第6話 復讐のソード③フェニアンの会戦

リゾート惑星フェニアンに到着してからのボンドは多忙を極めた。約一カ月後に控えた、連邦軍民主本会議に照準を合わせた戦略立案が急務であったのだ。


緑のアースと萌黄色のオーフュース、これに和みフェニアンを加えた宇宙の三大美惑星。その中でも特に高い評価を得ているのがフェニアンだが、恒星グレースを公転する自転軸が一日に23°~33°の範囲で四度移動するため、えも言えぬ四季が一日で味わえるからだった。原因はフェニアン地殻内マグマの規則的振動。一部有力地質学者の主張であるが、確かなことはまだ分かっていない。


「中佐。独裁軍が高台のバードヒルに毎日、人型攻撃ロボを一万体ずつ配置しております。既に十万体が並んでいますが、我が方は会議場とヒルの間に運河を掘っているだけでいいのでしょうか」

 

おしゃロボが小走りで、会議場八階の作戦本部へ毎度騒がしい伝令に駆けつける。サラム将軍の幼少時をコピーしたもので、身長はサラム1号の二分の一だった。


「そう騒がなくても良いから。実は戦略は練れていて、どれを選ぶかだけを腐心しているんだ」

 

ボンドはまだ本命の作戦計画を決めかねていて、取り敢えずはアースの古代ローマ時代の英雄で―――ガリア戦記を書いたカエサルに倣い、敵大軍を阻む障害物として運河を考えてみたのだ。敵司令官ロネとは既に戦時条約を結んであって、ある意味、精神は緊張気味だが、余裕が無くもなかった。というのは、軍事力で圧倒的優位に立つロネは勝利を微塵も疑っておらず、彼にとっては宇宙の三大美惑星の一つ、この珠玉フェニアンを無傷で独裁軍領にすることが最大の関心事で、それ以外での譲歩には鷹揚であった。


「このフェニアンを手に入れれば、あとはアースだけだ。何故か我が軍はアースに手こずっていて、それもド素人の高校生五人組に振り回されているようだ。だがボンドよ、間もなくワシが乗り込んで、近々緑のアースを我が領土にしてくれるわ」

 

ロネは条約批准の席で太った体をゆすり哄笑したが、フェニアンとアース占領の暁には独裁軍内での将軍の地位が約束されている。そんなロネの、負け戦など眼中にない驕った、不快極まりないボンドへの語り口調だった。


―――覚えていろ! マーヤの命を奪った報いは、必ず受けさせてやるぞ!

 

表面上は事務的処理を装いながら、ロネを見つめるボンドの心は、怒りで打ち震えていたのだった。


「中佐。我が方の作戦本部メンバーは、私と相棒を含め、三人だけなんですから、作戦内容とその決定を手伝わせてくださいよ。な、相棒」

 

八階の窓から運河を見下ろすボンドの背中に、おしゃロボ、と呼びかけるのは失礼なので、ジュニアと呼ぶようにしているが、そのジュニアがいらち気味に声をかけ、1号ロボに同意を求める。 


「ウーア!」

 

サラム1号、これもサラム将軍の容姿そのままであることから、親愛を込めサラムと呼ぶようにしているが、そのサラムがもどかし気に体をゆすり、ボンドに訴えかけようとするが言葉にならない。外形は若き日のサラム将軍そのまま、スマートでダンディーだが、組み込まれた知能は戦闘能力を除き八歳程度であった。戦闘能力のないジュニアが高い知能とIT技術までインストールされているのとは大違いだった。


「分かったよ、サラム」

 

ヤーポンでテラスを見て以来、サラム将軍の戦略回路が作動したのであろう、サラムは組み込まれたベストの戦略決定をボンドに執拗に訴えかけるのだった。プラスチック爆弾を体に張り付け、敵攻撃ロボに抱きついて自爆破壊。これだと、スクラップ寸前だった48万体余りの仲間も役立って、同数のキラー攻撃ロボを葬り去ることができるのだ。


「気持ちはありがたいが、それは最後の手段だ」

 

胸を叩き意思を通そうとするサラムを宥めながら、ボンドは将軍のマーヤへの忠誠心とその愛に目頭が熱くなる。最後の手段は既に決めてあって、敗戦処理の合意文書交換時のロネ暗殺だった。もちろんボンドも生きて帰れず、その場でロネをコピーしたキラーロボに殺されるか独裁軍兵士による殺害で生を閉じるであろう。命は惜しくはない。が、これではマーヤとの約束を果たせない。我が娘テラスを、命を懸けて守り抜かねばならないボンドだった。


