第28話 賞金稼ぎケビン③血塗られたアパ族の歴史
アパ族が刻んで来た民族の歴史は実に苛酷で、このことがアパ族の激しい気性と団結力、類い稀な忠誠心を育んできたといっても過言ではなかった。星全体が強い紫外線ストームに曝され、昼夜の寒暖差が平均30度という衛星アパの厳しい生存環境なのだ。加えて主星オーフュースからの長きにわたるビタミンAとC含有作物と水資源搾取。苛酷極まる強制労働賦課も、これらに拍車をかけるものだった。
戦争に匹敵する、三度にわたる反乱とその武力鎮圧の結果、アパ族は現在、主星オーフュースのテミア王国に表面的には従順を誓いそれを装っている。が、テミアへの拭い去ることの出来ない深い怨みと復讐心は親から子そして孫へと受け継がれ、暴発の危険を常に孕んでいた。母マーヤの母国テミアに降り立ったテラスは、アパ族と接する過程で彼らの隠された深い怨みと復讐心を感じ取ってしまい、オーフュース解放後の最大かつ最初の難問と位置づけて来た。が、今まさに解決せねばならない喫緊の課題として、テラスは目の前に突き付けられてしまったのだった。
共闘を誓ったはずの、コバックのまさかの裏切り。それにアパ族の思いがけない野望というか、主星オーフュース逆支配を神の啓示であるかの如く民衆に煽る預言者たちの予言。これでは、アパ族はテラス率いるオーフュース解放軍にとって、ロネが前門の虎であるなら、アパ族は後門の狼として立ち塞がる存在であった。
―――このままでは、確実に負けてしまう。
ロネとの首都ポリノ最終解放戦どころか、残り三城戦に至る前の西リスマ城戦。この戦にすら、解放軍は勝てないだろう。
ここでテラスが根本的な戦略転換を図らねば、解放軍の敗戦は火を見るより明らかだった。しかしテラスは並みの指揮官ではなく、戦略家として天才に限りなく近い、疑似天才であるのだ。そう、ジイジこと神之道キワムに幼少期から鍛え上げられた、戦略面でも限りなく天才に近い存在であった。
「ケビン。あなたにとっては予言なんてものはとるに足りないものであって、信じてもいないんでしょうけど、これから尋ねることは、わが方にとって戦略的には非常に大事なことなの。だから、あなたの主観を交えず、イエスかノーで答えてくれるわね」
コート・マーシャルの面々の前に立つケビンに、テラスは真剣な眼差しを向け、口調は穏やかだが、拒むことが困難と思える依頼を発する。彼の右横には補佐官ソロが立たされ、左には簡単な治療を施され縛られたままのアルが座らされていた。
「ああ、じゃなかった。今のミア少佐の質問に対する答えも、イエスかノーって答えるんだったら、イエスっていうしかないんだったな」
ケビンは、仕方がない、っていう仕草を浮かべ口をへの字に曲げた。質問の内容が分かっているだけに、答えたくはないのだ。いずれにしても、これまで隠してきた秘密まで明るみに出されて丸裸にされるのは、ケビンに限らず誰にとっても愉快であるはずがない。が、かといって、この場の雰囲気はノーという答えを許してはくれそうになかった。
それに、ウェインに告げられた「テラス姫には可能な限り協力して貰いたい。それが君が自分の命を守るためにも、また私の無二の親友にとっても非常に大事なことなんだ」との言葉が耳の奥にこびり付いていた。
「ありがとう、協力してくれて。それじゃケビン、最初の質問だけど、あなたのお母さんの名前は、リズね」
テラスの口からいきなりリズの名が告げられると、裁判員全員が「エーッ!」と、驚きの声を上げるが、ソロの体の震えが隣に立つケビンにまで伝わってくるほど、彼の動揺が激しかった。ケビンは黙ったまま、しばらく答えようとしなかったが、
「ね、ケビン。ドクターウェインがあなたをこの城へ遣わしたこととも関係する、本当に大事なことなの。お願いだから、答えてちょうだい」
テラスが真剣な眼差しで促すと、
「ああ、じゃない。そう、イエスだったかな」
ケビンは大きなため息を吐くと、苦虫を噛み潰したかのような口元から渋々、テラスが求める返答を漏らしたのだった。
「あー! ダルムの予言は正しかったのだ! 砦内に残る我々は、コバック隊長の命令に拘束される必要はないのだ! これで砦内の女や子供たちの命は助かるのだー!」
北ノボ城内での反乱にはよほど自信がなかったのか、それとも大義を見いだせなかったのか、ソロが大仰な仕草でケビンに跪くと声を上げて泣き出してしまった。
「おい、やめろよ!」
コバックに次ぐ事実上№2の実力者に縋りつかれ、ケビンは迷惑極まりない仕草を浮かべソロから一歩距離を置くが、テラスは小さく頷いて口元に自信を漂わせた。形勢逆転。そう、完璧な形勢逆転だった。長い道のりの遥か先かも知れないが、ロネとの戦いに確実に勝てる。これほど強い勝利の炎が見えたのは初めてだったが、テラスはおくびにも出さず、ケビンへの問いかけを続けた。
「リズが結婚したのは、ユダルマ星人ルシアスで、その二人の子供がケビン、あなたなのね」
テラスの耳にはヘッドセットを通して、ジュニアから必要な情報が次々と間を置かず飛び込んで来る。もちろんジュニアへの情報提供は連邦軍からで、提供元はボンドだった。必要な最新情報が選別され、五次元ネットワークを通過。そして最後の判断は天才に限りなく近い疑似天才テラスによってなされるのだ。
