第26話 賞金稼ぎケビン①もたらされた驚愕の知らせ

〈好事魔多し〉とはアースのヤーポンでよく使われる諺(ことわざ)で、うまく行っている事には邪魔が入り易い、との戒めや警告として用いられる。連邦軍の銀河管区内、ヤーポンのトウキョウ支局勤務が長かったペック提督も、諺研究の趣味と実益を兼ねて頻繁にこの諺を使った。勝利を収めた後の気のゆるみ―――これを避けるための部下たちへの戒めに、口癖のようにペックはこの諺を使って来た。もっとも、神之道キワムの孫テラスへの忠告はより直截だった。


「テラス、油断は大敵じゃぞ。北ノボ城はあっけなく落ちたが、西リスマ城はそう簡単に攻め落とせると思うでないぞ。特にマーヤの無念を晴らそうとの思いが先行すると、お前の場合、大局的で迅速かつ的確な判断が出来なくなってしまうからのう」


テラスはこの意味で、ボンドから聞いた倉田千加子と天と地と言って良いほどの好対照な一面を見せてしまう。情に流される優しさが、テラスの指揮官としての弱点であると共に、部下たちを惹き付け慕われる偉大さでもあったのだ。


対する千加子は、外観上はあまりにもチャランポランで、持つ能力からするとまさかと思わせるスキだらけ。なのに司令官としての判断に際しては、全く迷いなくベストの手段を選択するのだった。


「分かったわ、ジイジ。本当は明日、西リスマ城総攻撃に着手することになっていたんだけど、少し先延ばすことにする」


明日の総攻撃は、司令部の中でも賛成・反対意見が真っ二つに分かれた、きわどい戦略決定だった。賛成派は好機利用というか、北ノボ城戦の戦勝勢いに乗っかった、多分にイケイケムードに引きずられた人たちの意見で、高齢の司令官の賛成比率が高かった。


対する反対派は、慎重派とでもいうべき人々の意見で、敵情報の収集と分析にもっと時間をかけるべきだという考えの持ち主たちで構成されていた。一任されたテラスは、高齢の司令官たちの心中が痛いほど分かるだけに、明日の総攻撃の決断を下したのだが、ジイジたる祖父キワムとのホットライン(緊急用の直通通信線)での話し合いで、テラスはあっさりと先送りを決めてしまった。


―――うまく説明できないけど、ジイジの言う勘かな……。


明日の総攻撃には、自分でも妙に引っ掛かりがあったのだ。ネット画面のデジタル表示で時間を確認すると、テミア標準時間の午後9時32分。


「ふぅ‥‥‥」


テラスは一つため息を吐いて、総司令官の緊急指令として、各部署へ攻撃中止の暗号レターを送る。理由の詳細は明日のメールで明かすと補足したが、総司令官たる自分の勘が根拠だとはさすがに書きづらく、テラスは一日ゆっくり考えて、それなりの理由を並べ立てる必要を感じていた。


西リスマ城の間近に迫り待機している、3万5千のレジスタンスおよび降服軍の混合部隊も当然、しばらく足止めを食うが、総司令官テラスの意思が優先されることに、当面のところ不平を漏らす兵や指揮官の存在は考えられなかった。それほどの信頼を、テラスは日々勝ち得つつあったのだ。


「ジュニア。総攻撃は延期することにしたので、連絡の漏れた指揮官と城内の責任者には個別に延期を伝えて頂戴。サラムは各隊員たちへの食糧と飲料、それにリラックスに必要な設備補充の対応をお願いね」


「了解です」


「ハイ、ウーア」


前司令官の指令室、この無線設備の整った司令塔最上階の部屋から、テラスは腹心の部下を見送り、デスク横の簡易ベッドに戦闘服のまま体を伸ばした。ピンピンに張り詰めていた心身に、ほんの2~3日だけだろうが、安息を与えることが出来るのだ。


テラスはまどろみの中で、神之道神社の自室ベッドを思い浮かべながら、あながち悪い延期決定ではなかったとの充足感を味わっていたが、それも束の間で、すぐ深い眠りに落ちてしまった。気が張って、意識に上ってきていなかったが、やはり疲れはピークに達していたのだ。


北ノボ城を襲う、吹きすさぶ雹まじりの吹雪も未明には止んで、久し振りに穏やかな1日が訪れる。そんな予感が湧く、オーフュース極北の日づけ変更後の大気模様だった。現実にも、恒星ジャスティスの光がオーフュース極北にさし込み始めた午前6時を回るころには、北ノボ城を包む寒気は昨日までの-30°ではなく、20°も高い-10°の表示をサーモメーターに与えていた。