「では、私の戦略を披露するから、君たちにも検討してもらおう」

 

高校生たちが考えた戦略シミュレーションを基にして、敵の敵としてまず考えたオーフュースのレジスタンス戦士。彼らを味方にして戦えないことは隊長ゲーリの説明でボンドはよく分かった。そこで敵の敵、すなわち味方として残された戦力はサラム型AIロボ48万体余りということになった。


「でもそれじゃ、五倍に戦力強化された敵キラーロボには勝てっこないじゃないですか」

 

無条件の戦闘では正にジュニアのいう通りで、それを危惧してサラムも自爆による敵破壊を主張しているのだ。しかしボンドはサラム型のAIロボを改良というか上手に知的能力を育て、抵抗軍ないしレジスタンス戦士として育成しようと考え始めていた。キラーロボは破壊以外に考えられず、そのことに何の躊躇(ためらい)もないが、サラム型は宇宙の有機生命体と十分共存できるものであり、一つの生命体として尊敬に値すると考えていたのだ。


「無条件なら勝てっこないが、ここでロネと結んだ条約が生きてくるんだよ」

 

フェニアンでの戦闘に持ち込めたことがボンドにとってどれほど大きかったことか。アースが戦場になっていれば、有利な条件を引き出すことは不可能であったろう。おまけにテラスを人質に取られる恐れもあったのだ。


「中佐、どんな条約内容だったんですか。詳しく教えて下さいよ」


「まずフェニアンを汚さないために重火器等、破壊力の大きな武器の使用は禁止、という条件を付けてきたんだ」

 

願ってもない条件に加え、格闘好きのロネはローマの剣闘士を模した拳闘での決着を提案してきた。運河上に幅100m、長さ1キロの競技場を作り、サラムとキラーロボの戦いを、各国要人に空中席から観覧させようというのだ。独裁軍による征服記念ショーにしたい意図が丸分かりであった。


「さっきも言ったように、サラムの五倍の強さを誇るキラーロボが相手じゃ勝負にならず、勝敗は明らかではないですか」


「いや、そうでもないんだ。よもや負けるとは思っていないんで、ロネは結構ハンデイをつけてきているんだ。それに強化重合金のキラーはサラムの二倍の比重なんだ。自爆は反対だが、抱き合って運河に飛び込めば、水中ではこっちが有利なんだ。だから拳闘ショーに付き合ってやろうと考えているんだ」

 

数々のシミュレーションを繰り返した結果、勝利確率が示す結果は敵提案の拳闘ショー選択。ボンドはほぼこの結論に至っていた。


「よし! これで行こう!」

 

二人の相棒に笑顔で結論を確認すると、ボンドは作戦室のパソコンからロネに応諾メールを送ったのだった。さあこれで、連邦軍民主会議10日前の、フェニアン歴1月20日。ローマの円形剣闘場ならぬ、広々とオープンな運河競技場での決着ショーが確定したのだった。


当日、1万3千のキラーロボをバードヒル側に待機させ、同数48万7千のAIロボ部隊が対峙し、若葉の薫る春の日差しの中で、戦闘開始のファンファーレがフェニアンの青空にとどろき渡った。ローマ時代の貴族の小観覧船を模した―――数十の日よけ付き空中観覧席が運河上空に浮かび、地上でも、高台に陣どった数えきれない観客が勝負に興じて、歓声と怒号が運河の四方八方に鳴り響いた。


素手だが、格闘の粋を極めた激しいバトルに観客達は引き込まれていたが、暑い夏の日差しが競技場を覆いつくす6時間後にはほぼ決着がついてしまった。キラーロボの姿が競技場から消えてしまったのだ。正確には、運河へ抱き合って飛び込んだものの、一体として浮かび上がってこないのだ。


「中佐、思い通りに行きましたね」

 

作戦室の窓から戦場を眺めるボンドに、ジュニアが駆け寄りVサインを送る。キラーロボ達は水中に設置された―――鋼鉄のトロール網に根こそぎ捕獲され、水上へ上がってこられないのだ。


