第12話 はくちょう座の攻防③五人組+おしゃロボ絶体絶命
連邦軍からの代理バトルの依頼を受けた高校生五人組は、はくちょう座のアルビレオβへの足として、超高速八人乗り中型宇宙艇をボンドに要求した。
「了解。アースから8時間以内にアビβ(アルビレオベータ)に着く中型高速艇スワローバードを用意しよう。これだと一日一往復が十分可能で、何かと好都合だろう」
この程度の準備は容易なことで、ボンドが資材部に連絡を取ることで、その日の内に宇宙高速宅配便でヤーポンへ届く。
「あ、それと中佐。スワローバードには中距離でいいですから、破壊レベル8のレーザー砲を前後左右に一門づつとシールド機能10のバリアーを装備して戴ければ助かります。あとは少し細かいですけど、透視精度8で結構なので、暗視赤外線スコープとギャラクシーとの連絡用に使う未開設の秘密チャンネル、これもシークレットレベルは8で十分です。それと、おしゃロボと言っちゃ失礼ですよね。サラムジュニア、彼の人工知能もお借りしたいので、ジュニアちゃんもお願いします。スワローバードのメモリーには今から言うデータを入力して戴ければ、当方の要求は完了です」
「ちょっと、待ってくれたまえ。メモを取るから」
あまりにすらすらと伝えられる千加子の要求だったが、メモを取りながらボンドは舌を巻いてしまった。戦略シミュレーション専門のボンドでさえ思いつかない武器装備とデータを、いとも簡単に言い当てられ、ロネが苦々しく言い放った「独裁軍がド素人の高校生五人組に振り回されている」との言葉がよみがえってきたのだ。五人がしかるべき実践戦闘能力を備えていれば、このスワローバード一機で、独裁軍の一個大隊壊滅も不可能ではないのだ。
「すべてを装備したスワローバードは、遅くとも明日の午後にはヤーポンの極東支部第2基地・サカイの泉北ニュータウンの奥村バアバ宅へ届けるから。あ、最近は第1基地の城崎温泉桃島池に居る方が多かったのかな。発送前にどっちでも都合のいい方を、ヒカリ宅配高速に指示してくれればいいから。ところで、これらの装備はすべて君が決定したことなの?」
ボンドが最後に千加子への疑問を口にすると、
「五人の合議での決定でーす。ま、ほとんどが私が主導してですけどね」
千加子は精一杯の司令官顔でニコッとテレトーク画面から、ボンドに笑いかけた。憧れのボンド中佐と初めて交わす、リモートだが、直接会話なのだ。司令官としても、もちろん男性としても身も心も悶えさせる、抱いてー! と思わず叫びたくなる―――憧れの君であったのだ。
さて、スワローバードが極東第1基地へ届いた後の五人、というと失礼で、ジュニアを入れた六人の行動は素早かった。高速宅配便の梱包を解くと、ジュニアの回路作動スイッチをオンにして、ただちに出発であった。
「皆さん、僕をメンバーに入れてくれて有難うございます。一生懸命働きますから宜しくお願いします」
「分かった、分かった。おしゃ君のデータは我々五人の頭に入っているから。我々のも君のメモリーにボンド中佐がインプットしてくれてあるだろ。分からない事があったら、情報担当はこのユウ君だから、何でも聞いてね。さあ、そう硬くならずに」
隣のシートから、優一が緊張気味のジュニアの特殊合金の肩を揉んで、「硬ー!」と指先を振って笑いを取り、新入りメンバーをリラックスさせる。
