第16話 オーフュース内戦前夜①隊長ゲーリの訪問

時間が少し前後するが、三人のヒロインの一人―――テラスに話を移すと、フェニアン会戦からまだ、というか既に三週間が過ぎ去ってしまった神之道家が舞台である。会戦から三週間が過ぎた今も、テラスは二階八畳間の自室ベッドに横たわり目を閉じると、フェニアンで王家のソードを掲げ上げた感動が、つい昨日のことの様に蘇ってくる。


競技場を埋め尽くす観衆の涙の喝采。母星グレースから一直線に、テラスが掲げるソードに降り注ぐ神々しい光。膝を折って眩しそうに自分を見上げる、こわばってはいたが、サラムの何とも言えない得意顔。これらがスクリーンに映る映像さながら、鮮やかに目と耳に映し出されるのだ。そして、その度に、


―――お母さん……。


母マーヤの名がテラスの口から洩れるのだった。自分とタケルを残し生を閉じねばならないことに、どれほど無念で心残りであったことか。二歳のテラスと生後間もないタケルを抱いて、ロネの放った三人の刺客と闘ったことは祖父キワムに教えて貰った。


「お前と瓜二つだったな。顔も姿かたちも、それにソードを使っての戦いぶりも素晴らしかったよ。三人を倒す十分な力を持っていたが、左腕がな・・・・・・」


「ジイジ。お母さんは、私たち子どもをかばって背後を突かれたのね!」

 

三人攻撃に対するソードの防御。そのスキを突く刺客の攻撃パターンは、テラスには手に取るように分かるのだ。


「……いや、まぁな。いずれにしても、わしがもう少し早く駆け付けておったら助けられたんじゃが……。お前たちを守るために、三人目は相打ちのような形で倒していたが、わしが勾玉手裏剣でそ奴―――真っ黒な軍服姿のリーダー格にとどめを刺したんじゃ。本当に、怒りに我を忘れてな」

 

孫の心情を思って、回想を語るキワムの声も震えるのだった。


母の生まれた星オーフュース。母の育った国テミア。フェニアンで、国民がどれほど母を愛し、その娘である自分を必要としているかよく分かった。ヤーポン、そしてアースも好きだが、オーフュースとテミアは自分の内なる存在で、母の体内のような懐かしさを感じさせ、テラスを惹きつけて離さない存在になってしまっていた。


11月3日、ヤーポンでは文化の日に当たる今日。ハイスクールは休みで、テラスが自室のベッドに横たわって束の間の安息を味わい、フェニアンでの会戦を思い浮かべていると、


「姉上。オーフュースから、レジスタンス隊長のゲーリさんが来たんだって」

 

階下からタケルが呼びかけた。


「うん。すぐ下りて行くから」

 

テラスが玄関戸を開けて、金木犀が最後の香りを落とす武道場への小道を歩んで行くと、ゲーリが道場から飛び出してきた。


「テラス様、この老いぼれをお許しください。浅はかな判断をしてしまい、テミアにとって、取り返しのつかないことをしでかしてしまいました!」

 

ゲーリは臣下の礼をとって、テラスの右手を頭に押し戴き右膝を折った。


ゲーリがロネの逃亡を見逃したため、彼はキラーロボ五体と共にオーフュースへ帰還したのだ。テラスの存在とフェニアン会戦結果を知った国民に一時は弾劾に曝され窮地に陥ったが、現在は出国時の権力を余すところなく維持、掌握していた。


ゲーリの予測が大きく外れたのは、独裁軍がロネ暗殺の刺客を送らず、成り行きに任せる策を取ったことだった。


デスアームの原子炉にロネがセットしたプラスチック爆弾の解除手段、これを発見しないことには、独裁軍にも手の出しようがなく、結局、ロネがテミア王国を支配する限りにおいて、その地位を認めざるを得ないとの判断に至ったのだった。


「ゲーリ隊長、頭を上げて下さい。あなたの判断が正しかったのは、ボンド中佐から伺っています。戦時下では、予期せぬことが起こるものです。あ、いや、これはゲーリ隊長には釈迦に説法ですね。失礼しました。さあ、これから一緒に善後策を考えましょう」


