入れていない策のはず。今、目の前に居ない私を入れるような不確実な策を、きっとあいつは取らないだろう。ならばもし私がここで参戦したら、あいつはきっと私を勘定に入れた策を考えるはず――だから、ここで私は出ない)


 あいつが策を一つも持っていなかったら姫ちゃんがそのまま勝つ。

 あいつが逆転の策を持っていたとしても、それは私を想定していない策だ。私が乱入すれば壊せる。


 最優先事項はこれ以上友達を、つまり姫ちゃんを失わない事、そして緋衣を殺すこと。私の復讐は二の次だ。


 だから私は、今はまだ機をうかがい隠れているべきなのだ。相手に私と言う駒を、緋衣に認識させないために。少なくとも戦況が変わるまで。


 


 戦況はすぐに変わった。それも、いい方向に。

 

 緋衣はそれまでの戦闘と同じく、五体のエイリアンを布で捕らえ、絞めた。

 それまでと違ったのは、エイリアンが鰻のように細長い形に変形し、布から抜け出したことだ。


「っ!」

「わらわの子は、死んでも死なぬ――貴様を殺せず死んだ子は貴様を殺すために牙を研ぐ」

 その五体のエイリアンは緋衣の頭と四肢に牙を立て――喰らった。


「――」

 右半分の頭を失い、四肢を失った緋衣は、当然声を上げることもできず、体勢を崩し――倒れるよりも早く、エイリアンの群れが緋衣の体を囲んだ。

 仇の、みじめな最期だった。



「姫ちゃん!」

 いてもたってもいられず、私は姫ちゃんの元に走る。


「姫ちゃん! ごめんね! 痛かったよね! 本当にごめん! 戦略上とはいえ姫ちゃんが必死に戦っている間、ずっと見ているだけなんて――」

「誰じゃ貴様――ああそうか、小娘の仲間か・・・・・・ほう。貴様も面白いのう。貴様の目の奥底――まるで月の無い夜のようじゃ」

 なんでのうとかじゃとか言っているんだろう。初登場時にのじゃとか言うキャラじゃないことを確認したはずだが。


「――ふん。謝罪はいらん。わらわの子は小娘の作った子と違って区別がつかぬ。お前が来ていたら、お前を喰っていただけじゃよ」

「金庫坐さんも、心も、死んじゃって。ごめん。姫ちゃんはこんなに頑張ったのに私は」

「まるで小娘のように平謝りしとる。小娘が起きた時には、涙で湖ができるのではないか? 心配せずともわらわは――守れ!」

 姫ちゃんが叫んだ。

 だがその時には、もうすべてが終わっていた。


「姫ちゃ――」

 姫ちゃんの身体に、赤い布が触れていた。

 まるで見えない人形師が見えない糸で引っ張ったかのように、不自然に震えた後、姫ちゃんは倒れた。







「【NMZ・ボルトダイブ】『血濡れの英雄レッドチャンピオン』」


 伸びている布の先には、エイリアンが群がっている。

 ありえない。生きているはずがない。動けるはずがない。頭を切り落としたのとはわけが違う。頭を半分潰したんだ。それで攻撃が出来たら、それはもう生物では――。


 姫ちゃんの魔法変身が解けて、元の姿に戻ると同時に、エイリアンが消えていく。


「これは――お前が殺した海原藍斗の作った、電流を流す機械だ。これで体中の血液に刺激を与えて、魔法変身をした。俺の能力なら余剰の電力をお前の体に流すことだってできる」

 緋衣が立っていた。足も、手も、全て揃っている。

 だが違う部分もある。頭だ。頭はまるで昆虫の蚕のような形に変わっている。



「俺の魔法変身は、操る対象の拡大。布を操る能力から、糸を操る能力になるっていうもので――筋繊維や神経、果てはDNAまで、その対象にできるんだ。そうやって筋繊維や脳神経を伸ばして俺は生き返り、お前を攻撃した」


 そうだ。姫ちゃんはこいつに攻撃されたのだ。

 姫ちゃんは元の姿に戻って苦しそうにうずくまっている。

 ――使うたびに身体が酸で溶けたみたいな痛みが来るし、その後二週間ぐらいは最悪の体調になるしぃ・・・・・・。



 姫ちゃんは前にそう言っていた。生命力の高い魔王の一族がそれだけ消耗する技をこんな形で無理やり解除したら、耐えられるわけがない。

 もう、姫ちゃんは。


「俺だけの力じゃない。あいつが作ってくれたから勝てたんだ。だから、あいつ風に言うなら──科学がお前を殺したんだよ」

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