第13話 白鳥の愛と奇跡①スワローバード号の反乱

比較は何を基準に求めるかにより、様々な分類と分析が成り立つ。例えば兵器及び兵士に限っての、連邦軍と独裁軍の比較であれば、10対1以上の差があり、独裁軍が圧倒する。が、各星雲間の戦いで互角とまではいかないが、辛うじて連邦軍諸国が独裁軍の征服を免れているのは、ゲリラ的抵抗を間断なく繰り返すレジスタンス部隊の存在と、優秀なブレーンを独裁軍より多く恵まれていることが理由だった。


その連邦軍のブレーンの中で、知的能力の特に優れたバルカニア人。中でもボンド中佐の作戦の立案から実行、そして戦後処理能力は類(たぐい)まれなもので、連邦軍に人材多しといえども、彼の右に出る者はいなかった。それほどのボンドであったが、その彼にしても千加子は驚嘆に値する存在だった。セクシーダイナマイトボディーを惜しげもなくさらし、言動もズッコケ満載。が、この外見からは想像もできない能力が彼女には隠されていたのだ。司令官としての即座の状況判断と決断力、そして実行力だった。


―――しかし、このままでは、そんな稀有な人材を失ってしまう。


ボンドは、千加子が音声オフにしたジュニアとの会話をすべて傍受していた。その会話内容から、彼女がやろうとしていることが手に取るように分かったのだ。まずジュニアに、指揮官である千加子の言うことに絶対服従するとの誓いを立てさせ、様々な計算をさせていた。


「‥‥‥分かった。グレイシャス号の逆噴射と海賊砦のパルス弾の捕捉エネルギーでは、グレイシャスのブラックホールγドロップへの落下は、やはり防げないのね」


「はい、司令官」


「この宇宙空間が水でおおわれているんだったら、アルキメデスの原理によって、グレイシャスが沈む前に一度浮かび上がって、それを機に、落下軌道から脱出させる機会があるんだけど、真空の宇宙空間では、浮力を生じさせるものを求めるのは、やはり無い物ねだりよね」


「はい、司令官。押しのけた物体の重さだけ軽くなるという浮力の原理は、気体中でも妥当してアドバルーンがよい例ですが、何もない真空中では働き様がありませんから」

 

ジュニアの返事も暗く沈む。


「結局、逆噴射とパルス砲を同時に止めたときの反作用によって生じる落下加速度、これを利用して、ブラックホールγドロップへ吸い込まれる軌道からの脱出を図るしかないわね。反作用によって生じるプラス落下加速度、これは難しい計算じゃないからすぐ出してちょうだい」


「でも司令官、その弾みをつけた加速度に小さなスワローバードの加速度を加えても、果たしてグレイシャスをブラックホールγドロップへの落下から離脱させられるか、全く予想できません」


「でも、それしか方法がないんだったら、賭けてみるより他ないでしょう」


「ギャラクシーがこちらへ向かっているのですから、ギャラクシーの助けを待つのが賢明なのではないでしょうか。僕は自分が助かりたいから言っているんではないんです。五人の皆さんが好きなんです、だから皆さんには助かってもらいたいんです」

 

千加子を説得するジュニアの声が震えていた。ボンドが望む方向にジュニアもサラムも向かいつつあるようで、彼らには有機生命体との共存はやはり可能だったのだ。


「ジュニア、気持ちはありがたいけど、ギャラクシーの到着は目いっぱい早くても9分32秒。遅ければ12分以上かかるわ。グレイシャスはとっくにブラックホールγドロップに吸い込まれてしまっているわ」


「でも、僕はいやです……」


「いい、ジュニア。私たちはレジスタンスの戦士なの。レジスタンスへ加入するとき、誓いを立てているのよ。その誓いは、ギャラクシーを待つことを命じているんじゃないわ」


「でも司令官。たとえグレイシャスを助けられたとしても、スワローバードにはサスペンデッドアニメーション(仮死)カプセルは四基しかないんですよ。しかもスワローバードが全出力けん引をすることによって、室内への酸素供給量は7分弱で終わってしまいます。・・・・・・司令官は死ぬ覚悟なんですね」


ジュニアの声は、涙声に変ってしまう。


「僕はいやです。サラムがテラス姫にすべてを捧げるように、僕は千加子司令官に命を捧げて尽くしたいんです。だから、生きてほしいんです」


「有難う、ジュニア。そう簡単には死なないから、安心して。さあ、今の会話はあなたの胸にしまって、皆には内緒よ」


―――急げ、急いでくれ!

