第15話 白鳥の愛と奇跡③海賊要塞陥落

四人とジュニアが司令官の回復をやきもきしながら待っていたが、ギャラクシーのゲストルームへ千加子が入って来ると、


「お帰りー!」

 

何事もなかったかのように、五人で元気よく彼女を出迎えたのだった。ジュニアの右腕の修理、というか治療が先ほど終わったところで、


「ごめんね、ジュニア。反射的にダーツ矢を投げてしまって」

 

千加子より数分前に入ってきたジュニアに、のぞみが謝っていたのだ。


「いいえ、のぞみ大尉。本当は破壊されても致し方ないところ、腕だけで勘弁してくれたんですから」

 

破壊か腕へのダメージか、この択一に悩み時間を取られたのに、のぞみのダーツ矢は睡眠弾発射とほぼ同時だった。これほど速い人間の行為をジュニアは見たことがなかった。


「いずれにしても、今回は司令官としての私の力量不足でみんなに迷惑をかけちゃって、本当にごめん」

 

ソファーに腰を下ろしくつろいだ仕草の四人に、千加子がジュニアの横に立ったまま素直に謝る。


「いいんだよ。チーちゃんの行動以外、他に取るべき手段はなかったって、さっきまで話し合ってたところなんだ。でも、五時間前に較べると、なんか、とってもしとやかで女性らしくなって。ポニーテールに、グリーンのスカートと真っ赤なカーディガンだろ。我が姉とは思えない変わりようだな。なんか、あったの?」

 

やはり姉の変化を、弟は敏感に感じ取っていたのだ。


「あるわけないじゃない。しいて言えば、はくちょう座、というか、白鳥が私に愛と奇跡をもたらしてくれたのよ、きっと」

 

つい先ほどまでのボンドとの愛の交歓を思い出すと、千加子は体が熱く火照る。赤くなった頬を両手で包み隠し、大きく息を吸う。さあ、愛の秘密は胸に隠してチェンジマインド。


「みんな、やろうか。海賊要塞砦攻撃に、再チャレンジを!」


「ええ、いいのかよう。もう少しで死ぬとこだったのに。俺らはけっこう眠ってたし、日本食までゲストルームへ運んでもらって元気モリモリで、何時でもスタンバイだけど、やっぱ明日の方が」


「そうよ、千加子さん。今日は一日ゆっくり体を休めて、明日の攻撃にした方がいいんじゃない。ね、のぞみ」

 

のり子も優一に同調して、のぞみに意味深な笑顔を向ける。女性として、千加子変貌理由は一つしか思い当たらないのだ。


「いいかな、諸君」

 

千加子が意志を通し、今日攻撃の採決を取ろうとした時、ボンドがゲストルームのドアを開けた。スリムだが、190cmのスーツ姿はなんとも存在感がある。


「さあ、千両役者の御登場ね。ようこそボンド中佐」

 

のぞみがのり子と顔を見合わせ、恭しくボンドを迎え入れる。


「え! どうしたんだい、一体」

 

ボンドは照れを隠そうとするが、隠しきれない千加子だった。


「ううん、何でもないわ、ボンド」

 

千加子はボンドに駆け寄ると、甘えるように彼の左腕を抱いて体を寄せた。


「おっと、そういうことだったのか、お二人さん」

 

優一にからかわれると、千加子はボンドの手を引いて彼のプライベートルームへ、これ幸いと逃れ去った。そう、今度はミーシャ抜きの、二人だけの―――自分主導のLMRを心ゆくまで堪能しようと思ったのだ。何とも恐るべき十八歳で、先が思いやられるボンドであった。


「さあ、言い出しっぺがいなくなったんで、海賊要塞攻撃は当然、明日になっちゃったな。司令官抜きだけど、明日の午前9時にスワローバードで出動ってことで、賛成の方は挙手願いまーす」


「異議なし!」

 

優一の提案に、ジュニアを含む五人が同時に右手を挙げたのだった。


さて、ギャラクシーのゲストルームのふかふかベッドで快適安眠を貪り、まさに快眠、快食、快便のリズムで攻撃に向かいたいところ、翌朝は便秘気味の優一が足引っ張りの、17分遅刻。プラットホームへ駆けつけると、既に五人はスワローバードに乗り込んで遅刻常習犯を待っていた。


「ごめん」

 

と謝り、優一が空いた最後尾のシートに腰を下ろすと、シュッパっとまさに燕の様なプラットホームからの離陸を果たし、スワローバードは一直線に海賊要塞に向かう。


「ええっと、天の岩戸要塞ってことで、岩戸前でのチーちゃんのブルルン踊り。おびき出し作戦の定番だよね」

 

女心をわきまえぬ愚弟が、遅刻ミスを挽回しようと皆に精一杯のおべっかサービスを振り撒く。


「ジュニア、マックスの透視精度8にセットして、要塞内の人員把握準備。キャプテンが分かるようだったら、マーカー弾発射の準備もお願いね」

 

千加子は愚弟の言うことなど、無視、無視、無視なのだ。ボンド以外にどうして我が柔肌を見せられようか。彼に頼んで、これまでのすべてのヌード痕跡をネットから削除して貰ったというのに、何で海賊どもに我が裸を曝せというのよ、バカ! 


