第27話 賞金稼ぎケビン②明かされるケビンの素性
アパ族の降伏部隊隊長コバックの裏切り。衝撃の情報に驚いたのは束の間で、テラスは直ちにその真偽と、真実であった場合の緊急対応の検討に入った。
「ね、ケビン。コバックの目的は一体何なの? 裏切れば、この北ノボ城に残っている三万人近い兵士とその家族がどうなるか分かっているでしょうに」
テラスは目をつぶって息を吸うと、アパ族がかつて行ってきた残虐行為を思い浮かべ、小さく首を振って続けた。
「戦時下における捕虜を、うむを言わさず皆殺しにしてきたアパ族の族長なら、分かり切ったことでしょう。かつては敵側で、ひどい仕打ちを受けてきた解放軍の兵士や指揮官たちを、私が抑え切れるなんて出来るわけないでしょ。コバックはなぜ、そんな危険を冒すの? ケビン、あなたはその理由を知っているんじゃないの」
テラスには、部下を預かるリーダーとしてのコバックの行いが、無謀としか思えないのだ。
「それは、アパ族にとっては危険を冒す価値があるからなんだ。そうさ、ミア小佐。コバックには、ここにいる兵士やその家族以上に守る価値あるものが存在するんだよ。俺にはそんなクソッたれた価値は到底理解できないんだが」
コバックが守ろうとする価値がよほど不快なのか、ケビンは顔をしかめて吐き捨ててしまった。
「ケビン。今あなたは、コバックじゃなくて、アパ族にとって危険を冒す価値があるって言ったわね。それはどういうことなの?」
さすがにテラスは冷静で、コバックの裏切りの背景事情を正確に探ろうとする。
「それはさ、衛星アパに残っている息子ハリーに関係するんだよ。アパ族の掟というか仕来りでは、族長の血統に連なる男系の男子のみが、族長の地位を承継することになっていて、衛星アパに残っている14歳の長男ハリーのみが、今のところ分かっている男系の男子なんだ」
「男の子がハリーのみということと、コバックの裏切りとどう関係があるの?」
「ミア少佐はアパ族の掟や仕来りには詳しくないから、理解が困難だろうけど、アパ族族長の地位は絶対で、血統に守られて権力基盤も絶対君主以上の権力保持者なんだ。つまりアパ族にとって、神に近い存在って言っていいんだよ。そしてね、秘かに伝えられてきた予言では、第十三代目の族長が主星であるオーフュースを支配する力を、天から与えられて生まれてくると、語り継がれて来ているんだ」
「十三代目ですって?」
勘のいいテラスはハリーが十三代目とすぐに理解したようで、ケビンに先を促す。
「そうさ。ハリーがコバックからの流れでは十三代目に当たって、アパ族の悲願を達成する救世主と位置付けられているんだよ」
「すると、衛星アパにいるハリーが人質に取られて、コバックは身動きが取れないということなのね。結局ロネの言うがままに重要情報を与えただけでなく、我々を裏切ろうっていうのがコバックの魂胆なのね」
テラスは会話の流れや文脈から、裏切り情報の信ぴょう性とコバックの今後の行動を完全に理解してしまった。
「分かったわ、ケビン。さあ、ジュニア。三階の戦略ブースに、アパ族の副隊長アルと補佐官ソロを直ぐに、そうね、ちょうど8時に出席するように伝えてちょうだい。サラムはゲーリ隊長以下、コート・マーシャルのメンバーに、そう軍法会議の裁判員十二名に、総司令官である私の名で招集をかけて。緊急招集命令であることを忘れないで」
テラスは毅然と迷いのない口調で、自分の両隣りに侍(はべ)る、二人の信頼する部下に伝達したのだった。
「エッ! ミア様、いやテラス少佐。いきなり軍法会議にかけるより、手順を踏んでまず二階の戦略大会議場に、砦内に残る士官以上の兵士863名を集めてコバックの裏切りを伝え、その他の兵士や家族、作業員の人たちにも通信システムで伝えるようにした方が良いのでは」
