45話『正面斬って悪に染めて』
私は美翠水蓮。間違いなく美翠水蓮。確実に美翠水蓮だ。
「私は美翠水蓮ですよね? まさか変な殺人鬼とかじゃないですよね?」
「なに言ってんだよ。お前もそろそろイカれ初めて来たか?」
「なにを喋っているのさ――そろそろ別エリア入るよ。準備は大丈夫?」
私たちがわーきゃー言っている所に、金庫坐さんが割って入った。無論問題は無いが──。
「準備は出来てますけど・・・・・・金庫坐さんこそ大丈夫ですか? 最近、敵を取り逃して減給されたって聞きましたよ」
先ほどは私達を助けてくれた彼女だが、もし何かがあったら大変だ。一応確認しておこう。
「大丈夫だとは思いますけど、もし不調なら私が――」
「いや・・・・・・大丈夫だよ。お父さんが見ているからね」
「なんだか思い出したような口癖ですねぇ・・・・・・ま、私は好きなのでいいですけど」
ていうか初対面ぶりの口癖だった気がする。雑な入れ方だ。
「もう着いたぞテメエら。金庫坐も人に注意する割に結構喋ってんじゃねえか。どの口で注意してんだ」
この橋を越えたらもう隣の地区だ。デパートなんかが多い地区で民間人は少ないが、金や物資が大量に集まっている。
物資を台無しにしないために破壊規模が少なめの能力者が集められていて、滝夜ちゃんもここに居るはずだが。
「あれ・・・・・・?」
橋の向こうに影が見える。私はその姿に見覚えがあった。
「敵ですかね。まず私が様子を」
そこまで言って私は気づいた。こいつには以前、会っている。
忘れられるはずがない。こいつを殺すシミュレーションを怠った日は無かった。
「緋衣正義・・・・・・!」
「お前は」
緋衣が何かを言う前に、私の身体は地面を蹴っていた。
「金庫坐さんは【外出血】で遠隔のサポートをお願いします。心は『地獄の讃美歌』を。相性は悪いけど、少しでも弱体化できるなら意味はある!」
この邂逅は、偶然の物なのだろう。
私はこの偶然に感謝する。
友達が二人も居る状況なら、確実にこいつをぶち殺せるから。
「葉染! お前、この前言っていたよな! 人に誇れ――うぐぅっ!」
汚らしい口を金庫坐さんに向けるな。
心の能力が掛かった曲が大音量で流れていようとも、なお鬱陶しい雑音。
出し惜しみはしない。全力で殺す。
「十二人!」
「親父さんみたいになりたいって・・・・・・! ぎぃいっ・・・・・・」
不愉快だ。こいつの顔も、こいつの声も。こいつの一挙手一投足が不愉快だ。
「うるさいですよ。黙って心の歌を聴きなさい! 金庫坐さんも、こんなやつの妄言に耳を貸す必要はないですよ。早く【外出血】を!」
なにより不愉快なのは、金庫坐さんがこいつの言う事が当たっているかのような振る舞いをすることだ。
この愚鈍で卑劣で醜く冷血な男を見てから、金庫坐さんは一つも攻撃をしていない。
どれだけ核心を付いているのかは知らないが、所詮は敵の戯言。気にするほどではない。
私は叫ぶ。
「私達の絆より強固な物なんて、そんなものがあるわけないじゃないですか。誇りだか何だか知りませんがねえ・・・・・・そんなもの、友情に比べればどうでもいい事でしょう」
何かが途切れてしまった、そんな気がした。
それでも、そんな漠然とした不安よりも大事なことがある。敵の排除。私達の世界に、私達以外は要らない。
「そっか・・・・・・」
私の分身が、もだえ苦しむ緋衣の体を――。
「ごめんね」
ぱぁあん。水風船が割れるような無粋な音が、凪音さんの音楽を消した。
「え」
「は」
後ろを見る。友の敵が目と鼻の先にいるのに、そうせざるにはいられなかった。
信じたくなかった。信じられなかった。
金庫坐さんが、心の腹部を爆破していた。
「ぼくは、悪になれなかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます