第5話『魔王軍入軍試験』
「おはよう美翠水蓮君。調子はどう?」
さて朝起きたばかり、記念すべき魔王軍最初の日の朝に喋る人間が下種で変態な男とは縁起が悪い。気分も悪い。
「少なくとも肉体的には最高のコンディションですよ。いまなら体力のない私でもフルマラソンをやりきれそうです」
「魔王の血は魔法が使えるようになる以外にも反射神経や筋力、再生能力を底上げするからね。フルマラソンぐらいならいけるんじゃないかな」
「へー便利な身体ですね」
「まあその分常人の3倍はエネルギー消費激しいから人の3倍食べないと倒れるけど」
「体力勝負には致命的な気がしますが――本当にフルマラソンできますか?」
3倍体力を使うという事は他の人より3倍体力がないという事だが――
「全力ダッシュで10分ぐらいと考えると・・・・・・普通に行けるね。余裕余裕」
「ふーん。便利な身体ですね――え? ちょっと待ってください。私全力ダッシュで240㎞出せるんですか?」
困惑だ。哺乳類が二足歩行で出していいスペックではない。
「そういえば昨日君はどんな自己紹介をするつもりだったんだい?」
「煙託さんのせいでできませんでしたけど、とっておきのがありましたよ。」
「教えてほしいな。少し興味がある」
「いいですよ。――『こんにちは! 私の名前は美翠水蓮! 不幸で暗いこの世を生きる、歌って踊れるオシャレで可愛いJC! まあJCなのは中学が正式な手続きを終わらせるまでの間までなんだけどね! 好きなことは飲食店巡りとマッサージ、そして友達を作ること! ここ最近の印象深い思い出はお母さんが死んだこと! 4649よろしくっ!』とこんな感じです」
「本気でやるつもりだったのかい? 冗談だろ?」
なぜか困惑している。私も困惑してしまう。私変なこと言っていないはずだけど。
「やりたかったんですけどね・・・・・・自信作でした」
一終さんに邪魔された後私は自分に割り振られた個人部屋に行き、熱いシャワーを浴びた後、フカフカなシングルベッドに飛び込んで泥のように眠った。
「なんであの人は私の邪魔をしたんでしょうか。理解ができませんよ」
「あいつは人間不信なところがあるからね。言葉なんて全て上っ面だ! とか思っている節がある。自分流のコミュニケーション方法を使わないと信じられないんじゃないかな?」
「だからって肉体言語を押し付けられるのは溜まりませんよ。私、休み時間は図書室でホラー小説を読んで居るタイプで、運動は苦手なんです」
昨日、煙託さんが言った言葉を再生してみよう。
――俺達雑兵に大事なのは戦闘能力。
――明日の朝俺と貴様は決闘する。
――時間は正午。場所は第六戦闘訓練所。
――俺に一撃でも入れられれば貴様の勝利。貴様を仲間と認めよう。
――一撃すら入れられなかった場合貴様は俺に殺される。
――せいぜい足掻け。
再生終了。ふむ、バッくれたほうがよさそうだ。
「一応僕から助言をするなら逃げないほうがいいよ」
一秒で否定された。バッくれようと思っていたのに。
「あいつを友達として攻略したいならだけど。煙託は親友に裏切られたことがあるからこれが最初で最後のチャンスだろうね。仲間内でも信用のある奴だから友愛ロードマップを広げるに丁度いいし」
「友愛ロードマップなんて表現をしないでくださいよ。まるで私が友達を記号としてしか見ていない冷血女子みたいじゃないですか」
棺は嫌なふうにせせら笑った。
「言葉の受け取り方が歪んでいるよ。思い当たることでもあるのかい? これは単純に煙託を押さえておけば友達がいっぱいできるよって事さ」
「・・・・・・被害妄想が過ぎました。すみません」
「別にいいさ。被害妄想だと思っているならね。じゃあ僕は今日仕事があるからもういくね。食事は冷蔵庫に入っているから適当に食べるといいよ。決闘で使う武器はパソコンで頼めばいろいろ融通してくれるよ」
そう言い残すと棺はドアを開け紫色のアカベコに乗りどこかに行ってしまった。
「逃げるための言い訳潰された感じなのかな。変態殺人鬼に」
あんなことを言われたら逃げたくても逃げられない。
友愛ロードマップと言う友達を記号のように見ている言葉こそ最悪だとは思うが、しかしコネも何もない私が友達を増やすために一番考えるべきことでもある。
つまり順番での攻略。大きな人脈を持つ人を攻略すれば、ネズミ算的に友達を増やしやすくなる。そしてその大きな人脈を持つ人の最初で最後の攻略チャンスなら――。
「やらないわけにいかないよね」
とりあえず朝ご飯で腹ごしらえを終え、適当にパソコンや分身で暇つぶしをした後、私は呼び出されていた第六戦闘訓練所に向かった。
「ひろー。すごー」
凄すぎて語彙が幼稚園児並みになってしまった。
月の表面みたいだ。酸素があるし空には雲があるから本当に月の表面ではないだろうけれど、でこぼこでやたら広い不毛な土地といった風景。
そこにポツンと1人、男が立っている。
「よく来たな。逃げると思っていたぞお前のような奴は」
「ちなみにどんな奴が逃げると思っているんですか? 私のように歌って踊れるオシャレで可愛い女の子は弱虫だとでも思ったんですか? 前時代的ですね」
「そして貴様が逃げると思った理由は女だからでも若年だからでもない。卑怯卑劣で血も涙もない仁義を通したこともなさそうな子悪党だと感じたからだ」
「ふーん。そうですか。――――はあ!? ちょっとまってください、今なんと私を形容しました? 卑怯卑劣で血も涙もない仁義を通したこともなさそうな子悪党だと私のことをそう言いましたか!?」
なんてこと言うんだこの人。自分がいつそんなそぶりを見せた。人を同情し共感する事が出来るこの心優しい美翠水蓮ちゃんにむかって、なんて心無いことを言う。
「現実世界にしずかちゃんを持ってきた聖女と呼ばれている私にいい度胸ですね」
「昭和にできた作品だからしょうがないが、いじめを見て見ぬふりをするのも、今はいじめに加担されているととらえられるのだぞ。しかもあの女は3人分の枠を一枠を使っているだろう」
「回によってそこはあいまいな気がしますがね、のび太さん連れて行かないなら私も行かない! とか言っている気がします。まあどうでもいいですね。しずかちゃんの性格なんて。しずかちゃんに似ているとか、本当は言われたこと私ありませんし」
私は目を細め、手を構える。
煙託さんは体をかがめ地面に手を付けた。
「12人」
「【
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