第23話 五人組が掴んだ暗黒軍のシッポ
連邦軍的正義と独裁軍が目指す正義。ミーシャとスティーブに対する皇帝ジョンの人間的と言うと語弊があるが―――愛情あふれる温かいケアを知り、ボンドや千加子それにテラスにとっても、非なると思っていた二つの正義について、深く考える機会が否応なく増えるようになってきた。
「独裁軍は悪の枢軸だと教えられ、実際、その通りだと思っていたけど、皇帝ジョンの話を聞くと、ちょっと、というか、かなり違うのよね。全宇宙にまで拡散が見え出したコロナウィルスへの対処法一つをとっても、結構、有効な対策を独裁軍は取っているでしょう」
高校生五人組が、ヤーポンのレジスタンス極東第1基地・きのさき温泉桃島池のほとりにひっそりと佇む奥村バアバの自宅。その居間というか安らぎリビングで、夕食後のくつろぎタイムを味わっているさなか、千加子が紅茶のカップをソーサーに戻して皆を見回す。これまでの自分たちであれば、コロナ感染の元凶は独裁軍であり、その傀儡チャン共和国だとストレートに考えをめぐらし、また未だその他大勢はそのように考えてもいる。
「じゃ、これまで悪の枢軸と呼ばれてきたのは、独裁軍じゃないってことなの? でも、チャン共和国が悪の枢軸だって言うのも、スケール的に小さすぎて問題があるんじゃない。ロネの率いる独裁国家とチョボというか、レベル的にはどう考えても、二つは傀儡(かいらい)だよね」
隣の席から、優一もドーナツを頬ばりながら、のぞみと千加子にクウェスチョン顔を向け、首をかしげる。
「結局、ボンドの言う悪の枢軸元凶=暗黒軍説が俄然、説得力を増すのよね。あー! 腕が鳴るー! 本当はヤーポンの奥村基地でゆっくりとお茶してる気分じゃなくって、テラス姫の手伝いにオーフュースへ駆けつけたいんだけど、テミアの国内問題だからって、お断りされちゃったでしょ。ね、バアバ。ピン! と心が張り切るような、そんな刺激的な頼まれミッション、入ってないの?」
大学入学共通試験が間近に控えているというのに、千加子は超余裕の日常であった。本年度は大学に受かっても、一年間休学する予定が余裕を生むのか。いずれにしてもボンドとの愛に目覚めた身には、大学生活は少々刺激が小さすぎて物足りないのも事実であった。
「そういえば、ヤーポンの政権中枢から、原発破壊防止関連のミッションが入っていたね。そう、依頼を受けたボンドの特別調査チームが暗黒軍の影を掴みかけて、すわ! 実体に迫れる! と、追い詰めたところ、独裁軍のマース火星基地部隊へ逃げ込まれた案件なんだけど、やってみるかい。今話に出てた暗黒軍、これのシッポくらいは掴めるかも知れないよ。退屈しのぎにやってみる価値はあるんじゃない」
「うん! やる、やる!」
五人が同時に声を上げ、即、決行との意見の一致を見たのだった。
事案はチャン共和国の手先というか、属国といわれるコリン国に関連する事件だった。コリン国ナンバー2女帝は、例の美女集団・アマゾネス族のコマンドー軍を束ねる―――破壊工作エキスパートでもあるのだが、彼女には妹がいて、シリナイヤ共和国の独裁者アッバス将軍に嫁いでいた。姉ミャンヨーと同じく爆弾魔との異名をとるアカイヤ、そのアカイヤの追跡劇に、最後の詰めで失敗があったのだ。
ヤーポンの政変にも絡む、ヤーポンにとっては最重要課題であったが、その課題解決が中途半端、というか、もやもやと何とも後味の悪い未消化で終わってしまっていた。国民の意識が政変がらみに向いてしまうのは、コロナとオリンピック、それに原発の三者が解きほぐせないほど密接に深く絡んで、まるで創作現場が政府転覆ドラマの傑作を作り上げたかのような、そんなドラマチックな事件内容だったからだった。