「さあ、8時間の長旅だけど、ベタAB海峡という交通の要衝で通せんぼをする海賊退治に行くんだから、ゆっくり休んでられないわよ。まず予備知識としてインプットしておかなきゃならない点は、要塞海賊はβ星Aから0.1光年のβ星B寄りに浮島と呼ばれる固定ブイAを設置し、そっから0.3光年の距離を置いて、同じくβ星B寄りに固定ブイBを設けているのよね。この二つのブイ間を超強硬度極細ファイバーで編み上げたケーブルでつなぎ、ケーブルカーのように岩戸要塞を移動させて海賊行為を行っているの。0.3光年の距離は磁場や燃料その他の関係で、ベタAB海峡でも一番、観光船等の通過頻度の高い場所らしいわね」
正確な事実を共有すべく、千加子は分かり易くこれから向かう敵情報を簡潔に述べる。
「さて、岩戸要塞と言われるだけあって、岩戸前に舞台のようなエリアが設けられているらしいんだけど、小型飛行艇の離着陸とパーキングエリアだろうね。せっかく恰好な舞台があるんで、ヤーポンでやったように、私がブルルン踊りで、まず砦内の敵兵士をおびき出そうか」
ジュニアが操縦席に移るのを待って、千加子が助手席から皆を見回し、得意戦略を提案する。
「エー! また、チーちゃんの裸踊りを見さされちゃうの?」
後部座席から優一がいつものチャチャを入れて、不満を表明する。
「これ、ユウ殿。人聞きの悪いことを言うでない。新作の、戦略モダンセクシーダンスと言ってほしいわね。そもそもソチは、情報担当士官であるぞよ。情報担当は情報を集めるだけではなく、集めた情報を分析し、それらを前提にどのような戦略を立てるのがベストであるのかを探究。この三つを含む任務であるのじゃ。ボンド中佐の働きを見ればわかるであろう」
「でも、それとチーちゃんの裸踊り。いったいどう関係するんだよ」
「あー! 嘆かわしい。二つの方面で関係するのがどうして分からんのじゃ。まず一つ目は、本当は私も知りたくもないが、作者の行動パターンとの関係。既にこの星雲ジャスティス3姫伝説シリーズも12話目に入っていて、我々登場人物も二流と三流の間レベルに位置する作者の行動パターンくらいは読み切らねばどうするのじゃ」
「へッ! 一体どんな?」
「1話から3話目まではテラス姫をメインに持ってきての、どちらかといえば少し硬めの真面目ストーリーであったじゃろう。これは4話から6話目までの復讐のソード編にも言えることでありんす。で、7話から9話目までと10話から12話目まではどの方向で行こうと考えておると思うのじゃ」
「なるほど、分かり申した。読者の受けを取ろうと、チーちゃんの裸をメインに押し出して、セクシーお色気路線ということでござるな」
「そう、分かれば宜しい。あと一つの方面は、ブルルン踊りで砦内の海賊どもをおびき出して、どのような構成のヤカラがおるかを見るために必要なのじゃ。古来から海賊というのはハミ出し者の集まりで、悪人のるつぼじゃからして、各人の個性を掴んでおかねば思わぬ不覚を取ってしまう。かのコロンブスも海賊の親玉もどきであったと言われているほどなのじゃからして、あんなのが出てきたら勝てる戦闘もひっくり返ってしまいかねない。さよう、油断大敵なのじゃよ」
千加子は愚弟優一を鍛え上げるべく熱弁をふるうが、その説明はさして説得力があるように思えず、残りのメンバーたちは姉弟の会話が遠い彼方からの子守歌に聞こえているのか、いつの間にかスヤスヤと心地よい眠りの世界に引き込まれてしまっていた。さすがに四時間後には、倉田姉弟も心地よいシートと船内のコンフォタブル・エアーシャワーに包まれ、口を開けて惰眠を貪っていたが、
「あー! 緊急事態発生! 司令官、緊急事態です!」
ジュニアの悲鳴にも似た叫び声で、五人ともリクライニングシートから飛び起きてしまった。超豪華大型宇宙観光艇が、明らかに操舵を奪われた頼りない動きで、β星A付近から船首高度を下に向けてゆっくりとこちらに、まるで海底に沈みこむ戦艦大和さながら近づいて来るではないか。この緊急事態に、真っ先に行動に出たのは千加子で、
