43話『殺人鬼決戦④』【棺SIDE】
僕がカウンセリングの道を志したのは、人の心を救いたかったからというそれだけの理由に過ぎない。
あの日彼女に出会ったのも、大した偶然ではない。遅から早かれ、彼女のような子には出会っていただろう。
「油結望ちゃん・・・・・・五歳。白血病ですか」
「治る見込みもほとんどないらしい。可哀そうなことにな。・・・・・・共感しすぎるなよ。呑まれるぞ」
先輩は僕にそう忠告してくれた。きっと苦しむ同僚を多く見てきたのだろう。もしかしたら自分も苦しんだのかもしれない。
「・・・・・・しませんよ。当たり前でしょう」
僕はその日のうちに、彼女の入院部屋に訪れた。
「・・・・・・おにいさん、だれ?」
「こんにちは、油結望ちゃん。お兄さんは君の話し相手になるためにここに来た棺悟」
彼女の容姿は、はっきり言って普通だった。
特段特徴のない、普通の幼女。
治療の影響で頭髪が失われ、白血病のせいで肌が白かった以外、本当に特徴のない子だった。
「君が治るまでの、暇つぶしみたいなものだよ」
「なら・・・よろしくおねがいします。ひつぎ・・・・・・さとるさん」
「じゃあ、まず最初に君の好きな――」
僕と彼女は、いろんなことを語り合った。
好きなことと、嫌いなこと。
幸せなこと、辛いこと。
勉強のこと、好きなお菓子のこと、夢のこと。
僕と彼女の関係性は、カウンセラーと医者と言うよりは、友人関係に近かったのかもしれない。少なくとも僕はそう考えていた。
いつか未来の話をした時のことだ。
「わたしはいつか・・・・・・おかあさんみたいな『せんせい』になるの。そしてみんなにいろんなことをおしえるんだ!」
「きっと君なら出来るさ。いつか成長して、病気も治って――幸せを掴めるはずだよ」
結論から言うと、彼女がその後病気に打ち勝つことは一度も無かった。
薬による回復も、放射線治療による回復も、一つ足りとて存在しなかった。
僕は毎日、寝たきりになった彼女の元にも毎日休まずに訪れた。
給料が払われることは無かった。当然だ。意識のない人間に行うカウンセリングなど意味がないし、誰も頼むことはない。
他の仕事が終わったあと、三十分ほど彼女の病室に入り浸ることが僕の日課になっていた。
先輩や家族、友人知人からは明らかにカウンセラーの領分を外れていると怒られた。僕はいつのまにかカウンセラーを辞めていた。
この感情を先ほど友情と表現したが、あるいは、これは恋だったのかもしれない。
少なくとも僕は彼女のことが大好きだった。
彼女は、結局六歳の誕生日の一日後に死んだ。
僕は無断で彼女の死体安置室に忍び込み、彼女の死体に合う事が出来た。
彼女の死体は、やつれていた。
毛と言う毛は全て抜け落ちていて、その身体は骨と皮以外の構成素材がないように思えた。
客観的に言えばとても美しいとは言えなかっただろう。
貧相で、哀れで、涙を誘うような姿だっただろう。
無駄な治療に最後まで苦しみ、無念を残して死んだのが分かるような姿だった。
それでも僕は――僕は美しいと思った。
どんな富豪よりも豊かで、どんな英雄よりも力強く、感動でおもわず涙をこぼさずにはいられないような美しい姿だった。
彼女は最後まで抗った。天国にいざなう神にも地獄を見せる悪魔にも抗い、生きるために、未来を見る為に最後まで戦った。
その事実より美しいものがこの世のどこにあると言うのだろう。
「でも、君の美しさは僕以外には――」
彼女を見て、美しさを感じる人間は皆無なのだろう。
『可哀想』『苦しんだのだろう』『せめて来世では』
違う。彼女は今世を最後まで、精いっぱい生きた。苦しんだことは本質ではない。
彼女の美しさを、気高さを皆に教えるべきだ。なにより彼女の為に。
僕はいつの間にか彼女を攫っていた。
我に返った時には、彼女は完成していた。
聖書と蛇をナイフで刺し、彼女に持たせ、それを氷漬けにしただけのシンプルな作品。
作品ナンバーは0――タイトルは『勝利』。
いつの間にか、僕はいろんな子を攫って、殺していた。
彼女たちが生きていたなら、見えようはずもなかった美しさが見たかったから。
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