第3話『新たなる世界』

「やあ、おはよう」


 起きるとハスキーボイスで美人な高身長お姉さんが白衣を着て私の寝るベッドの隣に立っていた。

「・・・・・・ここはどこ、あなたは誰、どうして私は倒れているの? 今何時?」

「ここは医療棟、私は魔王軍第9サポート部隊部隊長、鵺泣クルル。魔王の血は飲むと体力がごっそり持ってかれるから魔王の血を飲むと三日三晩眠る羽目になる。三日三晩寝られたら困るから私の魔法、『不眠枕アンミンピロー』使って無理やり叩き起こした。だから一時間もたってない」


 鵺泣と名乗った女の人は一気に出した私の質問に動揺せず理路整然と答えてくれた。

「取りあえずそこにスナック菓子とコーラがあるから食べて。魔王の血を飲むとかなり体力持ってかれるから食べないと身体が持たない」


そういうと鵺泣さんは机にポテチと缶コーラを置いてどこかに行ってしまった。

「・・・・・・疲れた」


 体中を狼に噛まれたような、そんな倦怠感がどっと押し寄せる。

 鵺泣さんが言っていた体力が持って行かれるというのはこういう事か。

 体力を回復するため、机に置かれている缶コーラを開けた。


 プシュ


 二酸化炭素が抜け出るポップな音が心地いい。

 この音だけ録音して寝る前に聞きたいぐらいだ。


 そのまま炭酸の効いたコーラをグビグビと喉に入れる。

 痺れるような喉越しと甘みが倦怠感溢れた体に染み渡り、癒してくれる。


 魔王の血の味に関しては感じる前に気絶したから覚えていないが少なくともここまで極上の味ではなかったはずだ。

 世界で一番宇売れている飲み物より美味いはずはあるまい。


 流れに乗った私はポテチの袋に手を出す。

 パリッとした食感に塩と油によるジャンキーな味わい。底に隠れる芋の風味を三要素が化学反応をおこしその全てを高め合い究極と言えるものに変えている。


 肌に悪いことは明白だがしかしそれでも手が止まらないほど美味い。理性を破壊してしまう程の味わいだ。


 無我夢中で私はポテチとコーラをむさぼる。

 そして全てのジャンクフードを食べ終えひとまずの空腹を満たした時、ガラガラと戸を開ける音が聞こえた。


「あ、起きているね」

 得体のしれない物を私に脅して飲ませた張本人であるところのロリコン殺人鬼が現れる。まあ、ここまで運んできてくれたし何かしら礼でも言っておこう。


「ぶっ倒れたせいで僕にパンツを見られた美翠水蓮ちゃん。運んでくれてありがとうは言わないのかい?」

「今のセクハラがなかったらいうつもりでしたが、やっぱりやめます。もうあなたのようなロリコンネクロフィリア変態殺人鬼を感謝する日はもう永遠に来ません」

「フラグだね。いつかきっと僕に感謝する日が来る。後今まで言いそびれていたのだけれど僕はロリータコンプレックスではなくペドフィリア。少女性愛ではなく小児性愛、それも女性限定。君ほどに成長すると残念ながら僕の好みからは外れるね」

「上司の性癖なんて知りたくありません。ここじゃゆすりとかに仕えなさそうですし」


 ここで不毛な議論を続けても自分の精神が擦り切れるだけだという事に私は気づいた。議論の流れを変えねば。

「で何しに来たんですか?」

「君に魔法の使い方を教えてあげようと思ってね」

「ほほう。では、どうやったら魔法を使えるんですか?」

「その方法を教えるために君は下着と服を外して胸をさらけ出し、脈を聞かせてくれないかい?」

「変態が」


 私は軽蔑の眼差しと拳を、ペドコンネクロフィリア殺人鬼に向けた。

「おっと危ない」

 残念無念、拳のほうは避けられた上に服を無理やり破られた。


 小さくも可愛い親譲りの美乳をさらけ出すサービスシーンなわけだが(あんな親だったがスタイルと顔と声だけは、つまりは見た目だけは良かった)しかし私は想像もできなかった。


 ――自分の胸に血のように赤い刺青が施されているなんて、いくらなんでも。

「よかった。ちゃんと出てるね」

「なんですかこれ!? 私の父には確かに龍だの虎だのツバメだのライオンだのいろいろ入れていましたけれど、私はいれていないはずですよ!?」


 私の胸に施された刺青はおそらく20センチほどの大きさの十角形だろうか、その内側に5センチ目玉の絵が10個書かれていた。

「刺青なんて昨日まで掘られていなかったはずなんですけどね・・・・・・どこのどいつがやったんですかこれ。プールで泳げなくなっちゃったじゃないですか」

「誰がやったと言われれば魔王様の血がやったとしか言えないんだけどね。魔法が使える魔王の一族になると自動的にその刺青が体に浮き出るんだ。おめでとう。晴れて君も魔法の使える、魔王軍の仲間だ」

「そうですか、ありがとうございます。――では聞きますが、私はどんな魔法が使えるんですか?」

「脈のテンポや音が歪んでいるからそこからある程度の魔法の性質や発動条件なんかを知れるよ。とりあえず僕が調べるから、腕を出してもらえるかな?」

 さすがに胸を直接触らせてなどとは言わないようだ。


「ふむふむなるほど・・・・・・。使い方と効果は何となくわかったよ。細かいルールや実情、リスクなんかは地道に確かめていかないといけないけど」

「じゃあ早く教えてください」

「手を叩いて、1と唱えるだけでいい。一応目をつぶり、自分の姿をイメージしてやるんだ」

「わかりました」


 呼吸を整え、目をつぶる。

 自分の姿をイメージし、手を叩く。

「1」

 パン。私が手を叩いた音が部屋に響いた。

「目を開けて。成功したよ」


 つぶった眼をそーっと開く。

 私は目を疑った。

 


