第31話 皇帝ジョン③ダグラスからウイリアムへ
初代独裁軍皇帝カーターから二代目皇帝ダグラスへの皇帝地位の移行については、老齢と襲撃事件の刺傷後遺症に悩むカーター側の事情であって、この点は第30話で簡単に述べた。カーターが息子レナルドへの地位継承を拒んだのはそこで書いたように、暗黒軍の支配が心身に残存していることから当然としても、次男のオニールにも継がせず世襲を否定したのは、暗黒軍の存在の影が大きく影響するものであった。暗黒軍の実体がいまだ不明なだけに、カーター及び独裁軍幹部たちの不安というか危機意識は想像を絶するもので、独裁制という世襲を肯定しやすい国家体制の下であっても、巨大な恐怖の権化と化した暗黒軍に対抗するためには、強いリーダーシップが求められたからだった。
このように二代目皇帝ダグラス決定は、初代皇帝カーターの意向であったのは当然として、独裁軍幹部たちにも異論はなく、また消去法によっても問題なくダグラスに確定されるべきものであった。もちろん帝国国民の総意にも反しないものでもあったのである。
ただ、異論は皆無であったのかと問われれば、ごく少数だが、カーターの長女ジャンヌを女帝にと主張する面倒な一派の存在は確かにあった。カーターの一族がその利権保持を目的として、48歳の長女ジャンヌを担ぎ出し擁立を図ったのだが、ダグラス派にとって厄介だったのは、違う土俵での闘いを余儀なくされたことだった。
二代目皇帝としての国家統率の力量比較であれば、政治面でも軍事面でも全くの素人、というより素人どころか、男漁りのアバズレとの評価しか与えられないジャンヌには、国民からの信任は得られず、ダグラスに対する勝ち目はなかった。実際、父親である初代皇帝カーターにとっても、放蕩三昧の長女ジャンヌは悩みの種で、この娘に婿養子を迎え入れて帝国を継がそうなども、およそ考慮の範疇外だった。
では、何が問題となったのか。ここで、ジャンヌ擁立一派が持ち出したのは、ジャンヌの息子ルキウスが、ウイリアムの父親であるカークの子供だという、突拍子もない主張だったのだ。もしそれが事実であれば、カークに命を助けられた皇帝カーターはもちろんのこと、ダグラス擁立派にとっても無視することは困難な主張であった。
「ダグ、20年の時を経て、とんでもない主張が息を吹き返したが、わしの不徳の致すところだ。バカ娘ジャンヌの後ろで糸を引いているのは、弟のガルシアだろう。面倒を起こしそうだったら、何も気にすることはない。ジャンヌ一派を一網打尽に引っ括って投獄するなり何なりして、黙らせればいいんだ」
カーターの言を俟つまでもなく、ジャンヌを操っているのはカーターの弟で、ジャンヌの叔父であるガルシア。衆目の一致する【類は友を呼ぶ】の諺通りの二人の繋がりで、ガルシアの評判も特に酒癖と素行の悪さは国民の顰蹙を買って余りあるものだった。
「ええ、でも皇帝。ここは対処法を誤ると、帝国内に抑えがたい不協和音が生じてしまい、独裁軍分裂の火種がくすぶり続けて、最悪、ジャンヌ一派が主張する―――国土の二分の一分割案が通ることになってしまいかねません」
カーターの提案に、厄介者を思い浮かべ、ダグラスは不快の仕草を抑えるのも忘れ、口元をゆがめた。この点は同行の独裁軍トップ3(軍参謀総長テーラー、秘密警察長官フーバーと独裁軍議会議長パウエル)も、ダグラスと同じ見解だった。今彼らが訪れているのは、独裁軍の巨大宇宙円盤基地アームスターの中心部メインエリア内第一ゾーン第五施設で、この約1500ヘクタールもある施設の高層ビル群の中にあって、それらを睥睨するように聳え建つ117階建て巨大ビルの最上階だった。
この宮殿仕様の高層巨大ビルに、シャトウホスピタル(シャトホス117)と呼ばれる独裁軍帝国病院があって、117階全フロアーを占めていた。真上の屋上の中心エリアは、大型ヘリから翼長150mのジャンボ輸送機の離発着にも利用でき、救急用であるのは当然として、軍用にも転用可能な空軍直轄エアーポートだった。
さて、皇帝専用病室へカーターを見舞った、皇帝補佐の肩書も持つダグラスがジャンヌ事案の分析的ブリーフというか、懸念を苦々しく、語るも不快との仕草を浮かべ口から漏らしたのだった。共に訪れた独裁軍トップ3とも予めすり合わせが為されたとは言っても単にそれだけで、解決に至る結論を導くものでは到底なかった。
そもそも皇帝の身内と英雄カークが絡むという点で、国民の関心が異常に高く、処理を過てば後々までも尾を引き、独裁軍の存亡にまでかかわる難題だった。当然、軽々に結論が見出せず、また見出すべき問題ではなかった。
