第30話 皇帝ジョン②独裁軍命名由来

独裁軍は当初、独裁軍の名が意味する独裁的国家ないし独裁的国家連合体ではなかった。当初は、太陽系の惑星アースから約100光年離れた恒星TOI-700。この恒星TOI-700を巡る惑星がTOI-700dで、惑星内の単一国家・オライアを宗主国とする、緩い支配関係にある連邦的な国家集団オライア連邦が、独裁軍の前身だった。よく例えられるのが、緑の惑星アースにあるイギリス連邦で、イギリスを宗主国として、カナダやオーストラリア等が緩い連邦を形成しているのに似ていた。


このオライア連邦は、ボンド所属の連邦軍とも現在のような敵対関係にあったのではなく、親睦的関係にあった国家連合体で、オライア自由連合の別名でも広く知られていた。


そのオライア連邦が独裁軍と名称を変えたのは、ウイリアムの二代前の皇帝カーター(独裁軍初代皇帝)のときからであった。なぜ、独裁軍と名称が変わってしまったのか。初代皇帝カーターの時に、暗黒軍の示す危険というか恐怖の権化ともいうべき実体が、未だ影という漠然とした姿ではあったが、それが初めて認識されたからだった。


暗黒軍の影がオライア連邦の人々の前に現れた衝撃的な事件は、連邦の代表者や国民の正に目の前で起こってしまった。宗主国オライアの宰相マルケスが、重要な連邦儀式であるオライア連邦議会開催の詔勅を自ら読み上げている国王カーターに、突然短剣を右手にかかげ背後から襲いかかったのだ。


「我こそは偉大なる宇宙の支配者のしもべ。先駆けとなりて、暗黒の闇におわす、わが新たな帝王を迎え入れん!」


正にオライア王国への反逆の宣誓だが、これを呪文のように唱えながら、連邦代表議員および国民の見つめる中で、マルケスが何度も何度も国王カーターの背中に黄金の短剣を突き刺したのだ。連邦議事堂という予期せぬ場所で突然起こった惨劇に、武器を帯びない丸腰の親衛隊長カークは、脱兎の如く議会席最上段に駆け上ってマルケスに飛び掛かり、身を挺して凶剣を受け止め苦悶の中で落命してしまった。


連邦議会での国王襲撃と王国№Ⅳ(ナンバーフォー)の親衛隊長の死。この前代未聞事件はオライア国民のみならず、連邦を構成する国家の人々の脳裏からも容易に消え去り難いのは当然だったが、オライア軍諜報部の調査結果は人々の困惑をより一層深めるものだった。


まず、軍によるマルケスの背後関係調査が始まる。当然のことながら、単独犯とは考えられなかったことから、仲間の存在や支援国、武器や兵站等の後方支援もすべて調査対象だった。が、仲間も支援国も、武器や兵站等の後方支援も、すべて存在しなかった。調査結果はマルケス個人で途切れてしまい、先へ続かないのだ。


「しかしながら、このマルケスを反逆に走らせた計画案は完ぺきではないか!」


軍部と並行調査の、秘密警察組織の幹部たちも全員が脱帽してしまう、国家転覆計画の中身だったのだ。マルケスの国王暗殺により、軍部及び警察組織トップⅡ(ツゥ)が自動的に、まるで機械仕掛けの駒のように動き出す、そんな仕組みが組み込まれていたのだった。


重要部署として計画案上の人員配置がなされていた各個のメンバー達は、マルケスとの共謀や事前の情報伝達はなかったとは明言するものの、軍諜報部や秘密警察の取り調べに対し、あらかじめ一度だけ聴かされていた予備ファイルの音声データ。その神の声の如き深遠な響きが耳朶を打って脳中枢に流れ込み、言葉に魂が宿るという言霊(ことだま)に匹敵する声霊(こえだま)と言ってよいのか、そんな不思議な力が身内に宿り微かだが今も残存していると答えたのだった。もしその声に連動しマルケスの命令が伝わっていれば、自分は拒むことが出来ず確実に計画案に従ったであろうと、調査対象者たちは一様に述べたのだった。この点は、ほぼすべての権力分野でカーターに次ぐ№Ⅱ(ナンバーツゥ)権力保持者たる息子レナルドも、同様の証言を与えていた。