 私の目の前に私がいたという展開だが、これはなにも特別な叙述トリックを仕掛けたなどと言う話ではない。

 ここから実は私に隠された双子がいたという展開ではないことは保障しよう。

 いくらなんでもその展開は早すぎる。そんな秘密が仮にあっても明かされるのはもう少し後になってからだ。


 この不可解な現象の正体はおそらく何のひねりもなく、私の魔法。私の能力。


「君の魔法はおそらく影分身――自らを増やす力だ」

「便利そうですね」


 素直にそう思った。分身なんて能力、どんな条件であれ腐ることはないであろう汎用的な能力なのは目に見えている。

 単純に手数が増加するし、囮や牽制、防御にだって使える。

 贔屓目を抜きにしても悪くない能力と言えるだろう。


「名前はどうするんだい? 管理の為に魔法の名前は登録しとかないといけないんだけど」

「そうですね・・・・・・」


 自分に似たもの、を問われて思い出してしまうのは母の顔だ。

 母は32歳、私は14歳だと言うのに私とほとんど同じ顔だった――さすがに若い分私の方が圧倒的に可愛かったが、わかりやすく血は受け継いでいただろう・・・・・・。


 ここから拡大解釈や三段論法を駆使し私の魔法の名前を付けるとするなら――


「『分神トラウマゲンガー』」

「それが君の魔法の名前かい? 正直、センスがいいとは言えないね。とても大事な、一生付き合っていく魔法の名前なのにマイナスな印象の名前じゃないか」

「余計なお世話ですよ」


 心的外傷トラウマ幻覚ゲンガー。プラスな印象なんてとてもつける事の出来ない、私の素直な感想だ。

 否定されるいわれはないだろう。









分神トラウマゲンガー

 基本ルール一覧

①能力を発動するときは手を叩き、出す人数を言わなければいけない

②一日に出せる分身は八百体まで

③出してから三分間立つと自動消滅する

④分身は一定の損傷を受けると消滅する

⑤分身は本体と同等の見た目、性能、所持品である。召喚時の本体のダメージはコピーされない

⑥同時に出せる分身の数は12人まで

⑦出した分身はいつでも消すことができる





「じゃあいこうか」


 棺はいつの間にか呼んでいた空飛ぶオブジェ(半分魚半分山羊の若草色のオブジェだった。今度は矛盾していない)に乗り込み私に声を掛ける。


「どこにですか?」

 私はごく普通に聞いた。


「そりゃ君、魔王軍第21戦闘部隊の部屋に決まっているだろう」

「ところで今年の全日本ラーメンオリンピックの結果はどうなりましたか?」

 私は全然普通じゃない返しをした。

「全日本ラーメンオリンピックの存在をまず知らないんだが・・・・・・・・・本当にあるの? それ」

「知りません。適当言いました」

 まあ高確率であるだろう。なくてもそれに似た存在はあるはずだ。ありそうじゃないか、全日本ラーメンオリンピック。


「君、露骨に話をそらそうとしたけど仲間に会いたくないのかい?」

「いや、あの・・・・・・はい」


 正直滅茶苦茶怖い。こんな殺人鬼を筆頭にどんな人たちがいるのか考えると軽く、いや重くホラーだ。

「緊張しなくても大丈夫。みんな良いやつらさ。一般に受けにくい僕の作品に中々の評価をくれるからね。僕がスランプに陥って落ち込んでいた時も、僕を励ますために幼女を持ってきてくれて、そのおかげでスランプから立ち直り『かぐや姫の竹』を創ることができた物だよ」


 つまり私の仲間になる人たちはこんな上司が少し落ち込んでいる程度のことで7歳以下の女の子を殺す前提で攫ってくる奴らという事だ。

 緊張するなと言うのは不可能に近い。


「まあ、詳細は対面で言うけど、概要を言っちゃうと和服精神病ロリ、戦闘狂ギターガール、元ヒーローの放火魔、男装ファザコン、でかくて強い鬼。で、最後に芸術家の僕って感じかな」

「何でネタバレするんですか?」

「コナンドイル作『まだらの紐』の犯人は××××。動機は×××××。トリックには×××××みたいな感じだよ」

「おいこらテメエ!! ふざけんじゃねえクソゴミ変態殺人鬼! 今度読もうと思っていたのに! 丁寧に職業まで言いやがって! ぶっ殺されてえのか!?」

「まあふざけるのはこれぐらいにしよう。君の喋り方もおかしくなってきたしね。これから一癖も二癖もある奴らとの同居が始まるわけだしね。・・・・・・と噂をすれば」


 私の殺意を無視して棺は一つのオブジェクトを指さす。

その浮いているオブジェクトは、浮いていることを除けば、普通だった。

普通の家だった。


 かなり大きめで、多人数が住むことが前提であることは明白だが、普通に探せばあるような家。意外すぎる程、少なくともペドコンネクロフィリア殺人鬼が住んでいるとは思えない程度には平凡な家。


 でも、私の心は晴れなかった。

 どころか震えた。

 視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚も何の違和感もないと言うのに

 ――もう、戻れない。

 そう直感したから。

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