コロナ禍の下、オリンピックのトウキョウ五輪開催が危ぶまれていたが、原発破壊事故を起こし五輪開催完全消滅を図るのが目的の事件だったのだ。
「でも具体的には、その事件って、一体どういう流れだったの? バアバ、分かりやすく説明して」
千加子の問いに、
「うん。入試イジクリ東大族、その党首のヤッシーがあんたたちとの争いに敗れ、逃走を図ったでしょ。覚えてる?」
あの時はお雇い美女軍団・喜んで組に悩まされたが、キャリア官僚妻たち軍の怒り・嫉妬エネルギーを利用し辛うじて勝利につなげたのだ。そしてこの勝利方程式は、フェニアンの会戦にも大いに役立ってくれたのだった。
「その逃走劇で、何か見落としがあったの? おばあちゃん」
のり子が心配顔をバアバに向ける。交代司令官優一の命令で捕縛グライダーブーメを放ったものの、のり子はヤッシー捕縛に失敗したのだった。
「うん。ボンドの調査チームが逃走映像をつぶさに調べなおしたところ、ヤッシーと並んで逃走を図ったイケメン弁護士参謀がミソだったの。彼の愛馬・目移りタラシ、この馬腹にアッバス共和国ナンバー2の破壊工作エキスパートが張り付いて逃走していたことが判明したの」
「エーッ! あの時、訳の分からん敵がキッチリ逃げてたんだ。で、どこへ行ったの?」
五人が同時に驚きの声をあげ、バアバに疑問を発する。
「政権奪取を狙う好憲眠眠党本部前で目移りタラシが止まると、破壊工作エキスパートことシリナイヤ共和国ナンバー2女帝でアッバスの妻アカイヤが、馬腹から離れてタクシーでハネダ空港へ移動したらしいの。それから先は憶測だけど、シリナイヤ国が匿名で借りている格納庫から、小型宇宙船に乗ってマースへ飛び立ったんだろうって」
「マースか……」
「そうよ、あんた達もよく知っているように、マースの無法地帯ならず者ゾーン。あそこへ逃げ込んだんでしょうね」
マースの無法地帯ならず者ゾーンは、一匹オオカミのお尋ね者〈ウォンテッド〉から一国の軍隊並みの無法破壊テロ集団まで、何でもありの危険地帯だった。そこへ逃げ込んだ敵を追い詰めるのであれば、確かに、時間のある高校生五人組の腕試しには、とっておきの舞台であった。
「よし! これからすぐ、出発しよう」
気合の入った千加子の一声で、五人、いやジュニアを入れた六人が木々や葉っぱに隠れた庭の倉庫へ飛び出す。シャッターを上げて、八人乗りスワローバードの定位置に着座すると、ジュニアがマースの無法地帯をナビシステムに入力。湯けむり香る、ホットスポット♨️きのさき温泉から、10分程度で着ける勘定だった。
高速飛行はジュニアの十八番中の十八番で、ギュイーン! と城崎温泉大江戸温泉物語に投げキッスを送り、六人は連邦軍アース極東基地を離陸。雲下の富士山にも別れを告げると、スワローバードは楽々アース大気圏を離脱。と、すぐ目の前に赤茶けたマースが飛び込んでくる。
「速かったでしょう。はい、着陸完了です」
アースに比べ、かなり緩やかな体感シバリのマース大気圏をくぐり抜けると、ジュニアは熟練パイロットさながら、ゆっくりと音もたてず、ごみごみと廃ビルが林立する―――無法地帯西南エリア内パーキングスペースにスワローバードを接地させた。
独裁軍が設営した、目に見えないが空気膜に包まれた―――デカいドーム様の有機生物生存ゾーン。確かに快適とまでは言えないが、ま、酸素ボンベなしに普通に歩ける。重力がアースに較べ若干小さいので、足のフワフワ感はぬぐえないが、宇宙服を着ないで済むことを考えれば、ぜいたくを言ったりしたらバチが当たる。