「これでは、たった一人の人物を取り込み、この音声データを各部署のトップⅡ(ツゥ)に配布するだけで、国家を乗っ取れるということではないか! こんな効率の高いクーデター(国家転覆)計画は、未だかつて聞いたことがないぞ。もしこれを全宇宙の支配に使われたら、我々有機生命体が構成する国家の明日など、いとも簡単に吹っ飛んでしまうではないか!」


事の重大性に気付き、レナルドを断罪せねばならない自己を鼓舞するためにあえて声に出したのはダグラスだった。彼は秘密警察トップで、軍においても国王カーター及び息子レナルドに次ぐ参謀中将だった。ダグラスは軍務についた20歳(はたち)から52歳のこれまで、オライア連邦内で最強勇士の称号を恣(ほしいまま)にしてきたが、今や気の毒なほどやせ細り、憔悴しきった面持ちでマルケス事件総括会議の席に臨んで、思わず先の言葉を漏らしてしまったのだった。


「そういえば、カークの今際(いまわ)の言葉も不可解だった……」


国王カーターを庇い、胸に無数の深い刺し傷を受けながら、マルケスを必死に拘束したカークだったが、駆け付けたダグラスが背後からマルケスの首をへし折ると、安堵したのか、親友に警告と最後の願いを残して事切れてしまった。


「マルケスは、オライア人でも奴の出生国のユダルマ星人でもなかった。全く別の生命体の力だった」


何かが憑依したようなマルケスの言動で、肉体的にもオライア人やユダルマ星人とは全く異なる別生命体の様相でカーター及びカークに襲いかかってきたのだと告げたのだ。就任以来、調整役に徹してきて、しかも肉体的には非力だったマルケスとはどう見ても別人としか考えられないとのことだった。


「ダグ(ダグラスの愛称)、息子のウイリアムを頼むぞ! 母親を亡くし、俺まで死んでしまうと、あいつは一人ぽっちなんだ。グリア星へ帰っても、親族もいないから、ここオライアで過ごさせてやってくれ。本当に頼んだぞ!」


親友の返事も受け取れず逝ってしまったが、グリア星人ではオライア軍最高位に上り詰めたカーク中将。その彼は息子への未練と暗黒軍の影に懸念を引き摺りながら、母国グリア星から遥か彼方のオライアで、52歳の生涯を閉じたのだった。このとき、息子のウイリアムは、まだ12歳だった。


「連邦議員諸君、国王である私は国体を変更することを決定したので、我が意思に賛同の決議を与えてくれたまえ。死を賭してわが命を守ってくれたカークの犠牲に報いるためにも、また、宇宙にカオスをもたらさんとする邪悪な実体を解明し、それを効率よく殲滅するためにも、一致団結が容易に図れる国体である独裁体制。これを採用しようではないか!」


得体のしれない暗黒軍の恐怖をもろに感じ取り、また死の危機に瀕したカーターの国体変更決意表明は迷いなく強固でかつ素早かった。連邦所属の各国および連邦議員に賛同という形での同意を求めたが、反対する国や議員は力でねじ伏せる強権手段を取ることに躊躇なかった。国王カーターはそれほどの危機意識を持っていて、彼の意を受け国家改変隊隊長として陣頭指揮に当たったのはダグラスだった。


レナルドは父カーターにより、アースの諺どおり【泣いて馬謖(ばしょく)を斬る】の運命に置かれ、真っ先に処断されてしまった。カーター及びダグラスは、目的のために手段を択ぶ余裕など全く無かったと言ってもよい窮地に追いやられていたのだった。


「隊長。国体変更に反対している国と代表議員及び軍隊と警察組織幹部の最終リストが出そろいました」


秘密警察を使った最後の調査がダグラスの許へ上がって来た時には、すでに結論は決まっていて、有無を言わさぬ暗殺が待ち受けていた。非合法極まりない、正に粛清と言ってよい暴虐の嵐が八年間に渡って帝国に吹き荒れたのだった。


粛清の嵐が治まりを見せたのは共通宇宙暦と平行するオライア歴2033年で、渋ごろも惑星とも称される秋情緒が満喫できるTOI-700dに、国鳥オランゲールが黒地に赤斑の胸を膨らませ、小さい体から澄んだ高い響きで秋の訪れを奏で始める頃だった。ようやくここに至り、独裁国家の体を成す独裁軍設立が成ったのである。偉業の主はカーターで、独裁軍は彼の功績を称え、カーターに独裁軍初代皇帝の称号を贈り、この年をカーター元年と命名した。


