42話『殺人鬼決戦③』【棺SAID】

 舞羽ちゃんは再度金棒を構えた。どうやら氷で左腕の骨を補修するのを待っていてくれたようだ。


「休憩時間までくれて本当に良かったのかい?」

「ファンが、信奉する者に何かを貢ぐことは当たり前だと思いますよ? という事でもう一つの贈り物を。あなたが知らないであろう、私の能力の詳細について」

「大事なことだろう? その情報を渡してくれるのは嬉しいけれど、大丈夫?」

 能力の情報と言うのはいわば生命線だ。ひた隠しにする人間も多いが。


「私は貴方の能力を完全に履修していますから、教えないという事は私達の間に一方的な差が生まれるという事。それは私の望むことではありませんもの・・・・・・私の能力『真実の眼プリンセスアイ』の能力は世界をスローモーションで見る能力。勿論自分の身体能力が変わるわけではありませんが」

「良い能力だね。対策のしにくい、良い能力だ」


 攻撃を回避しやすくしたり、逆に当てやすくすると言うのはシンプルだけど強力だ。根本的な能力をあげているだけなので、対策と言える対策もない。


「そうでもありませんよ? この能力には致命的な欠点があって――ほら」

 彼女の眼の光が消えたかと思うと、突然多量の血が目から流れ出た。

「あーなるほど。眼に負荷がかかるから、あんまり連続の使用は不可能なんだね」

「正確には細胞ですわね。魔王の一族と化した細胞一つ一つに過剰な強化が施され、その反動として細胞が崩壊する。

 無論すぐに再生しますが、やはり一定時間、能力を使うのは難しくなりますので・・・・・・先ほどとった時間は、貴方の腕の補修の時間でも有りますが私の眼を治す時間でもあったと言うわけです。

 こうして血を流すことはいわば疲労の放出──の様なものですのよ?」


 そこらへんは流石に手抜かりがない。僕の本気を出したいと言うのは本当だが、しかし自分が敗北するつもりは一切ないと見える。


「それで、ここからどのような手を見せてくれますの? まだ色々な技があると存じておりますが」


 僕の持つ八の奥義の内、五個の奥義は通用しなかった。まだ試していない奥義は残り二種、【室裂】と【不武器】。


 片や射程の短い超接近戦専用の技、片や拘束と制圧に特化した殺傷能力に乏しい奥義だ。殺傷能力が高い能力とは言いにくい。

 それでも――それだけあれば十分だ。


「ここからのダンスは、さらに激しくなるけれど・・・・・・やめるなら今の内だよ? 僕の自分勝手なダンスに付き合いたくないなら、さっさとここを立ち去った方が――」

「御冗談を。むしろ物足りなかったぐらいですわ・・・・・・もっと激しいものを期待して、ここまで来たんですのよ?」


 なら、遠慮はいらない。

 思いっきり自分勝手に踊らせてもらおう。


「【逝景色】【不武器】」

 【逝景色】は言うまでもない高速移動。これを使わずに移動する意味は薄い。


「先ほどと同じ手・・・・・・ではありませんわね」

 しかし舞羽ちゃんは先程と同じ対応、すなわち金棒で剣を封じようとする。

 正しい。どんな手にも対応できる、一番ベターな選択肢だ。

 でも、ベストじゃない。

 【不武器】、この奥義の特徴は。

 剣の先端と金棒の先端。二つの凶器が交錯した。


「なる、ほど!」

「どれだけ力を入れても無駄だよ――刀と金棒は、今や一心同体だ」

 交錯して──動かなくなった。


「剣と金棒を、冷気でくっ付けたのですね!」

 【不武器】の能力は、異常零度による物質の癒着。

 金棒で剣を封じてくることが分かっているなら、こちらも剣で金棒を封じることができる。


「力比べですか・・・・・・貴方となら何日でも」

「そんなことじゃないよ」

 そんな生ぬるいことをしたいわけじゃない。


「僕の本命はこれだ」

 僕は自ら剣を手放した。


「!? な、なにを馬鹿な――」

 そう。普通なら自殺行為だ。相手が武器を持っている状態で、剣士が剣を捨てる。

 案の定、背中に向かって金棒の重い一撃が飛ぶ。


 今度こそ予想通りだ。


「【固柴】」

 【固柴】で右腕と背中を氷で覆い、強化。金棒の殴打のダメージを最低限にして受ける。

 右腕の骨は粉々、肩甲骨にも大きなひびが入ったことだろう。

 問題は無い。


「【室裂】」

 そして【室裂】。

 これは、氷の円盤を瞬時に生み出し、相手の急所を狙って切り裂く奥義だ。

 彼女の左横腹から肩、そして右耳へ、赤い軌跡が走る。


「ケフッ」

「この奥義を見せたことのある相手は今まで二人も居ない――そしてその二人とも魔王軍所属だ。知らなくたって無理ないさ」


 むしろこの場合、耐えていることが驚きだ。僕は身体を両断するつもりで【室裂】を放った。それなのに彼女には致命傷しか負わせられていない。


 攻撃が当たる寸前で身体を大きく逸らして、即死を避けたのだ。


 能力でいくら動体視力が良くなっていると言っても、情報の一切ない、直前まで作られていなかった氷の円盤を見て、避ける為には、様々な力が必要だろう。


 筋力、反射神経、判断処理能力、勘。

 そのどれかが欠けていたら今頃彼女は二つに分かれているはずだ。


 この領域にたどり着くまでに、どれだけの研鑽と努力があったのか――。


「でももう終わりだ。君の人生はもう終わる」

 僕は舞羽ちゃんに背を向け、立ち去る。これ以上彼女が戦うことは出来ないはずだ。


「・・・・・・まだ、ですわ」

 僕が振り向いたのは、背を向けて二歩だけ歩んだところだった。

 ふらふらと体を揺らし、血を無制限に流し続けて、死にかけの身体で何とか立っていると形容するのが当然な姿だと言うのに、舞羽ちゃんの溢れんばかりの殺意は一切衰えていなかった。


「・・・・・本当に見事だよ。君のことは、死ぬまで忘れることは無い」

「当たり前でしょう・・・・・・あなたは今、死ぬのだから」

 彼女は金棒を僕に向ける。


「見ててください。私の姿を」

「まさか・・・・・・!」

 彼女の周りの景色が、空間が、シールのように剥がれていく。

 立てば芍薬座れば牡丹、戦う姿は薔薇の花、正義と秩序の殺人鬼。英雄省最強と呼ばれる才女。

 そんな彼女に、ができないわけがない。


 「魔法変身『鏡の女王の鑑クイーンプライド』!」

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