第10話 はくちょう座の攻防①アルビレオβ(ベータ)

独裁軍とこれに対抗する連邦軍。軍事力で圧倒的優位に立つ独裁軍に対し、連邦軍は常に守勢に立たされ、後手後手の対応を余儀なくされていた。今朝も連邦軍移動本部基地ともいえる、旗艦空母ギャラクシーでのブリーフィングは問題発生の報告から始まった。


「ペック提督、はくちょう座のアルビレオβ近辺で由々しき事態が発生しております」

 

情報担当ボンド中佐が9時キッカリに口を開き、宇宙を見渡すパノラマビューの戦略ゾーンで、ペック提督とハリス副提督に資料を手渡しブリーフィングの幕を開ける。


「由々しき事態とは、穏やかではないではないか。君と同じ中佐のとき、惑星アース勤務だったが、夏の夜空を美しく彩り天の川の流れに沿って優雅に飛ぶ―――北十字とも称されるはくちょう座。南十字星を仰いで思春期を過ごした私にとって、この南十字星を思い起こさす北十字はくちょう座。本当にどれほどの郷愁を癒してくれたことか」


ペック提督は少年のような瞳でしばし思い出を語っていたが、


「ところで、そのはくちょう座の目元にある二重星アルビレオ。全天で最も美しい二重星とさえ言われるゴールドとブルーの星の近くで、いったい何が起こっているというのかね」

 

急に口調を改めると、表情まで引き締めて、ペックはボンドに向き直った。天文学者志望だったこともあり、提督はさすがに天体に対する造詣が深く、黙っていると延々と講義口調が続いてしまい、矛先を収めるのにボンドはいつも苦労するのだった。


「提督には釈迦に説法で恐縮なんですが、本日出席の副提督がご存知ないかも知れないので敢えて申し上げますが、二重星には連星といって、二つの星が実際にはごく近距離にあって、共通重心を中心にぐるぐる回っているものと、望遠鏡では近くにあるように見えても現実には遠く離れている、見かけの二重星があるわけです。そしてアルビレオβはこの見かけの二重星であることが分かっていて、実際にもアルビレオβを構成するβ星Aとβ星Bの間は宇宙間交通のかなめとなっています。宇宙船の乗組員にベタAB海峡と呼ばれているのは、惑星アースにあってタンカーが頻繁に通るホルムズ海峡、そのホルムズ海峡に喩(たと)えてのことです」


熟年に差し掛かった美人副提督に、ボンドは慇懃に、少々大げさに頭を下げた。


「ボンド君。アルビレオβ近辺で由々しき事態が発生しているというのは、ベタAB海峡に関する問題なんだね」

 

せっかちな提督は、自ら本題を言い当て、自慢げにハリス副提督に笑いかける。


「ええ、おっしゃる通りです。アースではホルムズ海峡の封鎖がよく問題になりましたが、それを宇宙間でやってのけた無謀な連中が出現したわけで、まさに独裁軍の威を借る―――海賊もどきの独裁軍傀儡部族であります」

 

提督が天体の話題から離れてくれたことにボンドはほっとした。これで心置きなく本題に入って行ける。


「ところで、海賊もどきの独裁軍傀儡部族によって、具体的にはどんな被害が生じているのかね」


「ええ。当初は正に海賊もどきの形容そのもので、小型銃器を装備した高速中型海賊船による大型豪華観光客船への略奪。これが多発しまして、宇宙間観光による経済利益と人的交流による宇宙平和を図る連邦軍としては放置しえない事態がもたらされたわけです。そこで海賊掃討のために、超高速小型宇宙艇を配置し、海賊船撲滅に努めた次第です」


「ほう! かつてアースで行われた世界大戦の折に、英国へ物資を運ぶための商船。これを沈めるために使われたドイツのUボート。そして、このUボートから物資船を守るために駆逐艦が使われたようなものだな。歴史を紐解くと、示唆に富む解答が躍り上がって来て、ワクワクするではないか」

 

アースの歴史が好きで、特に戦国時代と近世の戦略ゲームにはまっている提督には、天体講義並みの得意場面の到来であったが、


「そういえば、海賊艇壊滅作戦の論功行賞。確か提督が副提督の折に、海賊掃討部隊の面々にお与えになりましたわね」

 

ハリス副提督がやんわりと割って入り、ボンドに目配せして長くなりそうな提督の話の収束を図ってくれる。


「あの論功行賞で海賊行為は終結したと思っていたのに、ボンド中佐、また新たな問題がベタAB海峡で起こっているということですか」


「そうです、副提督。今回はケチなギャング行為と異なり、β星Aとβ星B間の磁場を電磁誘導に使い、強力なパワーを生み出す武器発射の砦を造っての観光交通の邪魔だてであって、かつてのようなハエたたきでハエをたたき潰すようなわけにはいかないのであります」


