第5話 復讐のソード②敵の敵を求めて
「ボンド君。君は情報収集と分析担当士官であって、現場指揮は畑違いじゃないかね。最後に就いた現場指揮はかなり以前だったように記憶しているが、大丈夫かね」
「ええ、大丈夫です。フェニアンが戦場となるこのバトルは、ヤーポンの高校生たち作成のゲームシミュレーション以外、勝利に結びつく戦略立案はほぼ不可能と言っていいでしょう。数えきれないリハーサルをくり返し、ゲームでの勝ちパターンを身に着けた私の他に、現場で指揮する適任者は見当たりません。・・・・・・本当は、もう少し時間が欲しかったんですが」
ボンドは今回の現場指揮に強いこだわりを見せ、提督の出す司令官候補リストのみならず、その他の自薦、他薦の個別候補も悉(ことごと)く自らの意思ではねのけたのだった。
「それでは君に全権を委ねるから、宇宙のパラダイスとでもいうべき珠玉フェニアンでの連邦軍民主会議の成功。これは何としても達成してくれたまえよ。頼んだぞ!」
ペック提督の声に送られ、ボンドは高速小型宇宙艇ハミングバードに飛び乗った。
―――最大の難題は、代理バトル相方の招集だな……。
50万体の人型攻撃ロボ。別名キラーロボとも呼ばれているが、これに対抗させる―――質・量ともに劣らない、自派側戦力が必要なのだ。高校生達のシミュレーションと同じく、近くに最大の敵、というか、敵の敵である味方がいる確率が高く、それをこちらサイドに引き入れるのが、やはり戦略的にはベストであろう。
後に述べるように、高校生達は数に勝る入試イジクリ東大族お雇い美人兵に、のぞみ大尉の案を入れ、夫を誘惑されたキャリア官僚妻達軍を咬ませたのだ。数の点でも、また夫を寝取られ怒りに燃える―――激しい嫉妬エネルギー。この質の点でも敵勢力と遜色はなかったのだった。
キラー王ロネとの戦いを決めた時、ボンドには当然、キャリア官僚妻達軍に匹敵する50万軍の目当ては頭の隅にあった。
「進路は天経138度、天緯26度。距離175万光年」
着座するや否や、ボンドは真っ先にハミングバードのナビシステムに音声指示を与える。赤経・赤緯を使わず、ボンドはバルカニアで使用されている空間座標変換の天経・天緯の入力を選ぶ。使い慣れていて、移動体が中心基準なので分かり易いのだ。
さあ、これで6時間後に、アンドロメダ星雲内の―――小恒星ジャステイスを巡る惑星オーフュースに到着する。光と競い合う光速移動と違って、空間ゆがみ利用の最新ワープ(航法)はスムーズで身体への負担も小さく、所要時間も短い。
―――あれから、19年が経ってしまったのか……。
マーヤへの愛を断ち切るべく、19年前、逃げるように去った萌黄色の惑星オーフュースが視界に入ってくる。中立を保っていたテミア王国も、現王ロネにより独裁軍傘下にある。当然、ハミングバードは王立空港には着陸出来ず、それどころか張り巡らされた監視レーザー網を一本一本掻い潜りながら、極北に近い連邦軍秘密基地に夜陰に紛れての潜入だった。
「懐かしいな、ボンド。我が国へ来るのは、……そうか、19年振りか。マーヤ様が我が国を出られたのが、19年前だからな。さあ、地下シェルターへ入ってくれ。その軽装に-30度じゃ、体が五分ともたないぞ」
ごうごうと唸り、星明かりさえ遮る嵐のような吹雪。その中を迎えてくれたのは、レジスタンス隊長ゲーリと僅か数名の部下達だけだった。ゲーリは十代から七十代の現在まで、筋金入りの反独裁軍レジスタンスで、ボンドとは年齢差はあるが、親友で同志だった。
「ロネが王位を奪ってからは、秘密警察を使った厳しい弾圧で抵抗運動はご覧の通りの衰えようで、特に抵抗の象徴サラム将軍が捕まってからは弱体の一途なんだ。マーヤ姫が我々戦士の希望の星だったんだが、惑星アースのヤーポンで殺害されたと知って、サラム将軍は絶望のあまり、獄中で自ら死を選んだんだ。彼はマーヤ姫に忠誠を誓っていたからね」
