第8話 実践ゲーマー五人組vs東大族②司令官千加子の戦略
ボンド中佐が頼みの綱とする―――連邦軍の極東支部長奥村智子が住む緑の惑星アースは、未知のウイルス・コロナに襲われ、海洋に囲まれた小さな国ヤーポンの観光事業と共に、高校生活も壊滅的打撃を受けつつあった。というのは、コロナ禍の混乱に乗じヤーポンを悪の枢軸下に置くことを目論む独裁軍は、官僚県ねつぞう村出身の東大族に命じ、入試制度イジクリと観光文化発展阻止の撹乱戦略を画策し、実行に着手したからだった。全宇宙の観光経済不活性化策によって宇宙間の人的交流が阻まれ、高校生を含む若者の未来まで打ち砕く意図が、ここに鮮明に打ち出されたのであった。
さてヤーポンの観光のメッカの一つ城崎温泉。そこに威風堂々の大江戸温泉物語が雅ゆたかに建っていて、この温泉ホテルを臨む桃島池のほとりに、二階建ての小ぢんまりとした、目立たないヤーポン極東基地の一つ奥村家が鎮座していた。
奥村家では終業式の終わった12月24日、高校生五人組がクリスマスイブを祝うべくダイニングにつどっていた。独裁軍傀儡部隊との戦闘はまだ知らされておらず、連邦軍内で少将の階級を持つ齢(よわい)89の奥村バアバのみが計画の全容を知っていた。これまでのバトル同様、少々ズッコケではあっても、実力が余すところなく発揮された彼らの勝利実績。これを考慮して、日々の生活をそっくりそのままに映す、場当たり的思考錯誤戦略を選んだのであった。
「センター試験に筆記解答導入を目論んだ試験制度改悪。レジスタンス仲間のマスコミ族が、作成業者選別の不正や採点過程での官民癒着を暴露してくれたおかげで、あっけなく中止に追いやられたのは痛快だったわね。でも筆記解答導入は名を変えた大学入学共通試験に受け継がれていくのであって、当局の意図は強固で覆しようがないのよ。結局、試験制度はイジクリこねくり、ごてドロの中身にされてしまうのだ」
高3で最年長の千加子が、紅茶を一口すすって、仲間を見回し溜め息を吐いた。ペック提督好みの超ボインだが、ゲーム世界と同様バレーボールの名アタッカーで、ウルトラサーブや弾丸スパイクで敵を苦しめる司令官の役回りだった。
「チーちゃん、せっかくのケーキが台無しじゃん。大学入学共通試験迫ってるんで落ち着かないのは分かるけど、高1の俺らは試験までまだ二年あるんだから焦(あせ)らさないでよ。ね、バアバ」
生クリームの白ひげを鼻の下に付けて、優一がバアバの隣から姉にクレーム。お気楽ユウ君はレジスタンス組織内で情報収集担当で、階級は中尉だった。ICチップ満載サッカーボール弾の10連キックを得意技としていて、現在、二十連キックの習得に励んでいる。
「まあ、まあ。千加子さんの意見も聞いたり、聞いたり。しんどい時期なんやから気分転換も必要やし」
89歳のバアバはリクライニングチェアから皆を見回し、おだやかスマイルでダイニングをホットに和ます。来たるべき戦闘に備え、今は緊張をほぐす役回りなのだ。
「筆記解答導入を目論む当局への不満は分かるけど、これまでのマークシート方式じゃ受験生の能力評価は一面的すぎるから、記述式導入方向もある程度致し方ないんじゃない」
この発言の主は優一の恋人・のぞみで、必殺ダーツ矢を放つスリム且つキュートの、ウルトラ・スーパー美人だった。階級は大尉で、千加子への反論から分かる様に知的レベルは侮れぬ高さで、千加子の問題提起に対してもチクリと反論を兼ねた正論を述べるのだった。
「これ、のぞみ殿。当局の試験問題イジクリには、もっともっと深い企みがあるのじゃ」
おっと千加子の武家言葉が飛び出すと、3姫伝説の主役の一人、そう彼女はテラス、ミーシャとともに主人公の位置を占めるヒロインであることからして、無視できない重みがあり―――武家言葉の出現は大抵の場面で、理解不能の敵が迫り来るシグナルなんですが、今回は戦闘にはまだ間があるようで、ちょっと【お待ち】場面でアリンス。で、取り敢えずは深い企みとやらの解説を皆で拝聴しましょうね。
さて千加子の調査によると、試験制度イジクリはノーベル賞と深いかかわりを持っているのであった。―――エッ! いきなり大風呂敷のノーベル賞! と無視を決め込む前に、ちょっとだけ聞いてあげましょうよ。
【そう、とってもためになる話だから】
千加子が精査した結果、ノーベル賞に関係する知能と一般の学業成績との相関に関し、以下の実証研究があるとのこと。つまり成績が良い人たちは、①IQ(知能指数)が高いか②創造性が高いか③達成動機が高いか、のいずれかであるとのこと。IQは知能の量、創造性は知能の質。達成動機はものごとを達成するぞ! という動機付けのことで、これは知能の量や質とは関係性が低い。つまり脳みそのキャパも小で、質も良くないのに、達成動機を高くすると成績があげられるのだ。しかもこの達成動機は八歳までの母親の育児態度でほぼ決まるという、精神分析学の創始者・フロイトの研究結果まであるのだ。
「車でいうと2000㏄と1000㏄のエンジンを同じ車に積んで競争させれば、問題なく2000が勝つでしょう。ところが1000にターボをつければ、2000に勝てる可能性が生まれるの。これが量と質の関係で、IQ高いとやっぱ凄いのよね。でも創造性が高いと知能の量が半分でも質で量に勝てるの。そしてこの二つは親に似るの。つまり遺伝規定性が高いのよ」