「テラス様、じゃなかった。ミア少佐、こんな朝早くから客人ですが、どうしましょう? 追い返しますか」


ジュニアの遠慮がちな声で目を覚まし、テラスがデスク上のクロックに手を伸ばすと、6時43分だった。確かに、起きるにはまだ早い。


熟睡できたので気分はよく、起き上がって大きく伸びをすると、テラスはジュニアに入室を許し、窓際へ歩く。厚手の緑の遮光カーテンを開け、7階の指令室から視力5.5の視線を地上に落とすと、城内へ開かれた門前に、サラムから借りたのではないかと見紛うカーボーイハットと風になびくヨレヨレコートの男が立っていた。

 

背後の、全長5メートル弱のまるで弾丸のような形状をした高速宇宙スクーター。恐らくこれに乗ってきたのであろうが、風貌と絡めると、いかにもアウトローという形容がぴったりの男がジュニアの言う客人なのであろう。門番の兵士たちに銃を突きつけられているが全く気後れする気配はなく、むしろ彼らを無視するかのごとくカーボーイは指令室を見上げたのだった。


「エッ!」


テラスは小さく声をあげてしまった。訪問客は20歳前後のこざっぱりしたハンサムな若者で、テラスを見上げ左目を閉じてニヤッとウィンクを投げてきたのだ。


「ね、嫌なやつでしょう。やっぱり、サラムに命じて、追い払いましょう」


「何者なの?」


「賞金稼ぎのケビンだって、名乗っています。胡散臭い職業に加え、アポなしで、しかもこんな時間でしょう。普通だったらサラムに言って、叩き帰すところなんですが、ウェイン医師の紹介状を持っているんですよ」


「エッ! ドクターウェインの紹介状ですって!」


ウェインの名前を聞くと、テラスは無碍に断るわけにはいかなかった。母に忠誠を誓ってくれたサラム将軍の最期を看取った医師で、現実にもテラスは彼からどれほどの恩恵を受けているか言葉では言い尽くせないのだ。


「ジュニア、通してちょうだい。失礼の無いようにね」


「分かりました」


素直に命令には従ったものの、ジュニアのふくれっ面が超のつく不満を表明していた。一人乗り高速チューブで階下へ滑り降り、門番兵六人に囲まれたケビンの前に立つと、


「ミア少佐がお会いになるので、武器はここへ置いて行くように」


ジュニアはぶっきらぼうにケビンに通告して、自分の後に従うように言う。そのケビンの後にはいつ六階の自室から降りてきたのか、サラムが警戒してピタリと寄り添う。二人の身長はほとんど同じで、若干、ケビンの方がスリムな分だけ高く見える。


「おチビちゃんは人型ロボだよね。アンタもそうかい?」


エレベーターに乗り込むと、ケビンは二人に気さくに声をかけるが、


「ダメ、ダメ。それダメ」


サラムが右腕でケビンの襟首をつかむと、体ごと天井へ持ち上げてしまった。


「おい、おい。ちょっと待ってくれ! 分かった、分かった。分かったから、下ろしてくれよ。ちゃんと名前で呼ぶからサ」


ホントに、何て怪力なんだよ! とブツブツ文句を言いながら、エレベーターを降りると、ケビンは二人に挟まれて7階の指令官室へ入る。ドアを開けて自分を迎えるテラスを一目見ると、カウボーイハットをとるのと同時にヒューっと口笛を吹いた。


「何と!! 間近で見ると、まったくドク(ドクターウェイン)から聞いていた通りで。ホント、俺より若い美貌の総司令官とは、恐れ入り谷の鬼子母神だな」


ケビンの遠慮のない挨拶に、


「無礼も極まると、愛嬌があって笑えるわね。ところでお顔を拝見した限りでは、私と同じくバルカニア人の血が流れているようだけど、あなたはクォーターね。ウェイン先生の紹介状を持っているのは、それと関係があるの? どうぞ、掛けて頂戴」


テラスは皮肉たっぷりに返答すると、耳の形からケビンの出生由来を言い当ててしまった。


「確かに」


ケビンが両手を広げ、首をすくめて、その通りだと仕草で応えソファーに腰を下ろした。クォーターであることと、ウェインの紹介状の二つを一緒に答えたつもりだ。


「ところで賞金稼ぎさん、サラムの言語教育のこともあるので、マイナーで奇をてらうような表現はやめて下さいね。恐れ入り谷の鬼子母神なんて表現は、サラムには理解困難だから、恐れ入りました、って簡単な表現を使ってくださいね。もっとも、すぐお別れすると思うんで、そう神経質になることもないか」