テラスはゲーリを立たせ、キワムのいる武道場へ促したが、思い出したように立ち止まって、


「隊長。今後、私をテラス様と呼ぶのはやめて下さい。国民の皆さんとの距離を置かないためにも、そうですね……、母が付けてくれたミアかテラスと呼んでください。呼び捨てが難しいのなら、ミア少佐かテラス小佐で結構です。私には越えられない存在がいて、彼が中佐なので、私は王位継承者であっても、少佐で通したいと思います。それから、母を愛してくれた方の意思には反しますが、私はオーフュースとテミア王国そして国民の皆さんと共に歩む決意でいます」

 

テラスは先を見据え、毅然と不動の決意をゲーリに述べたのだった。同じ決意は、フェニアン会戦勝利後にボンドにも伝えた。


「テラス姫。私はどんな非難も及ばない失敗を犯しました。謝罪のしようがなく、心は打ち震えるばかりです。償いにはなりませんが、あなたが安穏な日々を送られるためなら、この命に代えても―――」


「中佐。もういいのです。母と私に課せられた運命なら、逆らわずに進んで行こうと思います。今日、決意しました。テミアと国民のために生きて行くことを」

 

お父さん、あなたを許します、と喉元まで出かかったが、テラスはそれを飲み込んだ。母の涙の顔が瞼に浮かんで、急に言葉に詰まったこともあるが、やはり父であるボンドにはそんなに簡単に母を忘れてほしくなかったのだ。


「姉上! ゲーリ隊長と、そんなとこで何をしているのござるか? 早く、早く! こっちへ入って来て!」

 

小道に雪の様に積もる橙の匂い花。佇む二人は印象派の巨匠に切り取られたキャンバスさながらで、放って置くと静止画の世界から抜け出しそうにない錯覚に陥ってしまう。タケルは慌てて、武道場の扉を開けて二人に呼びかけたのだった。


道場へ入ると、キワムが畳敷きに胡坐をかいて、目の前の地図と地球儀に匹敵する直径1mもあるオーフュース儀に交互に目を凝らし、彼の癖であるが、眉間にしわを寄せ腕を組んでいた。


「これ、これ。これがお母さんが生まれたテミアなのよね!」

 

キワムの両横でオーフュースの世界地図を食い入るように見つめる―――タケルとサラムに声をかけ、テラスも地図に視線を落とした。地図はメルカトール図法で、オーフュース儀と合わせるとテミア王国の外観がテラスにも鮮やかにとらえることができる。


正五角形のような地図上の大陸がテミア王国で、周辺の小さな六つの島々を合わせると、ほぼアースの大陸面積に等しかった。


「ね、ゲーリ隊長。ここが首都ポリノで、サラムとジュニアがボンド中佐に買われた、例の古道具店がある所でしょう。そうだよね、サラム」

 

タケルが首都ポリノを指で押さえ、嬉しそうにゲーリとサラムに同意を求める。


「はーい。ウーア!」

 

少しずつ話せるようになった言葉を口に出し、サラムは胸を叩いて喜びを表す。テラスと一緒にオーフュースへ帰りたくて仕方がないのだ。


「テラス。間もなくお別れだな……」

 

王国の地図を食い入るように見つめる孫娘に、キワムは寂し気な笑顔で話しかけた。孫のテミアへの想いは、痛いほど伝わってくるのだ。特にフェニアン会戦勝利から帰国後は、テラスの母国への帰国決意が静かだが、日々山のような大きさで迫って来るのだった。


「でも、ジイジ。母上の国へ行っても、拙者も姉上と一緒にすぐ帰って来るから、寂しくはござらんではないか」

 

無邪気なタケルはウエットなムードを和ませようと、目いっぱい笑顔を振りまく。


「そうだね、タケル」

 

テラスも笑顔で応えたが、弟を一緒に連れ帰る気は毛頭なかった。祖国テミアはレジスタンス部隊にとって危険極まりない、それこそ、死を招く苛酷な戦場なのだ。どうしてそんなところへ弟タケルを連れて帰れようか。母マーヤの意思を問うまでもなかった。


「‥‥‥そうだな、タケル。いずれにしてもオーフュースへ帰る前に、取り敢えずの戦略をここで立てておこうか」

 