「皇帝陛下。ジャンヌ様事案とも関係しますが、先般陛下から申し出のありました皇帝家の財産の目録と、その処分態様につき、これにまとめておきましたので、ご参照ください。1ページ目をご覧になっていただければ、大まかなというか、概略はすぐお判りいただけます」
長身でやや猫背のフーバーが額に汗をにじませ、ベッドの背を立てたカーターに差し出した書面には、莫大な皇帝家の財産のほぼすべては独裁軍への無償譲渡(贈与)が記載され、ほんの僅かな個別財産のみが移転先と共に簡潔に記されてあった。内訳は約99%が独裁軍へ、残り1%がダグラスとウイリアムへ二分の一ずつの譲渡割合だった。カーターが自己の親族に皇帝家の財産を鐚(びた)一文たりとも渡さないことによって、ジャンヌやガルシア、それに亡きレナルドの未亡人や次男オニールが結託して権力闘争を図るのを財産面からも断固阻止する。老衰の滲むシワだらけの顔に太い眉間の2本線。カーターの決意を語って余りあるが、フーバーの差し出した書面でも一目瞭然だった。が、この皇帝カーターの決意は難題の火消しどころか、火種に油を注ぐ諸刃の剣となることも明白だった。
「ダグ、そんな顔をするなよ。わしの遺言だと思って、受け入れてくれよ。ジャンヌやその一派は、欲がらみで何が何でも争いを仕掛けてくるよ。財産をブロックして、彼らの闘争エネルギーの源を断つ。取り敢えずは、わしのこの考えで進んでくれ。―――どうだ、ウイル(ウイリアムの愛称)。君のお父さんまで巻き込んで済まないことになったが、意見があったら、遠慮なく言ってくれよ。ここにいる四人のお歴々に、近々君も一緒に加わって暗黒軍と戦ってもらうことになるんだから」
父親カークとの縁で、幼少時よりカーターは殊の外ウイリアムを可愛がってきたが、死期が近づいている彼にとっては、成人に達したウイリアムを独裁軍幹部候補への皇帝推薦とともに、目の前のジャンヌ事案の彼の意見も聞いてみたかったのだ。異例中の異例と言ってよい22歳の若輩が、皇帝の病室へ呼ばれた理由でもあった。
「はい。僭越ながら、若輩者の意見を述べさせてもらいますと、22年前の、父カークの錯誤に陥った行為の確定。この処理を皇帝の名のもとに為すべきだと考えています。つまり、法的に否定できるものであるなら、国民に向かって否定して、父カークとルキウスの親子関係は完全に無かったと確定するのが望ましいと考えます」
ウイリアムはジャンヌ達の主張に対して、非常な怒りを覚えていた。自分と同い年のルキウスが生まれたとき、撫育認知という制度を知らなかった父カークはジャンヌに嵌められ、彼女が抱くルキウスの頭を撫でた、というより撫でさせられたのだ。オライアの伝統では、これでカークがルキウスを自分の子であると認め、ウイリアムの弟であるとの認識を表示したことになるのだった。
撫育認知は父親と子供の寛大でおおらかな親子関係形成手法であるが、生物学的意味の親子関係存在と齟齬というか乖離がありすぎ、婚姻や相続等の場面で火種の提供につながることから、採用している国家や民族は少なかった。ウイリアムの知る限りでは、オライア連邦所属国と、太陽系のアース内の中華民国、別名で台湾とも呼ばれているらしいが、この二国程度であった。
「ジャンヌ問題の完全な幕引きのためには、22年前の、我が父カークがルキウスの頭を撫でた行為。果たして親子関係を認める認知としての効果を与えるべきか、それとも単に親愛の情の発露であったのか。この決着をつけるための、国家としての主張をするべきだと考えます」
「具体的にはどんな主張を展開するというのかね」
「はい。ルキウスと私の父カークとの親子関係発生の根拠として、ジャンヌ側は父カークが出生直後、ルキウスの頭を撫でたことによる撫育認知を主張していることは先程述べた通りで、この撫育による親子関係発生を信じる多くの国民がいることから、まず、この点の否定から始めるべきだと考えます」
ウイリアムはルキウスもジャンヌも呼び捨てにしたが、これはフーバーとは異なり自分には呼び捨てが許されるとの強い自負があり、幼い頃からカーターには我が子同然、いや我が子以上に可愛がられてきて、ダグラスを含む三人の関係は、祖父と父と子供の関係。そんな認識が共有され、強固に固着しているからだった。
「しかし、撫育認知はオライア連邦以前から認められてきた、オライアの伝統的制度であり、これを完全に否定することは難しいのじゃないのかね」