そして、三年後のカーター4年。老齢に差し掛かって、健康面でも襲撃事件の後遺症に悩むカーターが、独裁軍皇帝の座をダグラスに禅譲すべく、ダグラス戴冠の国家儀式の準備をしていたさなか、またも11年前と類似の事件が起こってしまった。


戴冠式の予行演習中の出来事で、全国民にテレビやネット配信もなされていたカーター暦4年10月18日。ダグラス63歳の誕生日前日に、式壇に向かう新皇帝ダグラスを背後から襲ったのは、11年前と同じく宰相職に就いていたライアンで、阻止したのは23歳になったばかりのカークの息子ウイリアムだった。


成年年齢に達したのは3年前だが、ウイリアムはそれ以前から11年前の事件の徹底調査を行い、父カークを殺害した暗黒軍の実体に迫るべく、軍事及び政治学のみならず医学領域においても研鑽を重ねてきた。父に尊敬と憧れを抱く、息子としてのウイリアムの執念に導かれてのものだった。


確かに暗黒軍の正確な実体把握は未だ道半ばだが、外延というか、外枠から実体に迫るウイリアムの手法によって、現実に現れた暗黒軍の行動特性につき以下の点が明らかになっていた(ミーシャ及びウェインによる暗黒軍の実体把握は、バルカニア人の思考特性にもよるのであろうが、暗黒軍の本質的内容を掴み、そこから暗黒軍の行動を演繹していくアプローチであり、帰納的方法を採るウイリアムとは方向性が真逆だった)。


まずウイリアムによると、暗黒軍の手先として最初の動きに駆り立てられた者は、惑星オーフュースを巡る衛星アパと、以下の二つの内の、少なくとも一つに関係を持っていた。つまり全宇宙的関心が寄せられつつある、紫外線研究のメッカとしてのアパに関係するのか、それとも預言者にとって予知能力鍛練の神秘大洞窟〈アパタミア〉を訪れたか。以上の一つを少なくとも満たしていた。


次の特性は、宇宙各所で起こった暗黒軍のものと思われる過去の出来事を精査すると、アパを襲う紫外線ストームの強弱周期11年とピタリと一致するもので、これは銀河系の中の中程度の恒星・太陽の黒点変化の周期約11年から、ウイリアムがヒントを得て絞り込んだものだった。太陽フレアから放たれる磁気嵐と紫外線ストームの干渉が微弱に関係すると思われるが、№2による反逆行為との関連は未だ定かではなかった。


第3の特性は、最初の手先に選ばれる者の所属国で一番多いのがユダルマ星で、マルケスも後に分かったことだが宇宙難民だったライアンもユダルマ星人だった。二番手はアパ族で、次に続くのが惑星オーフュースを支配するテミア王国だった。ただ、テミア国民であっても、バルカニア人の血が混じった者、ハーフまでなのかそれともクオーターからワンエイス(8分の1)以下までも含むのかは資料欠如の結果もあって、未だ正確な結論を出し得ていないのは事実である。が、独裁軍二代皇帝ダグラス暗殺を阻止した―――ウイリアム23歳の時点では、バルカニア人の血が混じった者で手先に選ばれた者は一人もいなかった。


以上のように、暗黒軍の手先として事件を起こした者の存在が、ウイリアムによって徐々に統計学的処理の俎上にのせられつつあった。また、ウイリアムの調査をサポートするために皇帝ダグラスの肝いりで設立された科技研(科学技術研究所)も、徐々にその陣容を拡大し拡充されて行った。が、しかし極秘裏に暗黒軍の実体つかむ必要性もあって、暗黒軍関与と目される事件であっても、よほど重大事態の発生がない限り、事件を成り行きに任せその内容を精査するだけで、独裁軍が被害国や被害者の救済に動くことはなかった。


【大の実体を掴むためには、小は見殺す】。この当面に於ける独裁軍ポリシーが、敵対組織や連邦軍の誤解を招き、独裁軍は悪の枢軸と呼ばれる由縁でもあった。


もっともダグラス及びウイリアムの下では迷いなく揺るぎなかったポリシーも、皇帝ジョンの治世下では彼の人となりが色濃く出て、変更圧力と伝統保持の保守派勢力とのせめぎ合い軋轢が発生することになる。ジョンは毅然と皇帝としての意志を通すが、カーターやダグラス治世下に較べ反対勢力が勢いを増す中、暗黒軍への対応にもこれまでと違った微妙な変化が表れ始めるのだった。

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