第22話『正義と罪と罰と悪』


 皆さんご存知の通り、私には思想信条と言うものが存在しない。

 友達が欲しい。その願いのみを原動力にこんなところまで来てしまった。

 化物に成り果て、人を殺してしまった。

 つまりは悪人である。

 陰と陽、光と影。



 悪の反対があるとするならば、それは。




「悪い冗談でしょう?」

 へとへとになりながら帰りの道を辿り、待機場所に着いた所、妙な影が見えた。


 全身を赤い布でミイラのように覆っている少年のようだ――しかしその存在を表すにはあまり適切ではない。その少年のなによりの特徴はその溢れんばかりの気迫。熱を帯び、人を守り正義を滅ぼさんとする気迫が、なによりも目立った。


 忌々しい。


「名前を教えてください」

「美翠ちゃん!」

 金庫坐さんが私を止める。正しいのだろう。満身創痍の私たちが相手にできるレベルの相手ではない。友達の言う事だ。従うべきだろう。それが正しい。


「すみません。金庫坐さん。少しだけ、黙っていてください」

 正しさなど、悪役が守れるものか。


「緋衣正義。それが俺の名前」

「そうですか。第二の質問」

 姫ちゃんは全身に布を巻きつけてあるあいつとの相性は最悪。

 世界ちゃんは最初から戦力外。金庫坐さんは戦えるだろうが満身創痍。私も分身のストックがほとんど枯渇している。


 緋衣も布の所々が焼け焦げてはいるが、その身体には震え一つ、隙一つ存在しないように見える。


 勝てるわけがない。


 しかし、そいつの持っている物の詳細を聞かないわけにはいかない。

 それは――。



 その仮面は――。


「お前、あの人と関わりがあるのか?」

「答えろ! お前の持っているその仮面はなんなんだ!!」

 雲が流れ、三日月の光が闇を照らす。


「煙託一終」

 煤けた白い鳥の仮面が、月光を仄かに反射した。



「俺の憧れで――悪に落ちてしまった人の、骸だ」

 砂煙が舞う。

 無我夢中に、何も考えず、私は飛び出した。


「『勇者武具ブレイブスーツ』」

 触手のように伸びる布は、無策に突撃する私を容赦なくからめ捕る。怒りに我を失った私を捉える事は、さぞ簡単だったことだろう。


「ぐるるっぅ! ぐらっぁああ! 殺す、殺す殺す殺す! ぶっ殺してやる! お前は! 私が必ずぶっ殺す!」

「無理だ。諦めろ。お前は俺に――悪は正義に勝てねえよ」


 締め上げられ、骨が軋んでいる。万力のような力に、全身が包まれている。

 大した痛みじゃない。この憎悪に、心の痛みに比べれば。


「なにが正義だ! お前らじゃ、煙託さんを救えなかった! お前らを裏切ったから煙託さんは復讐できた! お前らなんか――」

「復讐をしていたあの人が、幸せそうに見えたのか?」

 意味の分からないことを言うな。



「あの人は終わらない復讐に人を巻き込み、殺した。苦しみもがき続けた果てに身体だけじゃなく精神まで化物に成り果てた。妹さんもそんなこと願っていなかったはずだ。虚しい復讐を続けたせいであの人は――」

「はあ!? 復讐が虚しい!?   友達が居ようはずもない正義マンが、よく大切な人への復讐を語りますねえ!! 私にとって、煙託さんは!」

 ――友達だった。


 それだけだった。それだけで十分だった。

 私にとって煙託さんは、大切な人だった。

 それを、こいつは――。


「もういい。きっと――分かり合えない。正義と悪は、交わらない」

 締め付けがさらにきつくなる。きっと私は、このままあっさりと死ぬのだろう。


 遺志を継いでくれる人間はいるだろうか。

 姫ちゃん辺りが私の復讐をしてくれればとても嬉しいのだが。


 思考も朦朧としてきた。魔王の血を持っていても、絞め技で血流を止められたら再生もなにもないという事なのだろうか。煙託さんの復讐ができない事と、正当な理由で人を殺していた煙託さんと地獄で会えないことが心残りだが。


 まあ、悪くない人生だった。



 私の意識はそこで途切れ――。



「――ほら。やっぱり」

 無かった。



 刹那、体にすさまじい怖気が走り、次の瞬間には布がほどけ、締め付けが無くなっていた。


「前言ったじゃないか。『きっといつかまた、僕に感謝する日が来る』って」

 私の前に、そいつは居た。

 オールバックの壮年の男がそこに立っていた。紳士的な雰囲気に白いスーツと黒いコートのコントラストが良く似合う。


 が、私が一番に注目したのはそこではない。

 男は血に塗れた長い十字剣を持っていた。

 長く細い十字剣。


 その長い剣身は、まるで次は私を切り裂く番だとでも言いたげに、血を鈍く獰猛に光らせる。

 そいつの周りは、前あった時と違って不吉な冷気をまとっている。



「無駄死になんて勿体無いよ。無駄死にする分の命は――そうだな――復讐にでも無駄使いしたら?」

「ゲホッゲホ・・・・・・感謝なんて・・・・・・さすがにしておきますね。――棺悟さん」


 史上最悪の最悪の殺人鬼は、嗤った。

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