「うわー! ホントに、無法地帯って感じだな」
優一が開口一番、ならず者ゾーンの印象を口から漏らす。メイン通りに野良犬の影さえ見えない、からっ風だけが吹きすさぶ、まさに言葉通りの荒れようだった。
「独裁軍キャンプって、高々と案内看板を立てたエリアへ取り敢えず顔を出そうか」
廃ビル群の中央に、注目度満点の独裁軍案内看板を見つけると、一人隊長竜児が皆の意見を求める。
「そうだね。明らかに連邦軍に追われた連邦軍の敵だから、独裁軍まがいものエリアに身を隠す確率が高いんで、当たらずと雖(いえど)も遠からずって感じじゃない」
優一の賛成で、六人そろって看板エリアへ向かって歩く。
〈♪ バン、バン、バン、バン、バーン、バババン、バババン、バババンバンバンバ~ ♪〉
勇壮な星雲ウォーズの映画音楽のお迎えに続き、〈独裁軍作戦推進本部受付〉〈独裁軍作戦推進本部保安隊詰め所〉〈独裁軍作戦推進本部親衛隊本部〉・・・と、エアードーム仕様の天幕前に、仰々しい立て看板が林立。
「取りあえず三手に分かれて、各々二人ずつで各本部を訪れようか」
のぞみの提案で三手に分かれ、彼女はジュニアと二人、作戦推進本部へ向かう。
「どうぞ、こちらへ」
少尉の階級章を付けたパートの主婦なのか、三十過ぎの赤ちゃん抱っこ士官に案内され、のぞみとジュニアの二人が〈作戦推進本部〉天幕内部へ入ると、作戦推進本部統括指揮官の肩書を持つ中将が目に飛び込んできた。急ごしらえまる分かりの、仰々しい三段下垂れラブホカーテンの向こうでふんぞり返って坐っているのだ。士官用軍服だが、大将のそれとは明らかに違うにわか軍服。恐らく奪った軍服だろうが、セクシー軍服が一応は様になっていた。
「おう。受付に渡した名刺によると、そなたがヤーポンのレジスタンス部隊・高校生五人組隊ののぞみ大尉じゃな。それと人型ロボと言うことか。よし、分かった。それに控えよ。ワラワは東大族キャリア官僚妻たち軍の勝利将軍、吉永ゆこり子じゃ」
中将将軍が、大柄な態度で目の前の二段低い脚立に腰掛けるよう二人に促す。
「のぞみ大尉。僕のデータベースによると、彼女はチャン共和国と同盟関係にあるシリナイヤ共和国、そこの独裁者アッバス将軍の乳母でして、東大族キャリア官僚妻たち軍の勝利将軍などは真っ赤な嘘です」
ジュニアのささやきかけに、のぞみが軽く頷いたまま動かずにいると、将軍の左に控えるホルスタイン美乳のモー中佐が口を開こうとする。が、その前に、
「どうしたのじゃ、大尉。吉永将軍様の指示に従わぬとは、無礼であるぞ!」
将軍右手に控える、キツネ目の美女佐官コンコン大佐がバシッ! っと鮫ザラ革のムチを鳴らし、のぞみを威嚇した。
「黙れ!」
のぞみ大尉の動きの速いこと速いこと。背中の矢筒から二本のダーツ矢を取り出すと、目にもとまらぬ早業で、コンコン大佐とモー中佐のツンとんがりとタップリたらん美乳に矢を放ったのだ。
「あれー! 将軍様ー!」
「うーん! アッバス様ー!」
先端にセンサー付きダーツ矢は、二人の左乳房乳輪下の入れ墨アバ(アッバス)タトゥーを正確に寸分たがわぬ精度で射抜いていた。
「あまりにも軍服が不似合いだったのでほぼ察しはついていたけど、やっぱりセンサーの感知通りであったか。この、カムチャッカまがい半島の根元に位置する、シリナイヤ共和国のスパイ兵どもめ!」