「確かにおっしゃる通りで、独裁軍所属の国民は大多数が撫育を親子関係を発生させる認知と考えていますが、宇宙全体では撫育認知を認める国家や民族は極々少数で、このことは撫育認知が将来的に消滅すべき制度であることを示唆しています。我が独裁軍においても撫育認知は否定する方向で法整備が為されるべきだと考えますが、現実に起こっているジャンヌのような事案の処理には、明確な親子関係の否定が可能な場合、その否定理由が撫育認知に優先するとして、撫育認知による親子関係を国家である独裁軍が否定するべきであると考えます」
「ウイル。明確な親子関係を否定する手段として、ジャンヌ一派を抑えるために、一体お前は何をもってこようというのかね」
ウイリアムの主張の先が見えて、性急な論理が彼の身に危険を呼び込みかねないことから、ダグラスが口をはさんで一呼吸置かせ、皇帝のベッドを囲むトップスリーにも問題意識を共有する時間を与えた。ほぼ決まりの次期皇帝候補ダグラスにとってはウイリアムこそ最も信頼できる自身の後継であって、暗黒軍の初期攻撃の特徴を掴みつつあるウイリアムとの共闘体制確立は、早ければ早い方が良く、瑣末なジャンヌ事案処理で彼の身に危険が及ぶことは極力避けたかったのだ。
「ええ、ダグ。そもそもオライア人と我々グリア星人との間で、生物学的な生殖が可能か否かに関しては学者間でも争いのあるところで、DNA的には無理という見解が多数説です。ただこの論争には、ジャンヌ一派は当然乗ってこないでしょうから、帝国国民を説得するためには私が国民に、ルキウスとの兄弟関係不存在の主張を展開し、この論争で勝利を収めることによって、わが父カークの影響をジャンヌ一派から完全に払拭してしまう。すなわちDNAによる親子関係否定が、撫育による親子関係認定に優先する。結局、DNA鑑定が撫育に勝つという結論。この結論を国家の公式見解として、独裁軍皇帝の名で発表しジャンヌ問題に決着をつける。ベストとはいえないまでも、ベターではないかと思うのですが」
「確かに、ジャンヌのDNA提出は本人が拒み、また国民の反発も買うだろうが、ルキウスのそれは、むしろ国民の望むところだろう。しかし、当然予想されることだが、ウイル。君の命が狙われることになるぞ」
兄弟間の科学的存在が証明によって絶たれ、ルキウスがカークの子供でないということが分かれば、ジャンヌ一派は大きな支えを失うことから、当然、これを阻止するためにウイリアム暗殺を謀るであろう。ジャンヌ一派による内紛というか反乱を抑えることが出来たとしても、ウイリアムが暗殺されたのでは、皇帝側は失うものが大きすぎるのだった。
「いいえ、父カークの名誉のためにも、是非とも私とルキウスとのDNA鑑定による対決の場を与えてください」
結局、ウイリアムの意志が通り、彼の意図した帝国国民を巻き込む大論争が勃発したのだった。白黒をつけなければ、論争の終局には到底及び着かない事態がもたらされるところまで、国民の意識が向かってしまったのだ。
正にウイリアムの読み通りのフェーズ到来で、権威ある明確な基準のみが、国民を納得させ、論争を終結に至らせるものだった。
1、皇帝カーターによる決定の意思表示。
2、DNAによる鑑定決着。
国民を巻き込んだ論争は、上記いずれも勝ち取ったウイリアムの、完全勝利だった。
DNA鑑定の結果、ウイリアムとルキウスの兄弟関係は否定され、それが皇帝カーターによって国民に宣告されたのだ。
撫育認知の制度も法制度の整備計画により、発展的解消が進められ、認知としての効果が認められないことが法文に規定されることになった。
「ウイル、たった今入った情報によると、ジャンヌは毒を呷ったが、死ぬ前にお前の殺害を毒殺魔ズカニーに依頼したとのことだ。秘密警察長官フーバーも掴んだらしいぞ。ともかく気をつけねば」
何もかもウイリアムのせいと逆恨みしたジャンヌが、一派の者が政府転覆謀議罪で逮捕される前に、ズカニーにウイリアム暗殺を依頼して覚悟の自殺を遂げてしまったとのことだった。
「大丈夫だよ、ダグ。僕の警備は万全だし、それに毒薬に関する医学的知識もズカニーに負けないくらい持っているから」
ウイリアムはダグラスの心配を笑い飛ばしたが、執拗なズカニーの毒牙が効を奏し始めるのは数年後のことで、宇宙犯罪者トップ10に名を連ねるズカニーは、やはり賞金稼ぎたちが血まなこで追い求める懸賞首の持ち主だったのだ。
遅効性を含む複合毒によって、ウイリアムの免疫機能が徐々に破壊されて行くことになってしまうが、いずれにしてもジャンヌ事件で果たしたウイリアムの功績は、独裁軍内で高い評価を得て、ダグラス後継と共に優秀な養子による後継者決定に道を開いて行くのだった。
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