「竜児隊長! 操縦をジュニアと代わってアクロバット飛行の準備! のぞみ大尉! 右舷レーザー砲で、観光艇右舷に張り付く強力電流発生ラバー弾をピンポイントで破壊! のり子中尉! スワローバードをバリアー10でシールド! ユウはこの大型観光艇の船籍および乗員数その他の情報を直ちに報告!」
クルーにまるで緊急マニュアルを読み上げるように、千加子は迷いなく淀みなく命令を発する。
「司令官! 船名はグレイシャス号で、宇宙最大の観光船です。総トン数は52万トン。乗組員を含め、乗員総数は3万2千845名。船籍はリベリー国で、連邦軍との条約締結国です。フェニアンとアースへの観光目的が、連邦軍提出ボイッジ・リストに記されています」
優一より先に、ジュニアが自己のデータファイルから必要な情報を絞り出し、司令官に伝える。
「何と愚かな! 欲を出しすぎ、あまりの大物を狙ってしまい、補足不能事態に陥ってしまったのだ。その結果、観光船を奈落の底へ突き落して、全乗員の命まで奪ってしまう危険をもたらしてしまった。ちょっと注意すれば、ブラックホールの存在が分かったであろうに!」
千加子が海賊要塞を睨んで、忌々し気に吐き捨てた。宇宙最大の観光船を補足するにはパルス砲の威力がワンランク小さく、予想外落下を制御できないまま、ブラックホールへ吸い込まれてしまうのだ。
―――しかし不運が重なると、こんなことになってしまうのか……。
グレイシャスを引き寄せているブラックホールγ(がんま)ドロップは、宇宙の平均的ブラックホールの約2分1の質量しかないが、年間2件程度の観光船落ち込み事故が起こっていて、船長はその存在を軽く見てはいけなかった。また、パルス砲の威力は正確に値踏みしたものの、フレミングの左手の法則による力の下方圧力を計算に入れていなかったのだ。
「竜児隊長! 船底まで急降下して、逆軌道をスワロー上昇して! 船尾に打ち込まれた強力電流発生ラバー弾破壊に、もう一度挑戦してみるから!」
のぞみ大尉が絶叫に似た命令を竜児に発する。ダーツで鍛えた動体視力だが、最後に残ったラバー弾がグレイシャスの原子炉に近すぎて、レーザー破壊に躊躇してしまったのだ。
「あー! やっぱりダメ。危険が大きすぎる!」
レーザー砲の銃把を握ったまま、のぞみが千加子を振り向き無念の臍(ほぞ)を噛んだ。グレイシャスは逆噴射で必死に体勢を元に戻そうとするが、電流の流れと磁力線の作用で奈落の底への力に押され、ずるずると落ちて行ってしまう。
「みんな、ごめん! のぞみ大尉、レーザー砲で、正確に三基のパルス砲を破壊する準備をして!」
司令官として、千加子は最後の決断を下す決意をしたのだ。懸念を払しょくするためと、とっさに思い付いたヒントに僅かな望みを託し、のぞみにパルス砲破壊準備命令を発すると、
「竜児隊長。スワローバードをグレイシャスの船首に着け、私の合図で、全出力で牽引して。軌道角度は、γドロップ中心軸から5°左舷方向」
千加子は落ち着いた、静かな口調で竜児への命令を伝達したのだった。
「いかん! そんなことをしたら、君たち、いや君の命が……」
ギャラクシーの戦略室で、手に汗を握って戦闘場面を見つめていたボンドが、急に大声を上げた。彼は脱兎のごとくコックピットへ飛び込むと、艦長を押しのけ、自ら操縦桿を握ってギャラクシーをベタAB海峡、その先へゆっくりと沈み込むまるでタイタニック号さながらのグレイシャス。そして、その舳先に小さく張り付く点の様なスワローバードにワープ移動先を設定したのだった。
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