のぞみがキッと眦(まなじり)を上げ、倒れた二人を睨みつけた。何と! 彼女らは、東大族キャリア官僚妻たち軍の兵士ではなく、シリナイヤ共和国のスパイ兵であったのだ! これは一体、どういうことなのだ?! と、読者が疑問を発する前に、のぞみが吉永ゆこり子中将の背後へ素早く回り込み、右手で軍服の前をはだけ、左乳房をポロリというかポロンとこぼしてしまった。
「あれ! そちもワラワのファンなのか? それなら仲良くいたすが、ここでは場所が悪い。部下たちに見られると、ワラワの立場がなくなるではないか。それに、アッバス将軍様に愛想をつかされますゆえ、な、お願いじゃ。さ、隣の部屋へ」
「黙れ! 色狂い中将め! アバタトゥーを確認したかっただけじゃ。これでよう分かった。後はこちらの質問に答えてもらうだけだからね。さあ、ちょっとは痛い目を見てもらうからね。ふん!」
のぞみが吉永中将を足元へ突き飛ばすと、
「皆の者! くせ者じゃ! 出会え! 出会えー!」
中年の割には見事すぎるたわわな乳房。中将は色っぽい仕草で乳房を抱きかかえると、隣室へ向かって大声で部下たちを呼んだ。
「は! 中将さま!」
隣の天幕から部下たちが雪崩を打つて飛び込んで来るが、
「待て待て、待つのじゃ。ザコ兵供はワチキとのり子中尉がお相手いたす!」
なんと! 多発弾バレーボールを両手に構える千加子と、同じく親子孫ひ孫多翼ブーメを両手ののり子が、のぞみの背後に立っているではないか。
「な、な、何と! 仲間がいたというのか!」
吉永中将の悲鳴にも似た絶叫に、
「ばかめ! 名刺にある五人+一人の六人の仲間で構成された部隊なのじゃ。さあ、今から、この我が部隊の力を、思い知るのじゃ!」
千加子がしてやったりの自信満々口上で吉永中将を見下ろす。
「それっ! 多発バレーボール弾の威力を知れー!」
千加子が二個の弾丸ボールを両手から放つと、何と! バ、バ、バ、バ、バーン! と、まるで連発花火のような轟音を立て続けに放って、弾丸ボールは分裂に分裂を重ねながら、将軍親衛隊美女兵たちに襲い掛かるのであった。
「うーん!」
五十人近い前列精鋭美女兵が倒れると、後続部隊は浮足立って、ロシア軍御用達AK―47の照準も定まらず、
「それっ!」
のり子の放つ、しゅるるーん! しゅるるーん! しゅるるーん! の羽音も怪しい、親子孫ひ孫多翼ブーメの催眠脱力音波効果、この音波効果の餌食となって倒れ去ったのであった。
「さあ、吉永中将。もうアンタには、頼れる部下はいなくなったんだから、覚悟して貰おうか。わたしの聞きたいことに応えなかったら、アンタのこの胸のタトゥーを、スワンクリーニングこと西田クリーニング店特製シミ取り〈芯まで漂白〉で取り去ってしまうからね。さあ、のり子。実演して見せて」
のぞみが吉永中将の顎を持ち上げたまま、のり子に合図を送る。独裁者アッバスに虐げられた―――飢餓に苦しむシリナイヤ共和国の民を想うと、そんな男を育てた乳母(うば)に直ちに三角締めをかけたい誘惑に駆られる。が、取り敢えず必殺技はサスペンドして、のり子の実技披露を観察して先へ続けるのだ。
「オーケー」
手慣れた動きで、モー中佐のホルスタイン美乳に〈芯まで漂白〉を塗り付けると、何と! あっという間にアバタトゥーが消え去ってしまったではないか。
「あれー! アッバス将軍様ー!」
モー中佐の悲鳴もむなしく、汚(けが)れ物が消え、ふくよかなタップリ美乳に戻ったのであった。
「そう震えなさんな、吉永中将。この胸のタトゥーが消されたら、シリナイヤ共和国では生きていけないってことは先刻調査済みなんだから」
