第33話 高校生五人組vs毒殺魔ズカニー②瀕死のジュニア帰還

千加子から独裁軍の実体説明を受けた桃島基地のメンバーたちは、ジュニア抜きで惑星オルフィーへ行くより、彼の帰還を待って、その調査報告を前提に全員での暗黒軍への最終判断を下すことが賢明との結論に至った。暗黒軍は高度に組織立てられた、軍隊というか軍隊を凌ぐ戦闘集団との認識に傾いていたが、千加子の説明から四人とも単体説、特にジュニアの兄弟説に大きく考えがブレ出したのだ。


「確かに、チーちゃんの言う暗黒軍=ジュニアの弟説に立つと、これまで不可解だった出来事が結構うまく説明できるんだよね。例えばある領域の周波数の電磁波を使うと、今では暗黒軍といっていいと思うんだけど、独裁軍を含む厄介な敵に通信内容を傍受されなかったのは、何故だろうって不思議に思ってたんだけど、そのアミロンだっけ。彼の聴覚AIがチーちゃん調査結果から分かったように、製作者ゴルドンの欠陥を持っていた聴覚神経をベースにして作成されているんだったら、説明がつくしね」


弟優一が、千加子司令官への賛同一番手だった。


「そうね、ジュニアが傍受されない周波数帯を、五次元ネットワークと名付けて活用していたのも、気づいていたか否かは別として、納得が行きそうだわね」


のぞみも倉田姉弟に歩み寄る。


「そうだな。宇宙の有機生命体社会を揺るがす鮮やかなクーデター事件は、全てゴルドンとアミロンがテミアを追放されて以降に起こっていることにも適合するよな、のり子」


竜児も隣席ののり子に同意を求めると、彼女も頷いてから、千加子にアミロンの能力に関する疑問点を尋ねた。


「千加子さん。アミロンの能力に関しては、ジュニアが帰ってからの報告に待つことになるんでしょうけど、ゴルドン作成の設計図はないの?」


「残念だけど、アミロンに関してはその知的能力や戦闘能力のデータを含めて、設計上の資料は手元にはないの。結局、彼が起こした特にクーデター事件から、その能力を帰納していくしかないわね、今のところ」


千加子一人が温め、ごく最近になって声高に主張しだした、学説上も一人説と言ってもよい暗黒軍=アミロン説だが、ジュニアの帰還により内容がより鮮明になるのだった。ジュニアのテミアへの渡航日程は、大半が特別任務の内容を成す衛星アパでの調査で、解放軍の西リスマ城への攻撃中止命令がテラスにより発されている以上、戦闘は膠着状態というか身動きの取れない睨み合いが続いていて、テミア内戦面でのジュニアの戦略支援は限定的だからだ。


「いずれにしても、あと二日でジュニアの詳しい説明が聴けるから、それまで、アミロンがかかわったと思われるクーデター事件。首謀者をピックアップして、宇宙犯罪上極悪非道な者以外が関与したものはないのか、探してみましょう。もしあるとしたら、アミロンが直接かかわった可能性が浮上してくるから」


ジュニア帰還予定の二日前、千加子が当日の戦略会議の終了を宣言し、各自の部屋へ戻って調査に着手しようとした午後九時四十二分。桃島基地に連絡なしに緊急着陸したのは二艇の連邦軍中型艇で、一艇にはボンド以下六人の最先端高度技術作業スタッフが乗り、後の一艇はそれ自体先端オペレーティングシステムを備えた作業艇だった。


「エッ! ボンド、一体どうしたというの?! 突然の到着に、しかもチタンドーム作動スイッチ・オンって」


いきなりの着陸と同時の、ボンドからの緊急指令に千加子は驚きの声を上げるが、一瞬にして異常事態を把握してしまい、着陸二艇を直ちにチタンドームで覆う緊急ボタンを押した。カモフラージュ用の木の葉がまんべんなくドーム・ルーフに散ったのを確認すると、千加子は四人を従え、作動した地下通路からドームへの階段を駆け上がった。