僅か三カ月に群生し国土を青々と覆うが、秋口には枯れてしまう低木樹コマ。そのコマを燃料に焚く暖炉を囲みながら、ボンドは無力感に打ちひしがれていた。自死を選んだサラム将軍に対し、自分は余りにもマーヤに申し訳なく恥ずかしい。50万体のキラー攻撃ロボに勝てる見込みなど、こんな自分に果たしてあるものか。
「マーヤ姫の訃報を知った国民は、国中を涙で埋め尽くし、先王ガリ様以上の長い喪に服したんだ」
最愛のマーヤの死も知らず、一体自分は何をしていたのだ。マーヤへの国民の愛を知れば知るほど、ボンドは益々無力感に打ちひしがれ自責の念に苛(さいな)まれるのだった。
「マーヤ様が生きていらっしゃれば、国民の大多数は立ち上がり彼女の元へ結集するだろうが、今はテミアの抵抗戦士をかき集めても、……精々5、6万人だろうな。しかもワシの様な高齢者が半数だよ。とても最新鋭のキラー攻撃ロボに対抗は出来んだろうな。さあ、長旅で疲れただろう。今夜はここで眠って、明日、旅人を装い首都ポリノへ偵察に出よう。実は、こんな話もあったんだ―――」
暖炉の灯かりに揺れる向かいのベッドから、ゲーリは半年前に首都ポリノで起こった事件をボンドに語ってくれたのだった。
事件は旧式の人型ロボット兵の反乱で、サラムの乱と呼ばれているものである。サラム将軍の卓抜した戦略能力と忠誠心を評価し、ロネが将軍の脳のその部分をコピーし、攻撃ロボのAIに埋め込んで製造したのだ。余程50万という数字が好きなのか、旧型の人型ロボも制作は50万体だった。
「その旧型ロボが、どうして反乱を起こしたんだ?」
「恐らく埋め込んだ忠誠心に、マーヤ姫への思いが消去されずに残っていたんだろうな。一部の攻撃ロボの制御が不能になり、ロネの言うことを聞かず、挙句は反独裁軍的行動をするまでになったんだ。・・・・・・ワシは、サラム将軍が意図的に脳にその様な痕跡を残し、マーヤ様の血を引く方が現れるときに備え、自ら死を選んだのではないかと考えたりもしているんだが。―――ま、これは老人の夢の夢の、そのまた夢の、儚い願望だな。忘れてくれ、ボンド」
ゲーリは知る由もないが、マーヤがオーフュースを離れる前にサラム将軍に伝えていたことがあった。それは、もし王家のソードを持つ娘が現れたら、彼女は私の血を引く子で、将軍はその子に仕えて下さい、との伝言だった。妊娠を知り、胎児が女児であることを知っていたマーヤの、まさにサラムへの遺言であったのだ。
獄中でマーヤの娘テラスの存在を知ったサラムは、自分を模した人型ロボのAIにテラスへの忠誠心を埋め込むべく、壮絶な死を選んだのだった。
(250万光年彼方のアース。そこに住むマーヤの子の存在を、将軍はどうして知ったのか……)。
暗号レターを受け取ってから、ボンドはありとあらゆる情報網を使って娘の消息を尋ねたのだ。ようやく知りえたヤーポン名はテラスだった。神主職を継ぐ神之道家の子供として育てられ、弟タケルがいて、二人は祖父キワムに鍛え上げられた武術の達人だった。
―――あのマーヤに瓜二つの娘は、私の子だったのだ。
以前、ヤニスからの報告動画で彼女を見たときは、特徴あるバルカニア人の耳を髪で隠していたので確証には至らなかったが、マーヤの暗号レターでボンドはテラスとの親子関係を確信したのだった。
もっともボンドは、テラスにマーヤの役割を継がせる気は毛頭なく、自分の命に代えても彼女を静かに見守り続ける決意だった。