のぞみは不条理に怒りながらも、心は冷静さを失ってはいなかった。達成せねばならない極秘使命が五人+一人というか、六人に急きょ課されていて、何を置いてもやり遂げねばならなかった。
「あんたがマースで偽りの看板を掲げ、独裁軍の傀儡を装っているのは、アッバスの妻で原発破壊のエキスパート・アカイヤの後方支援が目的なんでしょ。でもね、アンタらやアカイヤの思い通りにはさせないわ。そんなことを認めたら、とんでもない数の被害者が出るし、もちろん今後トウキョウ五輪も開けない」
入試イジクリ東大族との戦闘は、当初考えていた宇宙間観光の充実と高校生活の活性化―――この争点に隠れて、ヤーポンの壊滅的破壊も画策されていたことが判明したのだ。
「さあ、教えて貰おうか。壊し屋アカイヤの居場所を。これが今回の私たちの極秘メイン・ミッションなんだから」
「アカイヤ副将軍様のアジトを教えろというの?」
「そうよ、彼女のアジトはどこなの? それと最初の攻撃対象の原発名を言って」
「えっ! そ、そ、それは‥‥‥」
のぞみが顔を近づけると、吉永中将は震えながら顔をそむけた。
「時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり考えなよ。でもね、あんたかコンコン大佐のどっちか、先に裏切って我々に協力した方が、亡命先のパク国で高い地位と安全が保障されるのは分かっているわね」
のぞみは冷ややかな視線を、吉永中将とツンとんがり美乳のコンコン大佐に送る。すでにアバタトゥーを消し去ったホルスタイン美乳のモー中佐はスパイとして使えないが、タトゥーが残る吉永中将とコンコン大佐はスパイ(二重スパイ)としての利用価値はあるのだ。
「‥‥‥」
吉永中将とコンコン大佐は互いを意識しながら視線を宙に泳がすが、容易には決断し難いようで、ついには下唇をかんで震えながら目をつぶってしまった。有無を言わさぬ国民の銃殺刑と収容所送り・・・、そして民を犠牲にしての特権に胡坐(あぐら)をかいた自分たちの栄華の日々。これらが走馬灯のように浮かんでは消え、決断を妨げるのだ。
―――さて、どちらが我らの目的に役立つのか‥‥‥。
このままではらちが明かず、かといって二人同時にスパイに仕立てるのは、共謀による裏切りの危険が飛躍的に高まってしまう。女性三人とジュニアが結論を巡り逡巡していると、ジュニアの危険探知センサーが〈キー、ピキピキ〉と小さなささやき音をもたらす。超危険度事態が発生したときの合図で、ささやきのメロデイーとボリューム音から、危険度の表示がカテゴリー5を告げるものだった。仲間に死の危険が迫っていることは明らかで、当然、優一と竜児が危機的状況に置かれているのだ。
「それじゃ、ゆっくり考える時間をあげることにしようか。のり子、〈芯まで漂白〉で吉永中将のアバタトゥーの下半分を消して。それから、コンコン大佐の上半分も消し去って」
こうしておけば宙ぶらりんの状態が続き、二人は裏切ることが出来ず、取り敢えずは現状が維持されるのだ。どちらかが破壊工作魔アカイヤの隠れ家を自白するのは時間の問題。四人の共通認識だった。
「それじゃ、チーちゃん。のり子と食事でもしてくるから、あとはお願いね」
敵三人に悟られないよう、平静を装い、のぞみとのり子は〈作戦推進本部〉の天幕を後にする。
「OK、まかして」
千加子も事態の急変をすぐ呑み込んでしまった。まさに本能寺の変が生じたのだ。高松城の水攻め作戦中の異常事態。当然、のぞみの取る戦略は豊臣秀吉の中国大返し(ちゅうごくおおがえし)または備中大返し(びっちゅうおおがえし)と呼ばれるものであろうと千加子は理解したのであった。