「あー! ジュニアー! 何てことに!」


作業艇のルーフがちょうど持ち上がったところで、五人の目の前には、バラバラの、スクラップ同然に痛めつけられたジュニアが横たわっていた。


「ボンド! 何てことをしてくれたのよ! ジュニアに危険は及ばないと約束したじゃないの!」


千加子はボンドに駆け寄り、激しく彼の胸をたたいて、泣きながら抗議する。破壊され、修理不能状態としか思えないジュニアの六個の金属塊だった。


「千加子司令官。僕はまだ生きています。ただアミロンから飽くなき攻撃を受けたので、僕のAIは崩壊まぢかで、このままでは修理が成功しても、ただの機械ロボットとしての役割しか果たせません。ミケロの娘アンジェラが渡してくれたチップと起動のパスワードで、アミロンと戦える力を持てると思いますが、そのためには千加子司令官が僕にとって信頼が置ける方であると、ダルビンが作成したプログラミングに証明する必要があります。司令官の脳波をモニターに反映して、中佐の持っている接続ラインで、僕の頭部後方のリセプションオープニングに繋いで下さい。急いでお願いします」


頭部中央の、髪に隠れた小さな赤ランプが弱々しくグリーンに点滅したのも束の間で、消え入りそうな声で千加子に伝えると、ジュニアは作業が済むまで防御プログラムが作動し、自動的に電源オフのスリープ状態に入ってしまった。


「さあ、早く」


ボンドに急かされ、千加子は手も足も胴体もバラバラなジュニアの横に仰向けになり、技術スタッフの作業に身を委ねた。余りに変わり果てたジュニアが哀れで、愛しさが込み上げて来て、堪えようとしても嗚咽が漏れてしまうのだった。


スタッフが懸命に作業を重ねるなか、ボンドが千加子の手を握って語ってくれたのは、恐るべき暗黒軍の正体だった。


「千加子。君が予想するアミロンによる洗脳を実証するため、独裁軍皇帝ジョンの協力を得て、彼の腹心の部下で秘密情報部大佐のバートンを死亡したレイナスの弟に仕立ててその従者がジュニア。この設定で、アパタミア洞窟の開かずの扉を潜る策を取ったんだよ。バートンはレイナスの弟ハルキウになり切り、何度もリハーサルを繰り返したんだ。その結果、事前面接でも全く疑われることなく、開かずの扉、暗黒軍関係者はモーゼス・ウオールと呼んでいるようだが、そのモーゼス・ウオールを潜ると、アースの古代ローマ帝国の王宮仕様の広大な回廊。これが目の前に飛び込んできて、延々と続く回廊の両側にはローマの宮殿を模した城が建てられていたらしいんだ」


この回廊が十キロ近く続き、その先に恐らく古代ローマとガリアの境界にあったルビコン川を模したものであろうが、ルビコン川と大きく異なるのは、川幅が優に一キロはある大河であることだった。そして川水には紫外線予防に有用なビタミンAとCがふんだんに含まれていることが、ジュニアの感知センサーで明らかになったのである。


「千加子。君の説を決定的に裏付けたのはね、ルビコン川を渡ると紫外線強度が百倍近くに跳ね上がって、有機生命体にとっては生存がギリギリというか、脳に極端な影響が及ぶ事態がもたらされる点なんだ。修験道場のようなものが回廊の両側に設けられていたらしいから、そこでの長期の修業というか、アミロンによる洗脳作業はミーシャの解剖結果で証明されたと思われるんだよ。つまり、脳の前頭前野にミトコンドリアもどきの小器官細胞がべったり張り付く現象がね」


衛星アパのアパタミア洞窟。その奥に開かずの扉とも呼ばれるモーゼス・ウオールがあって、そしてその壁の奥に控えるのは、幅五十メートル、高さ三十メートルの目を見張る回廊だった。延々十三キロにも及ぶ回廊の先には皇帝の間があり、そこに至る天井、壁のいたるところに監視カメラが張り付けられ、不審者に対するレーザービーム照射口が設けられていた。ジュニアたちが乗った回廊の移動手段は、先頭と後尾に衛視が乗り込んだ五人乗りプロペラ飛行船だった。


「ね、ボンド。どうしてジュニアたちがスパイだと見破られたの?」


エッグペイストで髪に張り付くコード先のモニター画面と痛々しいジュニアに視線を送りながら、千加子がボンドの手を握って震える声で聴いてみる。メンバー四人も固唾を飲んで、技術スタッフの作業を祈るような思いで見つめていた。


