第23話『敗北戦争、勝者は北』

 本当に、心底気持ち悪いし、関わり合いにもなりたくないし、借りを作るぐらいなら死んだほうがマシだが――自分が死んで、友達を守れないよりはマシだ。


 怒りに支配されていた頭が冷える。ナメクジが局部を這いまわっているので、鳥肌が立ち肝が冷えるような、そんな最悪の、気分の悪い冷え方だ。


「てめえ・・・・・・棺悟・・・・・・!」

「ん? そう言う君は、もしかして緋衣くんかな? ごめんね。顔を一発で思い出せなくて。妹の緋衣優子ちゃんは覚えているんだけど――彼女は僕の記念すべき21作目のメインを飾ったからね」

「よくも妹を!」

「まあまあ。僕だって君に感謝があるし、あんまり傷つけたくないんだよね。『煉獄で笑う天使』は君が貧乏――【不武器】」


 棺は高速で伸びる緋衣の布を、剣の先端で布を撫でた。それだけの動きしかしていなかった。

 それだけの動作で、布は急速に軌道を変え地面に衝突し、柱のように接着され、花のように散った。後には霜だけが残っている。


「――でも、頑張ってお金を集め、栄養は足りないながらも毎日食事をあげていたおかげで、高い魅力を保ちつつ極限まで細いあの子の体ができたんだ。本当にありがとう」

「ふざけんな・・・・・・! 妹の命をなんだと・・・・・・!」


 私は――怒りに包まれていると言うのに、少しだけ笑ってしまった。

 ――口ではあんなこと言いつつ、全然復讐したがっているじゃん。


 たまたま正義側の人間が達観した風に言っているだけで、実践できていない。

 そんな奴の妄言に怒っていたのかと思うと、少し笑える。

 すぐに、そんな奴に煙託さんが殺されたことを思い出す。


 しかし、棺はそんな私の思考を意にも介していない。ただ軽薄に微笑んでいただけだった。攻撃するに値しないと考えているような、そんな顔だった。


「お礼にこの場では殺さないであげよう。じゃあね」

 そう言うや否や、棺は私の首根っこを掴む。


「な、なにをして」

 私が行動を起こす間もなく、棺は5枚のカードを取り出して私を抜いた皆に一枚づつカードを飛ばした。

 皆が無事受け取ったことを確認すると、棺は自分のカードを掲げ、叫ぶ。


「棺悟及び僕が首を掴んでいる美翠水蓮、金庫坐葉染、滝夜姫、龍星世界。この5人を棺悟の部隊長権限でメタホエール号に飛ばせ!」

 え? と思った瞬間には私の体が光り始めていた。

 棺の言う事が正しいとするのならば、このままでは私はメタホエール号に戻ってしまう。

 つまり、私は戦えなくなる。


「おま、ふざけるな! 私はここに残せ! 私はまだ戦える! 皆だけで逃げろ!」


 体が光に包まれていく。消えていく。復讐ができなくなる。

 今ここで逃げるなんてそんなことをしたら――あいつを殺せる機会がもう巡ってこないかもしれない。


 もしかしたらあいつは私のあずかり知らぬところで死んでしまうかもしれない。そうなってしまえば、私は無念を抱えたまま生き続けることになる。

 逆もあり得る。私があいつを殺す前に死んで、無念を抱えたまま死ぬかもしれない。


 ここで逃げる選択だけは許されない。殺さないと。


 私は一か八かで棺に噛みつきにかかり――


「いやー無理だよ。このままだと君、無駄死にしちゃうじゃん」

 棺は私の動きなど、完全に読んでいたかのごとく剣の柄で私の口を抑えた。


「弱い君じゃあ、復讐なんてできないよ」


 畜生畜生畜生。

 くやしいくやしいくやしい。


 煙託さんの顔を思い出す。あの笑顔をもう見ることはできない。


 煙託さんの言葉を思い出す。あの人が居なければ、きっと今頃死んでいた。


 煙託さんとの闘いを思い出す。あの闘いが私を強くしてくれた。


 煙託さんを失った、その苦しみを思う。


 悲しみと、怒りと、怨嗟と、憎しみと――そして友情。もう二度と、煙託さんとはこの燃え上がる感情を共有することは出来ない。


 それが死という事なのだから。





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              第二章終了です!

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