「のり子、急いで!」
ジュニアに先導され、二人はシグナル発信の捕虜兵収容天幕へ走る。
「たっ、助けてー!」
怪しげな鉄格子奥のベッドから、消え入りそうなか細い悲鳴が聞こえてくる。
「ユウ!」
「竜ちゃん!」
のぞみとのり子が同時に声を上げた。並んだベッドの上で、千手ムカデ姫と呼ばれる〈金ひゃく足〉が優一をがんじがらめに締め上げ、同じく軟体たこ姫の異名をとる〈金なん足〉が、竜児の首に長い手足を何重にも巻き付けているのだ。拷問魔二人の色気に惑わされ、優一と竜児は窮地に陥っていたのだ。
「う、う、うー」
二人は失神寸前で、放っておけば、死を待つのみであった。
「私のユウによくも!」
のぞみが金ひゃく足に飛びかかると、あっという間に必殺〈生あし三角絞め〉をかけてしまった。九月にブラジルから泉ヶ丘高校一年二組へやってきた交換留学生、ロザリン・グレーシー仕込みの必殺技で、今ではロザリンも舌を巻く鋭い切れ味なのだ。
「うー! う、ぐ、ぐ」
金ひゃく足は堪らず、優一からがんじがらめ手足を離したが、
「これでも、お食らい!」
のぞみが、金ひゃく足の左乳房にダーツ矢を差し込むと、
「ひぇー!」
悲鳴を上げながら、かさかさと忙しなく手足を動かせ、金ひゃく足は這うように天幕から逃げ去ったのであった。
「よしっ!」
のり子の対応も素早かった。腰の革製ブーメさやから膾(なます)ブーメを取り出すと、あっという間に、金なん足の手足を膾さながら切り刻んだのであった。
「ひぇー! 元通りに手足が使えるまで、一年はかかってしまうよー!」
こちらも悲鳴を上げながら、金ひゃく足の後を追ったのであった。
この様に、女性軍のお荷物になって、いつも迷惑かけっぱなしの〈おのこ〉たちであるが、
「いえ、僕は違いますよ!」
ジュニアの抗議は当然としても、何とか、奥村バアバからのミッションはほどほど満足のいく結果がもたらされることになったのであった。
「さて、いつもの様に総括だけど、皆もそうだと思うんだけど、チョット、というか、ここで大きな疑問が湧き上がってきたのよね」
スワローバードを見下ろす、お世辞でもきれいといえない、壁が無くなって見とおしのよい廃ビル二階の喫茶店。そのガランとしたフロアの粗末な椅子に腰を下ろし、自販機から買って来た缶コーヒーを一口すすって、千加子が口を開いた。
「今回のシリナイヤ共和国の悪事一つとっても分かるんだけど、独裁軍のやり方というか、ポリシーからは全く離れているように思うのよね。原発を破壊して数十万もの人命を奪う悪逆無道は、独裁軍的正義とは相いれない、まさに範疇外でしょう」
「そうだよな。ちょっとえぐいよね。やっぱ、ボンドの言うように、独裁軍とは別の、ダークな陰が関与しているのかな」
優一も姉に理解を示す。
「そうね。ヤーポンへ帰って、これまで私たちが解決に関与した事件。心なごむ、あったか湯の城崎温泉で手足を伸ばして、ゆっくり精査しよう。そう、①独裁軍プロパーな事件か、②全く無関係な第三者的事件か、③以上以外の、ダークで大きな陰の存在が認められる事件か。この三つに分類して、ボンドの言う暗黒軍の関与を究明してみようよ。取り敢えず、検討課題ということでね」
千加子が締めくくって、六人はスワローバードに乗りヤーポンへの帰路についたのだった。
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