「いや、皇帝の間に入って、高い黄金台座に座るアミロンに拝謁しようとした一瞬のスキに見破られたらしい」


アミロンの能力を甘く見ていた、ボンドやジョンそれにジュニアと千加子の完敗であった。


「愚か者どもめ。わしが気付かぬと思ってか。サラムジュニアよ、ソチが我が父ゴルドンの兄ダルビンが作ったロボットであることなど、瞬時に見破ったわ」


アミロンはAIの持つ能力以外にも、有機生命体の有する第六感というべきものも、有機生命体以上に発展させていたのだ。子供従者の割には物怖じしないジュニアの振る舞いやバートンの探るような眼差しから不信感を抱いたアミロンは、左眼に内臓した分析探知センサーを作動させ、直ちにジュニアが自分と同じ材質かつAI搭載と究明したのだ。


「ジュニア破壊は躊躇なかったらしい。兄弟AIに対する親愛の情など、微塵もないことがよく分かったよ」


アミロンに対する今後の対応決意を噛みしめるように、ボンドは怒りに顔を歪め、千加子の右手を握る自分の両手に力を込めた。アミロンの右手人差し指から照射された殺人光線とでもいうべき鋭い高エネルギービームは、一瞬の内にジュニアをバラバラに破壊したのだった。辛うじてジュニアのメモリーに残っていたのは以下の音声だった。


「バートンよ、お前は殺さぬ。ジュニアと違って使い道があるからな。レイナスやズカニーたちのように、わしのために身を粉にして働くようコントロールしてやるからな。間もなく、お前が忠誠を誓っている独裁軍皇帝ジョンを裏切ることに、至福の喜びを感じられるようになるのだぞ。ワハハハ!」


ジュニアのメモリーチップを取り出し、行動を全再生した連邦軍と独裁軍の合同対策チームは、バートンの行く末を案じ、またアミロンの冷血に身の毛がよだったのだった。


「千加子、我々にはアミロン認識に甘さがあったのは事実で、これがジュニアが襲われた不幸だったが、アミロンにも驕りがあったんだよ。ジュニアを完璧に破壊しなかった、というか完全に破壊したと誤解したために、我々にも反撃の可能性が生まれたんだよ。まさかこの日の来るのを恐れて、ダルビンがジュニアとサラムに有機生命体保護の最後の砦を構築していたとは思いも寄らなかったんだが。……そう、隠れた能力を三段階に分けて、ジュニアとサラム用に構築してあったんだよ。恐らくゴルドン作成のアミロンが、我々宇宙の有機生命体に最終決戦を仕掛けることを予期していたんだろうな」


半世紀近く前に、宇宙を巡る壮大で破滅的最終バトルを思い描いていたダルビンという天才ロボット工学者。彼は自分の間近にいた邪悪な天才ゴルドン作成の、邪悪の権化というか、悪魔の王になってしまうアミロンの行く末を予期し、そのアミロンに対抗できる潜在能力が埋め込まれた二体のAIロボットを設計していたのだ。


「ダルビンが隠れた能力を三段階に分けて、ジュニアとサラムに構築したというのはどういうことなの?」


「うん。これはジョンと同じ結論なんだが、アミロンと同じような有機生命体破壊AIの出現阻止。そのための歯止めなんじゃないかな」


「具体的にはどんな内容なの?」


「うん。内容的にはすごくシンプルなんだよ。第一段階では、ユダルマ星人の平均的な道徳観念を持つ人物。ここではダルビンの妻エレノアが選ばれているんだが、彼女の脳波、といってもα波だろうけど、そのエレノアのα波と近い波形のものがインプットされれば、パスワードを入力することで、ジュニアにもサラムにも第一段階の知的及び戦闘能力起動がメモリーチップからインストール可能性が生まれるんだよ。つまり埋め込まれている潜在能力が、ジュニアやサラムにとって使えるようになるんだよ」


「でも、どうして脳波なの? とてつもなく重要な能力起動―――ハイアッププログラム起動と言っていいんでしょうけど、このキィワードとしてはあまりにも乱暴すぎない?」


「それはね、ユダルマ星では一頃というか、今も若干その傾向があるんだけど、脳波によって人格の異常、正常の判断の見極めがつくと考えている脳生理学者の一派が存在するんだよ。確かに乱暴な理論だけど、アミロンの行く末に恐怖を抱いたダルビンとしては手っ取り早いこの考えに縋ったんじゃないかな」