翌日、ゲーリと共にみすぼらしい旅人のなりで、ぼろ切れのターバンを巻き風にマントをひるがえして、ボンドは整然と区画整理がなされた首都ポリノを歩く。凱旋門へ続く広い五十メートル幅の大通りから、ゲーリの案内で混雑した細い裏通りへ入ると、
「どうだい、お客さん。安くしとくぜ、今話題のサラムロボ1号だよ。ちょっとポンコツだけどな」
古道具屋の老店主が二人を値踏みし、にやりと笑った。所狭しと店内に積み上げられた金属ガラクタ。その中で異彩を放つのが、ヨレヨレだが磨けば光りそうな1号ロボだった。
「1ギリでいいよ。ついでにこれもオマケだ」
パン一切れの値段に、説明役のおしゃべり人型説明ロボまで付けるというのだ。
「貰おうか。釣りはいらないよ」
ボンドは5ギリ硬貨で代金を払い、駐車場裏に隠したハミングバードに急いで二体を積み込むと、超低空高速飛行でレジスタンス秘密基地へ運び込んだ。持参の高性能修理キットは最新鋭で、リカバリープラグにつなぐと、完了音がすぐ鳴り響き、二体は早速元に戻ったが、おしゃロボの騒がしさにボンドは呆れてしまった。
「ボンド中佐。私とサラム1号をセットでお買い上げになったのは正解です。スクラップ解体に回されずに済んで、今後は中佐のために一生懸命働きます。取り敢えず、惑星フェニアンへの途中、太陽系の第三惑星アースに寄るようセットしました」
騒がしいが処理能力は完ぺきで、ボンドが今後の予定チップをメモリーごと繋ぐと、おしゃロボは助手席に腰を下ろし操縦かんを握った。アースまで11時間の長旅なのだ。取り敢えずのご主人様を休ませようとの、彼なりの気配りだった。
「中佐、ヤーポンの神之道神社へ到着しました」
神社北西隅、大銀杏の根元にハミングバードは音もなく接地した。この間、サラム1号は後部座席で正座を保ったまま、一言の音声もなかった。
「やあ、中佐、ようこそ」
キワムの身長は160㎝余りでボンドとは30㎝も差があるが、武術の達人らしく背筋のピンと伸びた―――87歳になったとは思えぬキワムの出迎えに、ボンドは深々と頭を下げ、万感の思いで彼の手を握り締めた。涙を流したことのない彼の目が、うっすらと滲み、唇が震えていた。
「ジイジ、お客さん?」
高速小型艇が神社へ着陸したので、珍しがってタケルが母屋から顔を出すが、
「エッ!……」
思わず声を上げて、ボンドの顔を見上げた。耳の形が自分と違い、姉のそれと同じなのだ。顔もよく似ていた。
「ね、ね。姉上。姉上と同じ耳の形をした、背の高い男の人が高速飛行艇で到着したよ。ジイジと武道場へ入ったから、一緒に挨拶に行こう」
無邪気なタケルは姉の手を引いてボンドに会いに行こうとする。
「タケル! 私はお前の姉で、私たちはヤーポン人の姉弟なの! あんな男の人とは無関係なんだからね。忘れないで!」
テラスは怖い顔でタケルを睨みつけると、母屋へ入って、ぴしゃりと玄関戸を閉じてしまった。ハミングバードから降りたボンドを見て、すぐ自分の父親だと確信した。が、母マーヤを見殺しにして、今ごろ何をのこのことやって来たのよ! タケルと私の、お母さんを返して! 抑え難い感情が突然、激しく湧き上がって来て、テラスは素直にボンドを父と認められなかったのだ。
ハミングバードが神社境内を離陸するとき、後部座席で正座を保ったまま身じろぎもしなかったサラム1号が、テラスの顔が一瞬視界に収まると、「ウオー!」と大声を上げ、流すはずのない涙が特殊合金の頬に伝ったのだった。
「何だ、何だ! 一体どうしたと言うんだ相棒。本当に、脅かすなよ!」
おしゃロボの抗議は予想内だが、ボンドはとてつもない、全宇宙より重く愛しい―――何と形容してよいか、言葉も見つからない宝物に、全身がうち震えるのだった。
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