51話『聖戦④』

(これは――まずいな――)


 ぎりぎり、壁に寄り掛かる状態ではあるがまだ立っていられている。逆に少しでもダメージを入れられたら即アウトだ。

 血がまぶたに纏わりついているせいで前はほとんどみえない。骨も数本折れているだろう。


 でもそれ自体は問題ではない、数十秒あれば万全な状態まで治り、戦いを始めることができるだろう。

 問題は目の前に金庫坐さんがいるという事だ。

 金庫坐さんはもう指を構えている。私が不審な動きをすれば【外出血】で即座に撃ち抜かれてしまう。


 金庫坐さんの切り札。血を部屋中に【輸血】してタイミングを見計らい一斉に集中攻撃をする技、【血脈】。


 【輸血】は【血潮】が回る時に出る飛沫に乗せていた。そうすることでばれにくく、広範囲の【輸血】を可能にしていた。

 ――気づけなかった。【血潮】に違和感を感じることは出来ても、そこから【輸血】につなげることは出来なかった。


 純粋に金庫坐さんが私よりも上手だったのだ。

 繊細な思考誘導と大胆な布石。

 戦士としてあまりに隔絶した差が、彼女と私の間にある。



「だからこそ――なぜですか」

 でも、最後まで足掻き続ける。無駄だとしても、そうしなければならない。


「金庫坐さん。貴方はどうして、私達を裏切ったんですか」

 一拍、間が空いた。


「・・・・・・お父さんはさ、戦いで死んだんだ」

「なら英雄省を恨むべきでは」

「一般人を守って、魔王軍と戦って死んだんだよ。とある町の人間を皆殺しにする任務が有ってさ――お父さんはこのことを英雄省に密告して皆を守って、そして報復された」

 金庫坐さんの目元が光ったのは、血が光を反射しただけなのだろうか。


「そのことを知ったのは、ついこの前の任務だったよ。緋衣くんに教えられて、初めてそのことを知った。ぼくはそれまでお父さんは敵との戦いで死んだって聞いてたんだ――皆、ぼくを騙していた」

 鵺泣さんが言っていた。金庫坐さんのお父さんは愚かな人だったと。詳細は結局聞けずじまいだったが、こんな最悪な形で聞けるとは。


「力を持っていない無辜の人々を何人も殺してきた。理不尽に、事務的に。それが正しい、お父さんが望んだことだと思って――何もかも違った。ぼくの知っていた正さは全てハリボテだったんだ。絶望したよ。今だから言うけどぼくはこの戦場で、死ぬつもりだったんだ。せめて贖罪するために、ぼくの首を捧げて死のうと思った」

「・・・・・・」

 違和感が一つある。が、ここでわざわざ聞くのはせっかく乗ってきた話を折ることになる。

 自重しないと。


「でも、緋衣と出会って気づいたんだ。ぼくが本当に償える方法があるなら、今からでも正しいことをすることだって。そして僕にできる正義は──魔王の一族の力を使い、弱者を蹂躙する君たちを殺すことだ」

 そうか。そういう事だったのか。

 理解はできた。その上で断言できる。


「そんなの、ただの自己満ですよ」

「・・・・・・理解してほしいとは思わない。君はきっと、誰よりも利己的で最悪な――」

「たとえ正義が欺瞞だったとしても今までの人生が地獄だったとは、絶対に言わせません。私達との楽しい日々が、美しい思い出までもが、欺瞞だったなどとは」

 金庫坐さんとミッションを成功させたことを、私は覚えている。

 私との仲はそこまで長くなくとも、そこには確かな絆があったのだ。


「私達を恐竜から助けてくれたじゃないですか。本当に何もかもに絶望していたのなら、私達を救うことはなかったはずです。というか殺しちゃってるじゃないですか。正義側の人を」

「それは」

「貴女が裏切った理由は、自分の為でしょう? お父さんを裏切ったと言う事実を無かったことにするため、貴女自身が救われるため、それは決して正義の為なんかじゃない」

「違う」


 心を込めて思いを吐く。

 今の私にできる唯一のことを、全霊で。


「私達への友愛が、本当に一切なかったなんて、そんなわけはないでしょう。現に今、私に遺言を喋らせています。本当に冷徹に『正しさ』を貫くなら、今すぐ撃ち殺した方が良いのに」

「違う」

 金庫坐さんの顔が歪んでいく。


「貴方は確実に引きずっています。私達を裏切ったことを」

「違う」

 違うものか。


「貴女は今でも、私のことを友達だと思ってくれています」

「違う! 私は、私は!」

 金庫坐さんの指の先が、赤く染まる。

 終わりだ。これで、全てが終わる。


「【外出――】」

「ボカーン」

 本当のことを言えば、そんな種類の音ではなかった。ズシン、というほうが近かったかもしれない。


 確かな爆発音が頭上から鳴り響いた。

 コンクリートで造られている天井が、ひび割れ、崩れ、私達の上に落ちてくる。

 ──出す分身は五人。一人は前、一人は後ろ、二人は横、一人は――



 あらかじめ何体か分身を飛ばしていたのは、この作戦の為ではなかった。金庫坐さんが何かしてきた時に、状況を持っていくための仕掛けでしかなかった。

 私は金庫坐さんを信用していた。金庫坐さんが、私の友情に答えてくれたのだ。


「な、【内――】」

「十一人。悪手です」

 回避のための【内出血】を使うために、【外出血】を解いてしまっては、私がフリーになってしまう。

 私に能力の使用を許してしまうのも、論外と言っていい悪手だ。戦略的には落ちてくるコンクリを無視して、私を【外出血】で殺してから肉体性能で無理やり回避するのがベストの選択だっただろう。

 しかし、いくら優れた戦士でも――優れた戦士だからこそ、眼前にいきなり現れた危機への対処を後回しにすると言う判断は出来ない。


 生存本能は、理性を超える。


「さよなら。私の愛するお友達」

 十一人の分身が群がり、襲い掛かる。

 金庫坐さんの口が何か動いた気がした。なんかいい感じの言葉なのだろうと解釈しておこう。


「ボカーン」

 コンクリの塊が、爆発によってさらに砕けて嵐のように吹き飛ぶ。

 中心地は金庫坐さんだ。


「来世でも、友達になりましょう」

 上から落ちてくるコンクリ塊を【皮流】で避けながら、私は呟いた。

 熱風と【皮流】ではさばききれないような砂埃が傷口に響く。


 壊された天井からは、空が見えた。

 電気が途切れ、暗くなったT都の空には皮肉なほどに綺麗な、無数の星が浮かんでいた。

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