「いずれにしても、最強の知的及び戦闘能力が備わるには、三番目の脳波波形が必要になるのね。三番目の波形は誰のものなの?」


千加子はボンドの説明から、今現在行われている作業内容を完璧に理解してしまった。何故これほど急いでいるのかは、第二、第三の波形コピーが手元になく、しかも一度でも失敗すれば、ロックがかかり、先へ進めなくなりハイアッププログラムは終了してしまうのだ。


「エレノアの脳波を用いた第一段階の能力アップでは、アミロンには太刀打ちできないだろう。第二段階が起動するための脳波は、恐らくダルビン自身の脳波か、それとも歴史上の偉人。ユダルマ星人なのか宇宙全体の偉人なのかは分からないが、多分そういうことではないかという結論に達したんだよ」


「結局ジョンとあなたは、一発勝負での私の脳波にかけてみたのね。でも、よくペック提督がジョンとの協議を許したわね。まだ、独裁軍は連邦軍の敵だと考えていると思っていたのに」


「まさにその通りで、ジョンとの協議の結果というのは提督には内緒なんだ。千加子、君との協議の結果ということにして、この計画を進めているんだよ。提督の君に対する信頼は絶大だからね」


ボンドは苦笑いを浮かべながら、現在進行プログラムの一部は連邦軍規違反であることを認めたのだった。作業チームの面々も連邦軍士官の肩書を持っているが、緊急任務の性格を提督よりはるかによく認識しており、ボンドの軍規違反を上申することは考えられない、そんなボンドの口ぶりだった。


「でもボンド。ジョンもあなたも私にかけてくれたのには、勝算があってのことでしょう。根拠は何なの?」


「それはね、君も薄々感じていただろうけど、ジュニアの君に対する態度から判断しての結論なんだよ。親愛と信頼と忠誠。ジュニアが初対面の君に接する態度から読み取った印象で、これはジョンも全く同じ認識だったとのことで、以前から不思議に思っていたらしい。君もそうだろう?」


「確かにそうね。ブラックホールγドロップへ吸い込まれる危機に際し、ジュニアが私との永久の別れを意識したんでしょうね。睡眠剤で眠り始めた私の顔を見つめ、涙を流していたもの。ああ、ジュニアにとって、私は特別なんだなって、薄れゆく意識の中でも強烈に印象に残っていたもの。この子は有機生命体に害を及ぼす存在じゃなくって、我々有機生命体と共に歩む存在として生まれたんだって」


「そうだね。実は今初めて話すことなんだけど、サラム一号も流すはずのない涙を流したことがあったんだよ」


「言わなくていいわ、ボンド。サラムがテラス姫を見たときでしょう。じゃ、この脳波プログラムは、テミアの解放軍占領の北ノボ城内でも並行して行われているのね」


千加子は連邦軍・独裁軍同時並行の、暗黒軍との死闘の始まりと言ってもよい静かな闘いのコア(核)、これをボンドの手を握りながら理解したのだった。


「あー! ボンド中佐。ジュニアのバッテリーがあと数秒で消滅してしまい、自壊プログラムが作動してしまいます。千加子司令官の脳波検証や接続端子、受容メモリーの作動状況をチェックする時間の余裕がありません。どうしましょう!?」


作業チームのリーダーで、ロボット工学の権威でもあるヤーポン人タイガ大尉が悲鳴にも似た大声を上げ、ボンドの指示を仰ぐ。


「ノーチェック! パスワード入力、直ちに接続!」


ボンドが命令を発する前に指示を与えたのは千加子だった。自壊プログラムが作動すると、永遠にジュニアは戻ってこないのだ。


「了解!」


命令を受け、キイボードに飛びついたのはのぞみ大尉だった。わずか五秒で作業を済ますと、ジュニアのそばを離れ優一の隣へ移動して彼の右手を両手で握った。ドーム内の11人は、みな祈るような思いで変わり果てたジュニアに視線を奪われていた。


「さあ、ジュニアの生命力と運にかけるしかないわね。私はここにいるから、皆さんは居間で休んでちょうだい。気を使わないで。私とジュニアの二人だけにして欲しいの」


ダルビン設定のプログラムに適合したのであれば、右足に埋め込まれた核融合型バッテリーが作動し、ジュニアが戻ってくる。ダルビンが設定した、第二段階の能力具備のジュニアなのか。それとも最上位の能力が備わったジュニアなのか。アミロンに対抗できるためには、おそらく最上位の能力が必用であろうが、千加子にはそんなことはどうでもよかった。ただ、ジュニアが息を吹き返してくれることだけが彼女の願いだった。

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