皆の理解と反応を見るため、千加子は再び紅茶をすすってカップをテーブルのソーサーに戻すと、一拍の間を置いて続けた。
「それからついでに言うとね、IQと創造性は相いれないみたいなの。つまり両方とも共に高い人って滅多にいないんだって。
そして最後に達成動機だけど、これは遺伝規定性がないの。親の育児態度で達成動機が決まるっていうフロイトの考えからは当然の結論よね」
「じゃ達成動機をもうちょっと分かり易く説明してよ。車の例だと50のゼロ半バイクのエンジンってことになるんだよね、量との比較では。でもどう考えても同じ車に50のエンジンじゃ、2000に勝てっこないんじゃない」
ケーキを口に運ぶ手を止め優一も興味を示す。
「それはウサギと亀の例で一目瞭然じゃん。ゴールへ真面目に到達しようって、怠けず休まず一生懸命だったから、亀さん、ウサギさんに勝てたんでしょ。達成動機が高かった亀さんが、走る能力が遥に優れたウサギさんに勝てた。これは達成動機が勝っていたからなのよ。つまり達成動機が知能の量や質を負かした、見事な例証なの」
「千加子さん、それとノーベル賞がどう関係するの?」
のぞみの無二の親友で、西田クリーニング店の看板娘のり子も飲みかけの紅茶を金縁花柄ソーサーに戻して興味を示す。布団ばさみを改良した高性能ブーメランを自在に操ることから、急きょ召集された丸ぽちゃ美人で、階級は優一と同じ中尉であった。
「うん。東大合格者は達成動機の高い人の比率が他大学に較べ群を抜いてるって、そんな調査結果が以前あったらしいの。IQも創造性も高くない人が結構入学していたのね。今もそうかもしれないけど、っていうより、今もそうだって私は確信してるけど」
自分を鼓舞するように、千加子は「うんうん」と大きく頷いて、皆を見回し続けた。
「でもね、いくら達成動機が高い亀さんでも、例えば本来の競争フィールド・競馬場で競わせたら、能力的に優れた名馬キタサンブラックには絶対、勝てっこないでしょ。つまりウサギと亀の例は、滅多に起こりえないことを引き合いにして、努力や真面目さが大切だよって、一般人の好きな〈汗水たらし〉の例証として、今も語り継がれているのよ」
確かに亀とサラブレッドの名馬では勝負にならないのは誰の目にも明らかで、反論のしようがない。
「それで結局、ノーベル賞との関係は?」
のり子の恋人で、七半(750cc)レッドホースを白バイさながら乗りこなす竜児ものり子に同調し、千加子に先を促す。彼の肩書は隊長で、階級は軍曹だった。レッドホースに跨り、赤い角兜マスクをつけて敵陣へ突入することから赤鬼隊長と呼ばれ、ロケット飛び後ろかかと蹴りが得意技だった。
「それはね、竜児クン。東大へ入学するまでのレベルでは達成動機で勝負できるけど、ノーベル賞のような高度な科学レベルでは達成動機では手に負えないってことなの。このことはノーベル賞の科学分野の受賞者の出身大学、これを見れば良く分かるでしょう」
千加子はもったいぶって少し間を置く。司令官として部下の理解度を見るのも、ホント、仕事の内で、結構疲れる作業なのだ。
「まず初代受賞は京大の湯川秀樹博士で、ノーベル物理学賞だったでしょう。その後も京大関係者が多数続いて東大関係者の受賞は稀だったの。入試レベルの偏差値では我が国トップを行く大学で、研究費や研究施設の点でも一番、本当にダントツで一番恵まれているのにね。確かに最近でこそ東大卒の受賞者は少しずつ出てるけど、長い間めっちゃ少なかったのよね。ノーベル医学賞だって、山中教授が受賞したのは記憶に新しいけど、出身大学は東大じゃなく神戸大だったでしょう。―――あ、そうそう。極々最近の化学賞、やっぱ東大じゃなく、京大卒の温厚なおじいちゃまだったわね」
「それじゃこれまでの試験制度改悪は、東大卒キャリア官僚の意を受けたもので、東大のレベルを上げるために東大に知能、特にノーベル賞受賞能力と関係が深い、創造性の高い者を採るための受験制度イジクリだって結論なの?」
「そう、そうなのじゃ! ユウ殿。そこもともようやくワラワの考えが理解できもうしたか。記述式こそIQや達成動機に較べ、創造性とより密接につながることから、キャリ官(キャリア官僚)が狙うのは正にそこなのじゃ!」
ちょっと極論すぎますが、そんな見解があるのも事実でして、特にこれまでのセンター試験改悪はIQや創造性を見るテストを忍ばせ、比率を増やしているとの指摘もあることはあったのです。この見解によれば、AO入試や帰国子女枠の拡大、それに記述式解答導入も当然、以上の延長線上にあるのであった。
「よし! 来た! 来たー! 連邦軍司令本部から戦闘態勢を敷けとの命令が届いたぞ。それ! 皆の者、油断めさるな。試験制度イジクリ東大族が、我らの行く手を遮るべく進軍して来よったぞ!」
【ホンマですか?】
でもそれが本当なら、とうとうヤーポンの高校生活の行方を左右する、独裁軍と連邦軍との代理バトルぼっ発場面の出現ですよね。千加子の独断と偏見が強すぎるように思いますが、お付き合いせねば紙面が先に進みませんので、奥村家でのクリスマス・イブの団欒から、
〈それ、ワープ!〉で、戦闘場面への空間移動を果たしましょうね。
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