第4話『魔王軍第21戦闘部隊』

「次は出席番号29番美翠水蓮さん。自己紹介してね」

「はい! 美翠水蓮7歳です! 趣味は歌を聴くこと! 後はお母さんにいたずらすることです!」


 まあこの自己紹介では友達ができなかったのだが(親にいたずらをする歳は普通7歳までらしい。私は中学入るまでお母さんの顔にブスババアとか書いていたから、もうそこがずれているのかもしれない)それだけなら問題ない。


問題はここから評価がマイナスになることはあれど、プラスになることがなかったことだ。

 あんまり話したことのない子がいじめられていると聞いて、自分に一切被害のないイジメを告発したり、自分自身がイジメられたら相手の靴に画鋲を入れたり、相手の席にカンニングペーパーを仕込んで冤罪を擦り付けたり、とまあいわゆる空気読めない・・・・・・・・・KY行動をしまくったせいで友達は一切いなくなった。


 可愛い行動でKY行動かもしれない。

 KYは死語かもしれない。

 この話の結論としては最初に助けたいじめっ子すらなぜか友達になってくれないと言う怖い、もといKYオチだが、しかしここから得るべき教訓もある。


 ずばり、ファーストインパクトがいいものならば残りの悲劇は生まれなかったのだからファーストインパクト、つまりは自己紹介こそが人間関係の基本という事だ。


「盛大に間違えていると思うよ。後半のKY行動のほうが問題だと僕は思うな」

 人からの忠告は聞いておいたほうがいいのかもしれないが、殺人鬼の忠告を聞く理由はないだろう。だって鬼なのだから。どのKYかもわからないし。


「そんなこと言ったら君が忠告聞く奴は少なくともここにはいないんだけどね・・・・・・・・・。全員殺人経験ぐらいは持っている」

「人の命が水素と同じぐらいの重さに思えてきましたよ」

「いい感じに本音を言ってくれるようになってきたね。じゃあ早くドアを開けようか」

「わかりましたよ――ビビっているわけに、いきませんからね」

 なんとか、恐怖を乗り越え、私は扉を勢いよく開けた。



「ヒャハハハ! 最高、最高、最高! もっと最高を、もっと音楽を! もっともっと深い絶望を! 地獄を!」


「がああああああ!!!!」


「やめて、やめてやめてやめてやめてやめて・・・・・・お父さん来ないで、お母さん殴らないで、お兄ちゃん触れないで、お姉ちゃん刺さないで・・・・・・何もしないで動かないで・・・・・・」




「・・・・・・」

 私はそっとドアを閉める。

 なんなんだ、今の地獄は。

「閉められちゃあ困るな。ちゃんと入らないと」

 レディが戸惑っていると言うのに、何も気にせず棺がかってに扉を開く。今気づいたがこいつ別に紳士じゃないな?





「やめて、それ入れないで。近づけないで触れないで見ないで叫ばないで・・・・・・・・・なにも何もしないで・・・・・・」


「ごがああああああああああ!!!」


「天国地獄大地獄終末天国、まだまだギアアップ! ヒャッハァー!!!」



 何も変わらない地獄が目の前にまた現れる。変わっていてほしかった。

「今いないのは・・・・・・金庫坐と煙託か・・・・・・。とりあえず今いるメンツだけ紹介しよう」


 KYペドコン殺人鬼はぶつぶつと独り言を発しながら縮こまっている和服の少女に目線を移す。


 骨のような真っ白な和服を着て、黒く長い髪をポニーテールに纏めていた。

 歳は小学生ぐらいに見えるが、微妙なところだ。自分より年上かもしれない。

 ここで実は100歳越え、ロリババアですというベタな展開が来たところで私は疑問符を使わないだろう。


「あの子は滝夜姫、12歳。時代が室町時代で止まっている日本海の孤島の因習村で近親相姦しまくって血が濃くなり、なんやかんやあって一族全滅。たった一人生き残った滝夜も血液、肺、感覚神経に運動神経、子宮、腎臓肝臓心臓その他色々がボロボロであと少しの命。そこに魔王軍が魔王の血を与え回復まで持って行ったという薄幸少女なんだ」

「何でそんな繊細な問題をペラペラと喋るんですか?」


 コンプライアンスはどこ行った? プライバシー保護はされないのか?

 普通に自分よりも年下で安心したーと思ったら爆弾級の情報投げつけられ私はどうしたらいい?


「お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――――」

「大丈夫ですかこの子――その、精神的に・・・・・・」

「こんなんでもだいぶマシにはなったんだよ? 最初のほうなんて、大惨事で・・・・・・細菌+遺伝子疾患のせいでな酷い見た目なのをかなり大胆に整形、治療して顔を原型が残らないほど変えたり、親族からの酷い折檻や自分の手の中で冷たくなっていく家族を観たりして病んでしまった心を修復するために精神系の薬飲ませたりカウンセリングをしたり、てんやわんやだったさ」


 大丈夫かその話題。センシティブではないか?