「おのれ! ―――おい、お前達。レーザー砲を装着して、運河上の奴らを消し去ってしまえ!」

 

治まらないのはロネで、バードヒルに控えるキラーロボに大声で命令し形勢逆転を図ろうとするが、ルール違反に観客の激しい抗議が湧き起こり、ブーイングが競技場を埋め尽くす。


「撃て! 撃てー! 早く撃つのだ! ―――エッ! な、何だ? この歌は!」

 

大音量のロネの声を遮り、テミア国歌が観衆の口々から湧き上がってきたのだ。


♪ 我が星 オーフュース うるわし祖国 自由の王国 たたえよ平和 宇宙の誇り~ ♪


力強い歌声に合わせるかのように、サラム1号がゆっくりと、ひときわ高い灯火台の階段を一段一段上がってくる。彼が担ぐ右肩の黄金椅子には、純白の巫女装束を纏ったテラスが、フラッシュソードを抱いて凛(りん)と腰を下ろしていた。


「ワー! マーヤ様だ! マーヤ姫だー!」

 

人々が大声で口々に叫び出し、興奮のあまり泣き出す人の輪が次々に広がって行く。


「エッ! な、なぜ、マーヤがここにいるのだ!」


驚がくの表情を浮かべたのはロネで、空中観覧指令席の部下ともども凍って、動けなくなってしまった。


「どうやら間に合ったようだな」


連邦軍が用意した中型高速艇からゆっくりと最後に降りて、キワムは一人ほくそ笑んだ。連邦軍極東支部長と協議し、孫テラスのお目見え舞台を用意したのだが、マーヤが望む―――娘テラスの最高の初舞台になった。


「ワー! マーヤさまー!」


鳴りやまぬ観衆の叫びとテミア国歌の渦の中で、恭しくサラムがテラスをひときわ高い壇上に降ろすと、彼女はすらりとした長身を伸ばして、ゆっくりと天上に王家のソードを掲げ上げた。


「オー!」

 

恒星グレースからの光が、一直線にソードに降り注いだではないか! キラーロボにもはや出る幕はなく、サラムの兄弟たちに取り押さえられたが、


「エッ!」

 

いきなりフェニアン上空に、独裁軍の不気味な旗艦空母デスアームが出現した。


「あっ!」

 

デスアームの目と鼻の先に、頼もしいギャラクシーがワープ出現。まさに一触即発で、天上を見上げる観客は恐怖に顔が引きつってしまうが、


「おっと、ロネさんよ。今すぐデスアームの艦長を呼び出してもらおうか」

 

空中観覧席に潜り込んでいたレジスタンス隊長ゲーリの声が、とつぜん拡声器から流れ出る。混乱に紛れ三人の仲間と共にロネの首に鋭い短刀を突きつけたのだ。


「な、何だ! お前は!」


「何だ、じゃないだろ。お前さんが死ねば、デスアームに仕掛けた爆弾が破裂するのは、とっくに調査済みなんだよ」

 

ロネは独裁軍に対する保険というか、独裁軍から自分の身を守るためにイザという時に備え、爆弾を各所に仕掛けてあるのだ。


「用意周到だが、今回は裏目に出たな」

 

ゲーリの言葉が終わる前に、デスアームは突如視界から消え去ってしまった。


「このままで済むと思うな、覚えていろよ!」


アースの島国ヤーポン。そこに生息するチンピラやくざのような捨てゼリフを残し、ロネは頭から待機救急舟に飛び移って競技場からの逃走を図る。


「いいさ、放っておけ」

 

若い戦士の反対を押して、ゲーリはロネを逃げるに任せた。ボンドやマーヤ姫の子供たちの手を汚させるのは忍びなかった。どうせ独裁軍刺客に、宇宙の果てまで追い詰められる身なのだ。


「じゃあな、ボンド。後は頼んだぞ」

 

ゲーリは空中観覧席から、自分を見上げる作戦本部の親友に片目をつぶって不敵な笑みを送ったが、もしこの時、ロネを殺害していたなら、後に続くオーフュース内戦は阻止しえたかも知れなかったのだが……。


いや、歴史に〈たら、れば、しか〉は禁句なのだ。人知を超える冷徹な理(ことわり)に翻弄され、内戦に突き進む我が子テラスを見守るボンドの苦悩の日々は、終わりなく続くのだった。

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