キワムは話題の転換を図る。孫の安全のためにも、あらかじめの戦略立案は不可欠であった。


「五角形の頂点にあるのが北ノボ城と呼ばれる砦で、我々が一号と呼ぶキラーロボが約五万の兵士を従え、砦を守っています。この城から七万キロ南西にあるのが西リスマ城で、二号が同じく五万近い兵士で固めています。この城の対極にあるのが東ゾナ城で、三号がほぼ同数の兵士を従えています。あと五角形の下辺の西にあるのが、南西メル城と我々が呼ぶ砦で、兵員は他とほぼ同数です。最後は南東フォーク城です。これら五角形の各城から一番近い城への距離は各々約七万キロです」

 

隊長ゲーリが地図上の点を押さえながら、地形や各城の詳しい説明をする。


「兵力や兵員の構成は、どうなんじゃろう?」


「はい。先ほど述べた五万の兵士たちはテミア人部隊で、彼らはテラス様、いや、テラス少佐がレジスタンス部隊の指揮を執っていると分かれば、当方につく可能性があると考えています。……実は厄介なのが、残り同数の外人部隊、我々はそう呼んでいるのですが、オーフュースの二つの衛星から召集された兵士たちです。衛星コナから召集されたコナ族は温和な民族で構成数は三万。問題は、残り二万のアパ族でして、衛星アパの過酷な生存環境が影響しているのか、獰猛(どうもう)で高い戦闘能力を持っています」


「王国には、テミア人以外にコナ族とアパ族もいるということなのね」

 

テラスが初めて知った事実で、テミア王国は民族構成でも複雑な様相を呈していて、戦略立案には一ひねりも二ひねりもの考慮が必要であることが分かる。


「はい。二つの民族は当初、レアメタルのテミレート、これは脳内の神経等を繋ぐ微細繊維のサポート触媒鉱物ですが、この発掘業務に従事していた者たちでした。それがヤーポンからのワタル指導員の功績で、高度の機械化がなされ、その結果、作業量が減り兵士に転用された者たちです」


「どうじゃ、テラスにタケル。今の隊長の説明から、どんな戦略を立てる? まずタケルから」


「左様でござるな。まず、国のほぼ中央にある首都ポリノを押さえ、民衆の蜂起を待ちながら、持久戦に持ち込み、並行して五要塞の分断を謀る、というのはどうでござろう。民族間の反発がうまく作用してくれれば、中心部で国民が蜂起し、それが各要塞へ飛び火するという流れになるのではないかと」


「タケル、それは危険すぎる。民衆の蜂起といい、五要塞の分断といい、不確定な要因を二つも持ち込むのは、当方との戦力比較を考えると、勝利の可能性は限りなく低下する」


「では、テラスはどのような戦略が良いというのじゃ」


「アースの歴史上の人物・アレキサンダー大王が若き日、確か、私と同じ18歳の時だったと思うんだけど、その年に考案した、自軍の四倍近いペルシャ軍を破った戦略。この戦略は、カルタゴの武将ハンニバルやローマの将軍スキピオ・アフリカヌスに実践され、そしてローマの英雄カエサルによって完成されたと言われているんだけど、これなんかどうかしら」


「一体どんな戦略でござるか?」


「これワタル、兵法の講義の時に教えたではないか。敵主戦力の機能的弱体化策とも言うべきもので、具体的な方策は、敵の最も重きを置く戦力の弱い個所―――そこを一気呵成に攻め、動きが鈍り混乱に陥った敵を包囲して壊滅、ということであったじゃろう。そうじゃな、テラス」