「今はゾーン入っているから会話無理だろうけど、もう少し落ち着いたら会話できると思うよ。まあゾーンが終わる確証はないし、そもそも人を信じられるメンタリティーかは怪しいけれどね。見た目弄った弊害で自分が自分であるのか自信が持てなくなっちゃったから――」

「ちょっと前に私に言った言葉本当ですよね。信じていいんですよね! 友達できるって嘘じゃないですよね!」


 一人の少女の必死な訴えだったが、しかしその訴えはほかの少女の爆音でかき消された。

「虹色の絶望! トリップトリップストリップ曲がる景色! エクストリーッム! 百万ボルトで死ね、死ね死ね!いえぇええい!」

「あの人は誰ですか! 何が目的であんな爆音を鳴らしているんですか!」


 爆音を鳴らしている女の子は、ストレートのロングヘアを揺らしながら大音量でギターを鳴らしている。服とメイクは黒いパンク系で構成、腕にはアゲハのタトゥーが刻まれており、統一感があるファッションだ。

 外見だけなら中々私好みのファッションでそこは好感が持てる。


「あの子は凪音心、20歳。2年前まではプロにも誘いが来るぐらいのバンドのボーカル兼ギターをやっていたんだけど、彼女以外全員死んで精神がおかしくなっちゃったんだ。昔はバンドの中でもおとなしめの、リーダーシップある子だったらしいけど、今では常にあの調子の戦闘狂。殺した人数は僕の次ぐらいには多いんじゃないかな?」

 説明を聞いた後だとさすがに色眼鏡で見てしまう。よく見ると目に狂気じみた光が見えるし・・・・・・。

「で、赤鬼だけかな。今いる中で紹介していないのは」

「えーと・・・・・・前提としてあそこにいるのは人間の近縁種なんですか? どう見ても5mはあるように見えますが・・・・・・」


 ほか二人と違い、霊長類かどうかも怪しい。

 ごつごつとした岩石を思わせる赤色の肌、不気味なほどに一切黒い部分の無い真っ白な目、額にキリンのような角に、ライオンのようなたてがみに象のような牙。

 一文字で形容するなら、鬼だった。


「まあ一応生物学上は人間だよ。対戦車砲が五十発直撃しても多分ぴんぴんしているだろうけど、人間に違いない。みんな違ってみんな良い。多様性の時代だよ」

「多様性でごまかせるタイプの話じゃないでしょう? 人体実験でもしたんですか?」

「いや? もともとはただの平凡な魔王軍の兵士だった男さ。強敵と戦ったときにまだ試作だった人体改造プログラムを受けて、圧倒的な肉体強度の代わりに知性と魔法を失っちゃったんだ」

 なぜ一回否定した? 受けているじゃないか人体実験。


「しかし不憫ですね・・・・・・名前はなんていうんですか?」

「銅ヶ岡文殊っていう名前があるけど誰も使ってないね。みんな赤鬼呼ばわりしているよ。本人もここ最近は本来の名前忘れている節あるし・・・・・・・・・赤鬼って呼んでいいと思うよ」

「ますます不憫ですね・・・・・・・・・知性を失った上に名前すら風化していくなんて」

「名前が風化する事なんて珍しいことでもないさ。気にすることはないよ」

「で、これで全員ですか? 終わったなら早く自分の自己紹介したいんですけど」

 友達ができるかもと聞かされてからずっと考えていた自己紹介をそろそろやりたいのだが。


「そうだね。じゃあ、今回魔王軍第21戦闘部隊に所属することになった美翠水蓮君。自己紹介をしてくれるかな?」

「えーと。じゃあまあ最初のセリフから・・・・・・。『こんにちは! 私の名前は美翠水れ――』」

「自己紹介などする必要はない」

 私が自己紹介を始めようとしたところで、室内に男の声が響いた。


「――誰ですか? 私の大切な自己紹介の邪魔をしないでください」

「その自己紹介こそが無意味だと言っているのだ。言葉などいくらでも偽れる」

 言葉には妙な年季が入っている。修羅場を通ってきた人間の声はこんな感じなのだろうか。


「後半の部分にだけ答えないでください。前半の『誰ですか?』にも答えてもらわないと」

「誰かという事を知りたいのならまず後ろを見ろ。名前だけを知りたいなんてろくでもないと思わないか?」

「・・・・・・そうですか」


 やけにひねくれた人だ。変な人でもある。

 なにより、私の自己紹介を中断させたろくでなしだ。

 私は後ろを振り向いた。


「ふん。振り向いたか。良いだろう俺の名前を教えてやる」

 後ろにいた男は素肌の上にファーコートを身に付け、顔には中世の医者がつけているような鳥のお面をつけていた。


「煙託一終。それが貴様を試す男の名だ」




 煙託一終。年齢26。男性。かなり痛い中二病で英雄省の裏切者。

――そして、人間をやめてしまった私の初めてになる人だった。

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