44話『殺人鬼決戦⑤』【棺SIDE】
「起きてください」
私の声が空に響く。
山彦一つ、帰ってはこない。
「・・・・・・残念です。貴方も過去には勝てなかったのですね」
『鏡の女王の鑑』。私の変身を見た人間は、今までの人生の記憶を鮮明にリピートすることになる。
この魔法変身を当てて、再度動けるようになった人間は今までにいない。
この変身を披露するほどの強者は、その高みに辿りつくために、筆舌に耐えがたい苦しみを味わっている。
2度目の苦しみを、一瞬で脳に流し込まれるのだ。並大抵の精神力で耐えられることではない。
「せめて、貴方の最後は、私自身の手で」
金棒を構える。狙うは頭ではなく胸。魔王の一族の再生能力の中心である心臓。
「さようなら」
体の重心を傾けて加速する。
トップスピードを出すためには、十分な距離。
走る。身体が流星のように加速する。
「私の」
流星の如き加速を暴力に変え、金棒の先端の一点に込める。
「愛した――」
「ありがとう」
悟さんが呟いた。微かだが確かに声がした。
嬉しい。
悟さんは居合いの構えを取っていた。間違いなく【玄討】の構え。
鞘の内部で刀を滑らせ加速させ、銃弾よりもはるかに速い一太刀を放つ究極の奥義。
体は加速しきっている。防御も回避も不可能だ。
そんな小細工はする意味がない。私は出し尽くすだけだ。
憧れを、愛を、思いを、人生を。
全ては貴方を――殺すために。
刀と金棒が交錯した。
「遺言はあるかい?」
「なにもありません。最高のアガリですもの・・・・・・貴方こそ、何か遺言は?」
彼女から求められた遺言を口にすることは、もはや出来ない。
再生ができないほど徹底的に潰された肺に残っていた空気は、ほんの少しの言葉を紡ぐことしかできないほど少なかった。
彼女のほうが僕より何倍も強かった。舞羽アゲハは間違いなく当代最強の戦士だった。
僕が【幽纏】で金棒の先を切り落として、金棒の質量をほんの少しだけ落としていなければ。【室裂】で切り裂いた傷がもう少し浅ければ。彼女が最初から全力の殺意を僕に向けていれば。
彼女は完全な勝者に成れていただろう。
「長い旅路でした。また、地獄で――」
彼女の上半身が、下半身を滑るように落ちる。
地面に落ちると同時に、彼女の身体はドライアイスで凍らせた薔薇のように砕け散った。
(――君は天国に行くべきだ。妹の為にも)
僕の心臓は完膚なきまでに潰された。もはや僕はただの人間で――ただの人間は、ただ死ぬ。僕の任務のは彼女が死んだ時点で終わった。
もう護衛対象の龍星世界ちゃんを脅かせる存在は、どこにも存在しない。
力尽きる直前に頭によぎったのは、油結望ちゃんでも、舞羽アゲハちゃんでも、他のどの子でもなく、美翠水蓮のことだった。
(ああ、結局あの子に仕事を任せることは出来なかったな)
あの子をスカウトしたことも、命を救ったことも、今となってはただの無駄骨だ。
なのに、なぜか、不思議と嫌な気持ちはしない。
あの子は何かを壊して、何かを切り開くのだろう。
(彼女が導き出すのはなんなのか。なんでもいい。まあ、きっと面白くなるさ)
もうここからの話は、僕には関係のない物語だ。
当代最恐の殺人鬼は、そうして地獄に旅立つ。
「ここは・・・・・・なんだ?」
綺麗な川のほとりで、幼女たちが石を積み上げている。塔が出来そうになったところを、得体のしれない化け物が石ころの塔を崩す。そんな不毛なことを延々とやっていた。
「・・・さて、殺すか」
地獄に行く前に、彼女たちの石ころの塔が完成するところを見届けなければ。
幼女の作った作品と言うのは、ぜひ見たい。
構え、化け物を切る。ここ数年はずっとやっていたことだ。
塔を崩され泣いていた幼女は、あっけにとられていた。
「・・・・・・おじちゃん、だれ?」
「こんにちは。僕はしがない芸術家の棺悟。君を――救いに来たよ」
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