「うん、そう。兵力格差を補う、奇襲ともいえる敵弱点への正確無比な迅速攻撃。その結果、指揮系統にスキが生じ混乱を来した敵を包囲して壊滅、というのが戦略的にはベストなんじゃないかしら。テミアの場合、レジスタンス基地は極北にある北極基地と極南にある南極基地の二つがあるんだけど、ゲーリ隊長のお話しでは、北極基地の方が戦力的に優れていて、しかも敵基地の北ノボ城は吹雪と霧に覆われる期間が長いことから、戦力の弱体化をもたらし易いのよね。そこでこの城を落とせば、砦前面には鉄壁の守りを誇る西リスマ城も東ゾナ城も、背後から容易に攻撃できることになるでしょう。オーフュースの自転速度やそれとの関係での風向きを考えると、五角形をなす五つの敵要塞は、反時計回りに攻撃した方が我が方にとって有利だから、北ノボ城の後は西リスマ城、南西メル、南東フォーク、そして最後に東ゾナ城へ移るのが、戦略的にはベストじゃないかしら。サラムの仲間たちに近代戦を戦う能力を身につけさせる時間を稼ぐという意味でも、時間が欲しいわ。首都ポリノ攻略戦には、どうしても彼らの力が必要だから。ね、サラム」


「はい、ウーア!」

 

サラムが嬉しそうに胸を両こぶしでたたく。


「よし! それで行こう。あと、武器や食料それに援助兵員の手配は、ボンド中佐に頼もうか。これはゲーリ隊長が連絡役を担ってくれれば、スムーズに事が運ぶだろう」


「はい、早速ボンドに繋ぎを入れましょう。兵站(へいたん)はこの戦にいおいて、戦略立案の次に重要ですから」

 

ゲーリは即座に答え、キワムとテラスに何度も同意のうなずきを見せた。テラスの戦略案に舌を巻いてしまったのだ。十八歳にして、百戦錬磨の自分をはるかに凌ぐ、分析と対応だった。


つい三日前のことだったが、ゲーリはボンドと天才という概念について話し合った。彼によれば、天才とは未体験の事態に遭遇しても、ベストないしベストに近い処理対応が取れる者、ということだった。秀才は修練により、天才に近づける対応を身につける努力を怠らない者、という定義をボンドは示した。なぜ、こんな話が出たかというと、外見的には全くの女子高生にすぎない、いや、むしろズッコケでチャランポランと思われる女性が、自分をしのぐ対応力を見せたことに驚嘆させられた。これが話の端緒だった。


―――まさか……。


と思った。あのボンドを凌ぐ者などいるはずがないではないか。しかも高校生で。


しかし、テラスの戦略対応を目の当たりにすると、ゲーリは認識を改めざるを得なかった。もっとも、テラスはボンドの言う天才ではなく、恐らく疑似天才という定義に当てはまる者であろう。キワムに鍛え上げられ、恐ろしいほどの修練により、限りなく天才に近い存在になった者、ボンドによれば疑似天才とはそういう定義だった。


「アースのヤーポンで盛んなベースボールという球技があるんだが、そこでの不世出のスターと呼ばれている二人に当てはめると、天才と疑似天才の喩(たとえ)が分かりやすいんだよ。イチロー・スズキという選手は、来たこともないコースへボールが投げられても、体が反応するんだよ。同じように、シゲオ・ナガシマという往年のスターもそんなボールを打ち返すんだが、それはスナオシという監督に血反吐を吐くほどに鍛え上げられた結果ではないか。これは、ヤーポン勤務のあったペック提督の受け売りだけどね」

 

ゲーリとそりの合わないペックの名前を出して、ボンドはテレトーク画面の親友を和ませたのだった。


―――いつか、会いたいものだ。


テラスを見つめていると、彼女と同年代の、ボンドを驚嘆させた女性に、ゲーリは強い興味を持ったことを思い出したのだった。


「隊長。出来れば兵員援助はお断りしたいんですが。この戦いはテミアの内戦ですので、あくまでテミアの人たちだけと戦いたいんです。いいでしょ、ジイジ」

 

三日前のボンドとの会話に気を取られたゲーリを、テラスが呼び戻した。テミア国民による自由の奪還と位置付けているので、テラスは連邦軍の援助は可能な限り抑えたかったのだ。


「そうだな。それがマーヤの意思にも添うだろう。さあ、大枠が決まったところで、明日オーフュースへ帰るゲーリ隊長の送別会を兼ね、ジイジがカニ源でカニ料理を御馳走しよう」

 

上野駅前にある行き付けの老舗(しにせ)料理店。キワムが贔屓(ひいき)店の名前を出して、神之道神社における、サラムを含めた五人の戦略会議終了を告げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る