「なんと! その通せんぼ砦に、独裁軍の関与があるというのかね」


「ええ。まず電磁誘導に関しては、お二人とも士官採用の物理の試験でご経験なさっていると思うのですが、磁力線と電流、それに力の三つにつながる問題であります。フレミングの右手、左手ないし右ねじの法則という言葉が出てくれば、ああ、なるほどあれかと思い出されるでしょう。磁力線はアースの南極から北極へ磁力線が出ていることから、β星A及びβ星Bからも出ていることは既に明らかであります。そして、この磁力線に交差するように電流を流せば、これらと直角に力が作用することがフレミングによって実験的に確かめられているわけで、X軸Y軸Z軸の三次元空間での三者の関係がテキストでよく説明されています」


「うん。三者の中で磁力線は明らかに分かるんだが、電流はどこから持ってくるのかね。これが入ってこなければ、力の発生は考えられないだろう」


「おっしゃる通りです。独裁軍傀儡アマテラス族―――取り敢えず新手(あらて)海賊をこう呼ばせて貰いますと、彼らは物資運搬宇宙船や豪華客船に強力電流発生ラバー弾を撃ち込むのです」


「なるほど、そういうことか。強力電流発生ラバー弾を撃ち込まれた宇宙船がベタAB海峡を通過すれば、通過方向によって真上か、真下に強い力が加えられ、宇宙船はそちらに誘導されてしまうというわけなんだな」

 

提督はしたり顔で手を打って、ハリス副提督に同意を求める。


「提督のヒントで、私にもよく分かりました。で、これら海賊行為に独裁軍の関与が認められるという根拠は?」


「ええ、副提督。誘導された宇宙船捕縛に、高度なパルス砲が関与していることが分析の結果わかりました。強力電流発生ラバー弾といい、高性能パルス砲といい、独裁軍の高度な科学技術提供チームによってもたらされたとしか考えられないのです」


「そうか、それは由々しき事態であるな。そんなことがベタAB海峡でまかり通ってしまえば、連邦軍諸国の観光収入が激減し、人的交流も阻害され、平和宇宙社会実現にそれこそ赤信号がともってしまうではないか。で、今朝のブリーフィングの目玉を聴かせて貰おうじゃないか。通常は私と二人だけのブリーフィングに、わざわざ副提督を招いた理由でもあると思うんだが」

 

さすがに狸オヤジだけあって、ボンドの腹の中は見透かされていたのだ。


「いえいえ、とんでもない。副提督の御尊顔を久し振りに拝したかったのと、先ほど副提督が仰(おっしゃ)った様に、もしこの作戦が成功した暁には、論功行賞は副提督が授与されることから予めお招きした次第なのです」


「ま、それはいい。それじゃ、本題の解決策というか、先ほどの独裁軍傀儡のアマテラス族とやらに当てる我が方の強い味方の人選を聴かせてくれないか。恒常的戦士不足の我が連邦軍にとって、頼もしい代理バトル戦士の人選は既に済んでいるんだろう。私はワクワクしているんだから」

 

意中の相手がいるような提督の仕草に、


「提督の頭の中ではすでに人選は済んでいるんですね」

 

副提督がボンドに苦笑いを向けた。このあたりは憎めないというか、提督には母性本能をくすぐる子供のような可愛さがあるのだ。


「うん、そうだよ、副提督。実はオーフュースの王家の血を継ぐ娘さん、というのは恐れ多いので、姫と呼ばしてもらうが、その姫の存在が明らかになったんだよ。しかも先のフェニアンの会戦で、独裁軍傀儡のロネをコテンパンにやっつけてくれたんだ。あのテラス姫の美貌といい、気品といい、発するオーラの素晴らしさといい、私は一目で彼女の大ファンになってしまったよ。ボンド君、代理バトル戦士は彼女以外に考えられんだろう」

 

やはりそう来たか。しかしボンドはこの案に乗るわけにはいかないのだ。我が娘テラスが危険な目に遭うのは、自分の身を切られるより辛いボンドであった。


「いや、提督。テラス姫へのミッションはいかがなものかと思われます。テミア王国の正統な後継者であり、しかも未だロネが逃亡中で、その追跡に多大のエネルギーを費やさねばならない状況下での依頼は、失礼でいささか無理を強いるもので、テミアとの関係悪化にもつながらないかと」

 

ボンドの口調は歯切れが悪い。提督の熱意を肌で感じるだけに、ボンドは冷や汗が出る。


「中佐。そのテラス姫への依頼以外に、あなたにはより適切なミッションの相手方がいるのですね」

 

有難いことに副提督が助け舟を出してくれる。このために、彼女を今朝のブリーフィングに招いたといっても過言でないのだ。


「ええ、仰る通りです、副提督。少々ズッコケで、我々にはセクシー過ぎて戸惑うところもありますが、課題処理能力は折り紙付きで、これまで何度も連邦軍が彼らに助けられています。先般も、入試イジクリ東大族という独裁軍傀儡の怪しげな連中を排除してくれたのも彼らでして、ごく最近のフェニアンの会戦で勝利を収めたのも、彼ら高校生たち作成のゲームシミュレーションに負うところが大でありました。しかもですね、〈アマテラス族〉の造った〈岩戸要塞〉で検索をかけると、彼ら作成のゲームが今回の代理バトルにピタッとはまるではありませんか」

 

ボンドは汗をかきながら、五人組にミッションを送る理由を必死に説明するのだった。 

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