砦内のアパ族の反発というか反乱を恐れ、ジュニアはテラスに穏健策を提案するが、
「ダメ、ダメ。それダメ!」
サラムはジュニアの穏健策に耳を貸さなかった。既に反乱は計画段階を越え、実行段階に至っているのだ。穏健策で間に合う状況ではなかった。
「そうよ、サラム。あなたの言うとおりよ」
テラスも公正な法的担保を踏む軍法会議で、コバックの地位をはく奪するのが最良と考えていて、ケビンが頷いてサラムに同意の態度を示す以前の意思決定だった。
数分後、アパ族の副隊長アルと補佐官ソロが裁判所仕様の戦略ブースに戦闘服姿で顔を出した時には、既にテラスの右手にはレジスタンス隊長ゲーリが座り、左には若手の指揮官ウォーカー少佐がワシ鼻の厳つい顔に怒りを込めて腰を下ろしていた。彼らの並びには各五名の裁判員が、ジュニアから事情を知らされて、ウォーカー同様、怒りを露わにアパ族の壮年に至った二人を迎え入れたのだった。
「この部屋は以前、軍法会議というか、戦争犯罪人を裁く部屋だったんですが、その機能を維持したままだというんでしたら、アパ族の我々がここへ呼ばれる理由を、まずお聞きしたいですな」
室内の異様な雰囲気とかつてのこの部屋の機能から察しがついたのであろう、右眉の欠けた坊主頭―――原人を想起させる獰猛な面構えのアルがテラスを見据えた。横に立つ痩身のソロも虚勢を張ってアルの言葉に頷いたが、こちらは恐怖に襲われているのか小刻みに体が震えていた。
「おい! 総司令官に向かって何だ、その態度は。無礼ではないか!」
ゲーリの怒声が終わる前に、
「待て! 動くんじゃない!」
その場の空気が凍りつくほどの、ケビンの大声がアルに突き刺さった。アルが右手を腰のあたりへ下げて隠した銃を抜くのを、直ちに牽制したのだ。と同時に、左端裁判員の前から横っ飛びに飛んで、銃身を短く切ったショットガン仕様のレーザー銃をアルに放った。零コンマ零何秒かの差でジュニアの右手人差し指から放たれた特殊光線も、アルの右肩を射抜くが、リールを回る連続フィルムの画像さながら、サラムがテラスに覆い被さり、アルの銃の軌道上に自分の背中を向けていた。
「キッサまー!」
テラスの横に並ぶ十二人は、裁判員であると同時に命知らずの熟練兵士でもあるのだ。我先にアルに飛び掛かり、あっという間に彼の身柄を拘束してしまった。
「ありがとう皆さん、さあ席に戻って。それにケビン、大丈夫?」
テラスは皆の労をねぎらい、部屋に充満する怒りを鎮めると、縛られ座らされたアルを中央に残し、裁判員の面々に各人の席に戻るよう促す。それにしてもケビンの行動はさすがで、ジイジの実戦講義さながら、動く標的として自分に銃口を向けさせテラスを守ってくれたのだった。そう、アルはケビンの動きにつられ、真っ先に彼に銃弾を放ったのだ。
「うん、大丈夫だよ。ジュニアの攻撃のおかげで、マントをかすっただけで弾がそれたから。それより、皆さんにより詳しい事情を伝えて、早急に今後の対策を練る必要があるんじゃないか。それが、あえてコート・マーシャルを開いた理由だろうから」
「そうね、あなたに聞いた情報内容からは、一刻の猶予も許されない事態と判断して、アパ族の砦内に残るトップ二人の拘束を決意したの。西リスマ城へのわが部隊の攻撃失敗―――当然予想されることで、これに呼応してアルとソロ指揮の下、北ノボ城内に残るアパ族部隊の反乱が画策されていると読んだの」
テラスの簡潔な説明とともに、十二人の裁判員にはヘッドセットを通して、ジュニアがまとめたコバックの裏切り情報の詳細が伝えられる。
「ミアさま、いやテラス少佐。砦内に残る残存アパ族兵士とその家族を直ちに拘束しましょう」
忌々し気にアルに一瞥をくれて、隣の席からゲーリがテラスに提案する。