ひとこと言いたくてうずうずしていたジュニアが、ようやく出番が回ってきたとばかりに二人の会話に割り込んでくる。


「おっと、そんなに簡単に追い返してもいいのか。これでも朝飯も食わずに重要秘密情報を運んできてやったのに」


「それはそれはご苦労様です。順を追って来訪理由を尋ねるつもりだったけど、まず、秘密情報とやらをお聞きしなければならないみたいね」


賞金稼ぎと高潔な医師との関係が思い浮かばず、テラスは興味深く問い質すつもりだったが、重要秘密情報と聞くと真っ先にそれを知る必要がある。


「今日の西リスマ城攻撃は情報が洩れていて、ロネは手ぐすね引いて待ち構えている、ってことさ」


「エッ!」


テラスとジュニアが同時に声を上げた。サラムも声こそ出さないが、驚愕の表情を浮かべている。


「確かにすごい情報ね。でも、いくらウェイン先生の紹介状を持っているとしてもにわかに信じがたい情報なので、ゆっくり精査させて貰うわね。まず、情報の出所は?」


テラスは真剣そのものの強いまなざしで正面からケビンを見据える。


「申し訳ないが、それは言えないな。こんなしがない商売でも、ルールがあってね。秘密って約束した情報の出所は明かすわけにはいかないんだ」


この若さで総司令官を務める理由がケビンにはよく分かった。嘘を承知で嘘発見器の前に座らされても、ケビンはこれほどの緊張は味わわなかった。正直は最良の策。どんな嘘でも見抜いてしまう、そんなテラスの澄んだ穏やかな深い瞳に気圧され、ケビンは視線をそらして苦笑いを浮かべてしまった。


「じゃ、ウェイン先生との関係を明かしてもらうわ。これは紹介状のやり取りがあるんだから、明かしてもルール違反にはならないでしょう」


賞金稼ぎ気質とでもいう強い鉄則のバリヤーを感じ取って、テラスも搦め手から攻める方法を選んだ。


「うん。ドクターウェインとは、持ちつ持たれつっていうのかな。スノードンに収容されていた馬頭星雲ギャング・アイヒムを受け取りに行ったときに、切っても切れない深い関係が出来たんだ」


「具体的にはどんな関係なの?」


「うん。身柄を受け取り、オリオン座の散光星雲IC434内のヨルザム星へいざ護送ってときに、アイヒムの部下たちがボス奪還に大挙スノードンへ押しかけて来たんだ。あとは御想像通りで、左腕と腹部に重傷を負った俺を治療して、命を助けてくれたのがドクターウェイン。そして彼を無事スノードンから脱出させたのが俺っていうこと。これで、持ちつ持たれつの関係は分かって貰えただろ」


「まあ、何となくね。で、あなたの目的は何なの? まさか、ロネの待ち伏せを知らせるためだけに、ここへ来てくれたとは思えないから」


「そりゃそうだよ。仕事だよ。もっとも、内容は二つあるんだけどね」


ジュニアの淹れた熱いコーヒーを一口飲んで、ケビンは、あー! 美味! とジュニアにコーヒーカップを掲げた。


「ま、聞かれる前に言うけど、その前に、あなたっていうのはやめてもらいたいな。ケビンって呼んでくれよ。俺はテラスかミアって呼びたいけど、ここのお二人が許してくれそうにないから、テラス少佐かミア少佐って呼ばしてもらうよ」


そう前置きして、ケビンは仕事内容を述べたが、一つは、アイヒムがロネの食客としてテミアに匿われているので、彼を捕らえて賞金を稼ぐこと。生死にかかわらず身柄を確保すれば、賞金として宇宙共通通貨で100万ユルドラが与えられるのだ。


「ヒュー!」


ジュニアがお返しとばかりに口をとがらせ、口笛を鳴らした。お城が一つ買える金額で、もちろん中型の最新宇宙飛行艇も、フル武装のものが手に入る額なのだ。恐らく、アイヒムたちの被害を受けた、散光星雲内の国家が支払うのであろう。


「第二の仕事内容は、ドクターウェインからの依頼でこちらはアイヒムの脳が欲しいらしい。生きたままなら、10万ユルドラ。死体脳なら、その半額らしい」


「ウェイン先生が、どうして凶悪犯罪者の脳を欲しがるのかしら?」


「それはドクターに聞いてもらいたいね」


「分かったわ、そうする。―――で、本題に移るけど、情報源は秘密だけど、それ以外は明かしてくれるわね」


「ああ、いいよ。今日の攻撃をロネにチクったのは、アパ族の降服部隊を率いていたコバックだよ」


「エッ! コバックですって!」


テラスは驚きの声をあげる。部下の助命と待遇の同一性保証に涙を流しながら、テラス率いる解放軍に恭順を固く誓った男のとる行動とは、到底思えなかったのだ。

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