第24話 テラスの疑問

高校生五人組が、ヤーポンの原発破壊を企てる〈爆弾魔〉―――驚愕の異名をとる魔女アカイヤを追っている頃、アースから250万光年離れたフェニアンで内戦を指揮するテラス。彼女も、千加子と同じ疑問を持ち始めていた。内戦の口火を切った日から、今日で一週間が経過したが、この一週間を振り返ると、腑に落ちないというか、不可解な出来事が多すぎるのだ。


初日の奇襲作戦は大成功だった。寝込みを襲われた敵兵たちは呆然自失で、しかも根回しが完璧であったことから、テラス率いる解放軍への投降および参加兵は敵兵力の半数にも上ったのだった。


獰猛で戦闘能力の高いと言われていたアパ族の兵士たちも、圧倒的な形勢不利を目の当たりにすると戦意を喪失したのか、大きな抵抗も見せず自ら武装を解いてしまった。もっとも、2日後に 戻った司令官格のキラーロボ1号は手ごわかった。三十代のロネを模した精悍なボディーは、破壊能力をいやが上にも際立たせ、解放軍を悩ませたのだった。


「テラス様、危ない!」


飛行能力を備えたキラーロボは、解放の象徴テラス唯一人を狙って攻撃を仕掛けてきたのだ。サラム1号が身を挺してテラスを庇ったが、この時、不可解なことが起こった。キラーロボがテラスを正面に見据えると、突然、戦意を喪失したかのごとき仕草を浮かべ、右腕のレーザー砲を自らの左手で引きちぎって地面に叩きつけたのだ。


「エッ!」


ソードを構えるテラスが呆然と見つめる中、キラーロボはすごすごと、まるで叱られた子供の様に背をまるめて去って行ったのだった。


―――母に忠誠を誓ってくれた、サラム将軍のおかげなのね……。


テラスは、父ボンドからその理由を聞かされていたのだ。テラスに永遠の忠誠を尽くすため、将軍はウェイン医師に依頼して、マーヤへの忠誠を刻んだ自己の大脳辺縁部を、キラーロボのAIにもコピー移植したということを。


「マーヤへの将軍の深い愛と忠誠を想うと、自分は恥ずかしくて身の置き場もない」


テラスに語りながら、ボンドは俯いたまま、顔を上げなかった。


この様にキラーロボのAIに刻み付けられたサラム将軍の忠誠心。これが生き続ける限り、テラスはキラーロボからの攻撃にさらされることはないと分かったが、他の者へのキラーロボの攻撃は容赦なかった。


「皆さん。キラーロボからの攻撃を避けるため、出来るだけ私から離れないようにしてください」


キラーロボから兵士やテミレート発掘作業員を守る最も有効な手段が、テラスの傍(そば)にいることだったのだ。起居や仕事のない者は城内の堅固な地下シェルターにとどまること。それ以外の者はテラスから半径500m以内に居るよう通達を発し、守らせていたが、通達から二日後に予期せぬ不幸が起こってしまった。


テミレート発掘作業員であるコナ族ももちろん兵士であるコナ族も同じであるが、彼らは衛星コナ特産のコナ犬を家族同様に可愛がり、起居を共にする。ヤーポンの柴犬に似た生後三か月の、リンチと名付けられたコナ犬が家族が目を離した一瞬の隙に地下シェルターから飛び出し、地上へ駈け出てしまったのだ。


「リンチー!」

 

飼い主である七歳の少年ラムがすぐ後を追ったが、キラーロボが見過ごすはずがなかった。城内の指令室にいたテラスが気付いたときには、キラーロボが上空からラムに近づき、情け容赦なくレーザービームを照射し、少年を殺害してしまった。あっという間の出来事だった。


「ラムー!」


大人たちが大挙して地上へ飛び出し、ラムの死骸に駆け寄ろうとする。


「あっ! 危ない!」


テラスを含め、誰もが大人たちの上に殺人ビームが照射されると覚悟した。が、突然うす暗い天空を切り裂き、稲妻のような鋭い光の帯がキラーロボを襲ったのだ。瞬(まばた)きの間に、キラーロボは視界から消え去ってしまった。


―――いったい、誰が助けてくれたのだろうか……。


キラーを撃った光の正体は強力なパルス砲か、それに類する新兵器であろうが、連邦軍が開発したという話はテラスの耳に入っていない。かなり遠距離からの攻撃だったと思われるが、ギャラクシーにはそんな装備はないし、あればボンドが知らせてくれるはずである。


そういえば、解放軍に有利というか、解放軍を守ってくれているとしか言いようのない電波妨害も不思議だった。奇襲作戦が功を奏したといっても、西リスマ城へ無線連絡されていれば、少なくともキラーロボ二号が飛来し一号との共闘が成っていたであろう。もしそうなっていれば、解放軍が受ける被害は甚大で、初戦での戦いで解放軍が壊滅していた可能性があった。


四日前の、コナ族の子供の死を悼みながら、テラスは城壁から北に臨むレジスタンス北極基地をぼんやりと眺め、ここ一週間の不思議な出来事に思いを巡らしていた。


―――助けてくれたのは、独裁軍ではないのか。


皇帝ジョンの人となりを知れば知るほど、テラスは不可解な出来事への彼の関与を認めざるを得ないのだ。


―――ではロネは一体、誰の支援を受けているのか。


まさか一人で、これまでの大それた悪事をしでかしたとは、到底思えないのだ。と言って、独裁軍の目指す正義、少なくとも皇帝ジョンの目指す正義とロネの行動は乖離が大きすぎる。やはりボンド中佐が想定する―――第三のダークマター、陰の存在としての暗黒軍が存在するのであろうか。


先ほどまで吹き荒れていた吹雪が、嘘のように静まった星空。その星空を見上げていると、テラスは母マーヤがオーフュースを離れる直前に、この北ノボ城のある北極基地を訪れていたことに思い至る。老レジスタンス兵士ガリーが語ってくれた、母の思い出だった。


「マーヤ様はお腹をさすりながら、『いつかきっと、子供と二人で皆さんとお会いしましょう』、そう仰って、我々兵士の一人一人に優しい言葉をかけて下さいました。あのとき、マーヤ様のお腹には、テラス様がいらっしゃったのですね」


北ノボ城に奇襲入城し、司令部を占拠したテラスに、老境に差し掛かったガリーが感慨深げに語り掛けたのだった。


―――お母さん、次は西リスマ城攻略です。見守っていて下さい。


サラムにボンド、レジスタンスの兵士たちも共に戦ってくれるのだ。ひょっとして皇帝ジョンまでもが我が方の味方かと思うと、テラスは第三の勢力たる陰の存在があまり気にならなくなってしまうのだった。

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