「司令官。砦まで現在位置、5.7㎞。ご覧のように、外部防護シールドのため、モニター画面からは126人の人員確認が可能なだけで、キャプテンの確定は不能です。ユウ中尉到着前に確認してあった、おびき出し作戦その一の実行に取りかかりますか」


千加子の意を受けた訳では有るまいが、操縦桿を握るジュニアがしらっと優一を無視して、司令官に作戦実行の指示を仰ぐ。


「よきに」


さよう。よきに計らえとの指示で、竜児隊長が待ってましたとばかりに、追い出しスカンク作戦に取りかかる。本シリーズの第9話、実践ゲーマー五人組vs東大族・③勝者は何れか、ここで、夫乗っ取られ妻たち軍が美女軍団にスカンクおなら作戦を実行しようとした件(くだり)を読者は御記憶であろうか。作戦そのものは臨時司令官優一に止められてしまったが、有機天然兵器としての有用性は捨てがたいものがあるとの戦略的判断で、コンクというか濃縮ガスとして、妻たち軍の協力を得てカプセル弾に詰め込んで保管してあった。それを海賊要塞の岩戸開門手段として使用することにしたのだ。


「よし! 岩戸への正面接近、300m手前で急上昇。同じく300m上空でスカンクおなら10カプセルを破砕・拡散」


「了解!」 


千加子の命令に、竜児とのぞみが即座に応え、寸分たがわぬ精度で、パッ! と無色有臭はなつまみガスが破砕・拡散し、要塞を覆う。砦には小さいながらも、重力の作用が認められガスを引き寄せるのだ。


「間もなく、堪(こら)えられずに岩戸を開けて悪人どもが出てきよるぞ」

 

スワローバードの助手席で、千加子は余裕の笑顔で一人悦に入っていたが、


【キュル、キュル、キュル】


何と! 竹コプターの様な、小さいが強力ファンが砦の屋根からニョッキっと顔を出し、くるくると回り出したではないか。


「あー! くやしいー!」

 

無色有臭最終兵器が宇宙空間に飛散し、千加子は助手席の狭い足元いっぱいに地団駄を踏んで悔しがった。


「さて、無色有臭最終兵器・スカンクおなら作戦不発で、次はやっぱ、窒息赤札作戦だよな。内から開けさせ戦略の、延長ってことで」

 

遅刻を挽回すべく、優一が最後尾から新作戦を提案する。脱税カプセル要塞へ逃げ込んだ三悪人を、国税査察族が窒息赤札を張り付けて砦を開放。かつてそんなゲームを作成したのを思い出し、さっそくシミュレートしようと思い立ったのだ。


「それだったらオーケーよ。ユウ、私に任せて」


のり子が直ちに反応して、強力接着剤付きの布団端切れを自宅倉庫から転送して貰い、海賊要塞上空300mからビラ撒き〈風神雷神ジェットストリーマー〉作戦。急遽このドンデン返しといって良い、鬼さんパクり作戦を実行に移すことにしたのだ。


「おう、おう! 何と優雅な。ピンクの端切れが、まるで桜吹雪が舞い落ちるようではないか!」

 

千加子の驚嘆が大袈裟でなく、ヤーポンの吉野山の千本桜から舞い落ちる花びらさながら、綺麗に舞い落ちて海賊要塞を覆いつくす。


「ううー! く、苦しい。く、苦しいて、い、息が、出来んやないか!」


空気供給パイプを遮断され、案の定、要塞内はパニックに陥ってしまう。


「ジュニア、キャプテンを呼び出して」

 

千加子の命令で、砦の司令官を呼び出し、千加子が降伏条件を告げる。もちろん、全面無条件降伏通告であった。


「レジスタンス司令官として、あなた達に以下の命令を下します。1、全員を一カ月間、惑星スノードンでのごみ処理業務につかせ、改心の有無を見極め、改心したと判断される者は、当要塞での勤務に就かせる。なお、当要塞はベタAB海峡通行の安全監視業務をもっぱらとし、他に、後に述べる緊急業務も付随的に遂行するものとす。2、改心が認められないと判断された者は、もう一カ月間スノードンでの業務に就き、以下、1と同じ行程をたどるものとする。3~」


以上のように、当初の予定とは作戦手段も結果も若干は異なったものになったが、大筋においては齟齬のないもので、ペック提督も満足であった。はじめの予定では、海賊要塞は破壊という結論であったが、千加子の要望を入れての上述の結果に収まったのである。


「戦後処理能力も大したものだ」

 

ボンドは爪を現し出した、少々理解に苦しむが、娘とおない年の若い恋人に何とも複雑な心境であった。

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