 

ボンドははやる心を抑えられなかった。


「コンピューター! 集中治療室と医療スタッフのみ。その他、走行に必要な以外をすべて切り離し、スワローバードまでの到着時間を再度計算!」

 

二人の会話を反芻しながら、ギャラクシーの操縦かんを握るボンドはコンピューターに秒刻みのカット計算命令を発する。これで八度目だった。


「10分と2秒です。中佐、出力を120%まで落としてください。現在、原子炉出力130%。145%で自動停止。既に危険ゾーンに入っています」

 

先ほどから、コンピューターが何度も警告音声をくり返している。


―――やはり無理か……。


何度計算しても、到着するまでに、千加子への酸素供給が尽きてしまう。


「中佐、やめて下さい。手動に切り替えるのは危険です!」


メインコンピューターの警告音を無視して、ボンドは出力144%での限界飛行にセットし、操縦桿を握りしめた。


同じ頃、スワローバードでは、司令官千加子の意図しない方向へ隊員たち四人の意識が向かい始めていた。


「のぞみと竜児が、チーちゃんの命令通りパルス砲を破壊し、グレイシャスを全力牽引するっていうのも引っ掛かるけど、もっと理解に苦しむのは、何でその後すぐに、四人だけサス・アニ(サスペンデッドアニメーション)カプセルに入らなきゃいけないんだよ」


優一が真っ先に異議を差し挟んだ。普段通り、蛍光灯の昼あんどんを通してくれればよいものを、こんな時に限って勘が冴えわたる困った弟なのだ。


「いや、それは、後は私とジュニアで操作可能だから、みんなには休んで貰った方がいいかなって、思って」


千加子の説明は全く説得力がなく、歯切れも悪い。


「それって可笑しいだろっ! 何で緊急事態に、俺ら四人だけサス・アニでネンネするんだよ」


「その説明は長くなるので、取り敢えず先程の司令官の命令を遂行して戴けませんか。その後で、私が数値計算を根拠にした納得の行く説明をさせて戴きます」


ジュニアが悲壮な仕草を浮かべ、姉弟の会話に割って入った。1秒、いやその千分の一たりとも惜しいのだ。


緊急事態の認識は四人にも当然あることから、ジュニアのこの提案は受け入れられ、スワローバードはグレイシャスの船腹から急上昇し、ベタAB海峡ケーブル上の海賊要塞に急接近のコースに乗る。


「竜児隊長! β星B側から平行進入して、急上昇。相手の仰角30°でパルス砲を破壊するから。後1分30秒で目的遂行可能」


のぞみは要塞側砲手の弱点を知り尽くしていて、死角から入り、パルス砲による補足困難な急上昇飛行を竜児に指示する。


「ジュニア、グレイシャス船長を呼び出して」


パニックに陥りつつある船長に事情を伝え、千加子はパルス砲破壊と同時に逆噴射停止を依頼し、正確な時間を確認する。


バッキューン! バッキューン! バッキューン! 

 

三門のパルス砲が、鋭いレーザービームの音に続き、爆発光と白煙を上げる。


「オッケー、全速力で引っ張るぞー!」

 

逆噴射ストップを確認すると、竜児はスワローバードを急降下させ、グレイシャスの船首に着けて磁力結合。と同時に垂直から5°の落下角度をつけ、スワローバードのスロットルを全開したのだった。


「さあ、司令官の第一の命令は遂行したぞ。ジュニア、納得のいく説明を聴かせて貰えるよな」

 

最後尾で千加子と並ぶジュニアに、優一が助手席から不満顔を向けた。のぞみものり子も操縦席の竜児も怒っているのがよく分かる。


「僕、いや私の説明に納得されないときは、どうされるんです。司令官の命令には服従義務がありますよね、レジスタンス規約にも規定されているでしょう」


「規約には、隊員の合意に反しない命令には服従義務があると規定されているんだよ。それと、これは不文律だが、仲間は見捨てない、ってのも。・・・・・・ね、チーちゃん。おかしなことを考えないでよ。俺、ヤーポンへ帰って、パパとママに言い訳できないじゃないか」

 

優一の呼びかけに、千加子は最後尾でうつむいたまま今にも泣きだしそうだったが、急に顔を上げると、


「ジュニア! 反乱鎮圧! 四人を眠らせて!」

 

毅然と命令を発したのだった。


「はい、司令官!」

 

ジュニアもこれが最良で、これしかないと確信したのだった。唯一装備された攻撃用に転用できる、たった一つの高速保身装置。そう、右手の人差し指から四人の左肩に向けて、迷いなく即効性催眠弾を発射したのだ。


バシー!


「エッ!」


発射速度では引けをとったことのないジュニアの射撃だったが、催眠弾を打った右腕の付け根が破壊されていた。のぞみのダーツ矢が突き刺さっているのだ。


「大丈夫です。ボンド中佐が修理キットで直してくれますから」

 

サス・アニへ四人を収容するのを左手で手伝いながら、ジュニアは千加子に軽口をたたいた。忘れたいのだ。―――だが、すぐ間近に、永久(とわ)になるかもしれない千加子との別れが訪れようとしていた。


「‥‥‥あと24秒で酸素が切れちゃうわね。γドロップへ吸い込まれるのを免れるかは微妙だけど、ジュニアの計算とギャラクシーの到着に賭けてみるわ。・・・・・・さあ、そんな悲しい顔をしないで、さっきの催眠弾を私にも打って頂戴」

 

千加子に促され、ジュニアは彼女の左肩にサリンジュで催眠液を注ぎ込んだのだった。

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