「今の質問は二つで、一体どれから答えればいいのかな」
自分の素性はすべて知られてしまったようで、ケビンはしゃくなので少しじらしてしまったが、テラスはともにイエスだと確信したし、ヘッドセットから流れる情報も同じ答えを導いていた。
「次の質問は、あなたにとっては随分つらいことなので答えてくれなくても結構だけど、あなたが五歳になる前に、両親と三人がオリオン座の散光星雲IC434内のユダルマ星。そこへおびき出され、殺害計画が実行されてご両親が亡くなったのね」
テラスの問いにケビンは眉間にしわを寄せ顔を歪めていたが、耐え切れなくなったのか、握る両のこぶしに力を入れると声にならない声をもらした。
「ごめんなさい、つらいことを思い出させて。でもここにいるアルとソロだけじゃなく、コート・マーシャルの方々にも真実を知って貰いたいの」
母マーヤを失ったつらさを思うと、テラスはケビンの傷口に塩を塗る新たな質問を控えたかったが、アパ族の戦闘能力やケビンの血脈情報取得は今後の激戦を制する上で避けて通れなかった。
「あなたのご両親とあなた殺害計画の実行犯はアイヒムで、依頼者はロネ。もっと言えば、ロネの背後に隠れているけどコバックね」
テラスの口からコバックの名前が出ると、
「嘘だ! 嘘だー! そんなことが、あってたまるもんかー!」
アルは縛られたまま大声で叫んで否定したが、ソロは確信に至ったのか、目をつぶって黙って何度も頷いている。そんな二人をもはや置き去りにしたかのように、テラスのケビンへの新たな問いかけが続く。
「賞金稼ぎとしてアイヒムを追い続けるのは分かる気もするけど、ケビン。あなたの最終ターゲットはコバックとロネね。……いえ、いいわ、答えてくれなくても。今ここで私が一番知りたいのは、あなたの叔父さん。そう独裁軍皇帝ジョンとの関係なの。ジョンがお母さんの弟と知っていたの?」
「……」
ケビンは悲しそうな顔をして、黙ってテラスを見つめた。何と答えていいのかわからないのだ。
「ええ、いいわ。分かったわ」
テラスはケビンのしぐさから、確信は持っていなかったが、それなりの推測をしていたのだと理解したのだった。推測情報の源は、恐らくウェイン医師であろう。
「それとなく感じさせて、あなたを守る。ウェイン先生らしいやり方ね」
テラスは神妙な面持ちでケビンに語りかけると、目をつぶって小さく頷いた。母と自分に忠誠を誓ったサラム将軍の最期をみとったバルカニア人医師。憎らしいほど頼もしい、彫りの深いはにかんだ笑顔を瞼に描いたのだ。「テラス姫、サラム将軍には遥かに及ばないが、私もあなたに忠誠を誓わせて戴く」。二度目に会った時の、アースのトウキョウでの彼の言葉はテラスに電撃の決意をもたらしたのだった。【テミアと国民のためになら死ねる!】。母マーヤがテラスとタケルのために躊躇なく相討ちを選んで亡くなった場面が、急に怒涛のように蘇ってきたのだった。
「ごめんなさい、ぼうっとしてしまって」
戸惑い気味にサラムが差し出してくれたハンカチで瞳を拭うと、テラスは意識を戻してケビンへの質問を続けた。
「それじゃ、ケビン。あなたのお祖母さんにあたるけど、そのミーナを死に追いやった犯人は、あなたに追い続けられるだけじゃなくて、皇帝ジョンにも報復の追っ手を差し向けられるっていう定めになるのね」
血塗られたアパ族の歴史から逃れられないと知ったミーナは、娘をユダルマ星人の最強戦士に嫁がせ、将軍の妻になって軍による保護を期待したが、娘リズは夫ルシアスが将軍になる前に共に暗殺されてしまった。四歳のケビンが逃れられたのは、奇跡といってよい確率下でのものだったが、再婚したバルカニア人の夫で、ジョンの父ハドソンが犠牲になってしまった。
「私の母もすごい人で、思い出すたび、涙がこみ上げるけど。ケビン、あなたのお祖母さんも、ホントすごい人ね」
息子ジョンを守るべく、先の皇帝ウイリアムの養子にして我が子を独裁軍のトップに就かせたのだ。しかも孫のケビンに至っては、その素性を完璧に隠し、十八になって高い戦闘能力が付くまで安全な場所で匿われるよう画策していたのだった。もっと言えば、スティーブを救ったのもミーナで、彼女がいなければミーシャも産まれていなかった可能性が高いのだ。
「会いたかったわ。あなたのお祖母さんに」
会って、テラスは多くのことを語り合いたかった。人生の先達として、ミーナに会って多くのことを教えてもらいたかったのに、彼女も無残にも凶弾に倒れてしまった。この、血塗られたアパ族の族長承継。ここにきて、ケビンも名乗りを上げるというか、承継者としてその名を知られることになってしまったが、テラスは彼を守るために鉄壁のガードを固める決意をしたのだった。
「そう、攻撃は最大の防御なのだ」
標語好きのペック提督ではないが、今回はこの標語が妥当する。そうなのだ、攻撃は最大の防御であった。もちろん、いま現在、一番会って語り合いたい、父ボンド以上に頼もしく迫ってきたその人。彼とケビンの三人で、西リスマ城に潜む雑兵とその先にいる難敵を、コテンパンに蹴散らす計画。テラスは立てたくてうずうずしてきたのだった。
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