第5話 前座
ヴァーゴの言葉に、3人の視線が厳しいものになる。
それは単に敵というだけでなくて、変態であることも加味され、一層険しいものであった。
そんな私たちの間にマオーPがフォローに入る。
「まてまて、こいつは勇者召喚で呼び出されたのは間違いない。だが、即座に国王に追放されたのだ。敵にはならん」
「……追放? なんで……?」
「それはな、勇者召喚で手に入れた力が踊り子で、スキルが【歌う】と【踊る】と【女体化】だったからだ。どれも役に立たなそうだろう? だから追放されたのだ」
あれ? なんでマオーPは私の鑑定結果を知っているんだろう……と不思議に思っていた。
「敵じゃないのはわかったよ。でも、召喚で手に入る力って、本人の潜在的な願いが反映されるんじゃなかったっけ? それで【女体化】って、やっぱり変態じゃないDEATHか!」
敵でないことは信じてもらえたが、変態の部分は変わっていなかった。
私は、さらに彼のフォローを期待して、熱視線を送る。
「まあ、変態なのは仕方ないだろう。だが、勇者召喚で得られるスキルは非常に強力だと聞く。必ずや、こいつの歌と踊りは我らの野望の助けになるに違いない」
変態のフォローはなかった。
だが、それでも役に立つことは理解してもらえたようで、3人の冷たい視線が生暖かいものに変わっていた。
「わかったよ。とりあえず変態なのは気にしないでおくから安心して!」
「……わかった」
「ふふふ、困ったことがあったら、私に相談しなさいな。女の子のことなら何でも教えてあげるわ。そのカラダで」
3人とも、ひとまずは友好的になってくれたようで一安心だったが、それと同時にアクエリアスには絶対に相談してはいけないと本能が告げていた。
「それでは、時間もないからな。早速、一週間後のライブに向けてレッスンを開始するぞ!」
こうして、私たちは一週間、みっちりとライブに向けて歌と踊りのレッスンをした。
そうして迎えた一週間後のライブの日、私たちはドームの控室で出番を待っていた。
『ゾディアック48』のメンバーの視線が痛い。
マオーPのお陰で敵ではないと信じてもらえた一方、男でありながら、女になりたいという願望を持っている(そして、実際に女になった)変態だと思われているからだと推測できる。
私は前座なので、彼女たちより先にステージに上がることになるのだが、それだけが救いであった。
メインのライブは90分だが、前座である私はたったの15分である。
10分も経たないうちに、私の名前が呼ばれ、ステージに上がるように言われる。
私がステージに上がると、『ゾディアック48』目当てであろう観客が一斉に歓声を浴びせてきた。
少し緊張しながらも、私はあらかじめ打ち合わせた通り歌い踊る。
しかし、3分も経つ頃から、息が上がり始めて動きが鈍くなっていく。
そんな私の動きに合わせるかのように、歓声も小さくなっていく。
それは観客たちの白け具合を表しているようで悔しかったが、ステージの最中であるため、重くなる身体を必死に動かして歌い、踊っていた。
しかし、限界を迎えていた私の身体は徐々に精彩を欠いていき、15分の前座が終わるころには、まるでお通夜のような雰囲気になっていた。
私の方も、絶え絶えの息でお礼を言って、ふらつく足取りでステージの袖へと戻っていく。
入れ違いに入ってきた『ゾディアック48』がステージに上がった瞬間、先ほどまでの雰囲気が嘘のように会場全体が沸き立っていた。
絶対的な力の差を感じて、私は悔しさと情けなさで涙が溢れそうになるのを必死で堪えていた。
そんな惨めな私の背後から声を掛けられる。
「どうだ? 初めてのステージは」
「どうだもこうだもありませんよ……。本当に、情けないライブにしてしまって申し訳ありませんでした」
私は振り返って、声をかけてきたマオーPに頭を下げる。
「気にするな、と言っても無駄だろうけどな。この結果は最初から予想できていたことだ」
その言葉に私は激しい怒りを覚えていた。
「そんな、何でそんなこと……」
「お前の目指す高みを知ってもらうためだ。何が足りなくて、何を高めればいいか分からなければ、レッスンにも身が入らないだろう?」
「だからって、こんなさらし者にするような――」
「喝ッッッー! 分かっていないな。どんな高みにたどり着こうと、身に覚えのない理由で貶められることなど珍しくない。お前が感じているような屈辱など、この世界にいる限りは決して逃れられぬものだ。だからこそ、それを乗り越えるだけの強さを身に付けろ! そんな屈辱程度でしょげかえるような弱い人間になるな!」
彼の真剣なまなざしに、惨めだと自分を憐れんでいた自分が恥ずかしくなった。
「マオーP、私は……」
目に涙を浮かべながらも、必死で笑顔を作ろうとする。
「そうだ、それでいい。お前の力は人を笑顔にするものだろう? そんな人間が貶められた程度で、屈辱を与えられた程度でしょげかえるようでは、世界は獲れんぞ! 笑え、笑うのだ! 貶められる? 屈辱を与えられる? そんなくだらないもの
笑い飛ばしてしまえ! 笑えぬ者に人を笑顔にする力など無いと知れ!」
彼のあまりにひどい言い分に、私も思わず吹き出しそうになってしまった。
「ふん、まだぎこちないが、今日のところは……それでいいだろう。忘れるな。苦しくても、悲しくても、惨めでも、ライブ中は決して笑顔を絶やしてはならん」
「ふふっ、ありがとうございます」
「まあ、説教はこの辺にしておこうか。どうだ? 今日やってみて足りないところが分かっただろう? 歌も踊りも、それ自体は『ゾディアック48』に引けを取るものではなかった。最初の歓声は、お前の力によるものだ」
そう言って、彼は私の目を見据える。
「だが、圧倒的に基礎体力が足りぬ。まずはそれからだ!」
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