「ええ、ゲーリ隊長。でもその前に、アパ族へのコバックの縛りというか、アパ族のコバックへの服従度合いを正確に見極めたいの。すべてのアパ族を敵に回すより、何とかこちらの味方に引き入れられたら、大きな戦力になるし、それが当初の計画だったのだから」
まさにテラスの指摘通りで、この判断が自然と口をつく時点で、指揮官としての力量はテラスがゲーリより遙かに上回って、かつ冷静だった。
「おい、どうなんだ! この裏切り者どもめ!」
ゲーリはいつもながら、テラスとの能力差に打ちのめされてしまったが、素直に認めるのもしゃくなので、怒りの矛先をアルとソロに向けて怒鳴りつけた。
「無理だろうな。ハリー様を次期族長に立て、独裁軍と手を組んで衛星アパのオーフュースからの独立、いや主星オーフュースをアパ族が支配する―――この、民族の悲願達成が遂に成し遂げられるのだ。そのためなら、アパの人々は喜んで死んでいくだろうからな」
アルは顔をゆがめて、ゲーリをにらみ返して吐き捨ててしまった。
「おい! 主星オーフュースの正統後継者ミア少佐を前に、無礼極まりない御託を並べてくれるじゃないか。俺には全く興味のないアパ族の思い込みだが、そもそもハリーがアパ族の正統後継者で、十三代目によってアパ族の繫栄が約束されるっていう予言も、本当に揺るぎないものなのか? 信頼すべき、有力な人物の異論があるって聞いたぜ」
ケビンはテラスの援護射撃を試みる。賞金稼ぎとして、極悪宇宙犯罪者アイヒムを匿っているロネやオーフュース、それに護衛兵として有能なアパ族の情報は十二分に仕入れてあるのだ。
「ふん! 若造が、何をわけの分からんことを」
アルは、ケビンの問いを言下にはねのけたが、補佐官ソロは「エッ!」と目を見開き動揺を隠さなかった。ケビンの読み通り、ソロは誘導に引っ掛かったのだ。
「確かに、老齢の大予言者ダルムは別の予言を与えていて、それによると、十三代目ではなくて、十四代目の時にアパは最高の繁栄を築き、全宇宙平和の要(かなめ)としての地位を獲得する、との内容だった」
「馬鹿な! 老いぼれダルムただ一人言ってるだけで、誰も信じちゃいないさ。別民族の血が混じった十四代目後継者が既に存在するなんて、そんな突拍子もない戯言(ざれごと)、いったい誰が受け入れるもんか! そもそもコバック様以外に、十二代目族長が居られないのだから、コバック様と無縁の十四代目の存在などありえないだろうが」
アルはソロの説明をせせら笑ったが、ソロはケビンの誘導によって、何かに憑かれたように言葉を継いだ。
「いや、暗殺されてしまったが、コバック様には兄上がいて、そのチャールズ様はバルカニア人と結婚してリズ様という女性が産まれたと聞いたぞ。確かにリズ様は女性で族長の地位を承継出来ない空白の十三代目だが、そのリズ様はユダルマ星人の戦士と結婚して、男児をお産みになったというではないか。しかも予言者ダルムは、そのお子さんは今年成人を迎えるだろうってことまで予言していたんじゃなかったか」
ソロは遠くを眺めるような眼差しで、記憶を紡いでいたが、
「エッ! チャールズが結婚したバルカニア人女性って、ミーナって名前じゃないの!」
テラスが驚愕の表情を浮かべ、独裁軍皇帝ジョンの母親の名をあげると、
「エッ! なぜミア様がそんなことまで!」
話せば確実に暗殺の危険が身に迫る。それが怖くて、ソロはまだ誰にも語ったことはないが、自分の想像と完全符合する事実をテラスに告げられ、アパ族補佐官は茫然と立ち竦んでしまった。
「やはり、そうなのね。リズの母親はミーナなのね」
凍りついたソロの仕草から、テラスは自己の推論の正しさを確信したのだった。
亡くなったミーナはバルカニア号へ戻りジョンを産む前に、アパ人と結婚していて娘の母親になっていたことは、ボンドからの極秘情報でテラスは知らされていたのだった。
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