第2話 拾う魔王

城から追い出された僕は、土地勘もない街の中をふらふらと歩いていた。

そうして歩いていると、少しにぎやかな店の前で男の人に声をかけられた。


「あ、すみません。あなたの優雅な身のこなし。タダモノではないと思うのですが、もしよろしければ、お願いを聞いていただけないでしょうか?」


「えーと、どのようなことでしょうか?」


本来なら警戒すべきなのだろう。

しかし、今の僕は無一文である。

寝るところも無ければ、何かを食べることもできない状況である。

お願いを聞くことで、何とかできる可能性があるのなら、話を聞くくらいは良いだろうと考えていた。


「それがですね、今日のショーに出る踊り子の一人が急にこれなくなりまして、今、代役を探しているんです!」


「なるほど、確かに僕は勇者召喚で踊り子の力を授かりましたが……」


「なんですって?! 踊り子の力を勇者召喚で授かったって本当ですか?」


「はい、役に立たないと追い出されてしまいましたけど……」


「いやぁ、これは本当に運が良いな!」


そう言って、その男性は頭を下げる。


「お願いです! 是非ともショーに出ていただけませんか? 報酬は弾みますから!」


「どこまでお力になれるかわかりませんが、ご協力いたします」


「本当ですか! ありがとうございます!」


先立つものがなかったというのもあるが、彼の一生懸命なお願いに、僕は断ることができなかった。


男の人は時間まで僕に今日のショーの練習に付き合ってくれた。

そして、短い練習時間ではあったが、酒場のステージで大きなミスもなく踊ることができた。

もっとも、10人程度で踊るようなステージだったため、多少のミス程度であれば気にされなかっただろう。

男の人にとっても期待以上の結果だったようで、僕への報酬に色を付けてくれた。


ショーが終わり、僕が控室で休んでいると、ふと扉を叩く音が聞こえた。


「どうぞ」


そう言うと扉が開いて、見覚えのないアラフィフのイケオジが中に入ってきた。


「いやぁ、素晴らしいステージだったな! おっと、まずは自己紹介か! ワシはこういうものだ!」


そう言って、彼は名刺を取り出して僕に差し出した。

その名刺には「マオープロダクション プロデューサー兼代表取締役 マオーP(イマノ・マオー)」と書かれていた。


「プロダクション? プロデューサー?」


ファンタジー世界には似合わない単語に、僕は戸惑った。

しかし、僕の言葉を質問と受け取ったのか、滔々と説明をし始めた。


「ワシは観客として先ほどの踊りを見ていたのだよ。そして、粗削りながらも可能性を感じさせるステージにワシは確信した。お前こそ、ワシの野望を達成するために相応しい逸材だとな! どうだ、ワシと共に世界を獲ってみないか?」


「世界を……ですか?」


いきなり世界というビッグなキーワードの登場に、僕は言われていることの実感が全くわかなかった。


「そうだ、お前のステージは粗削りで未熟なところも多かった。だが、磨けば神をも魅了する才能を感じさせるものだと確信した! お前とならば、ワシが長年望んだ世界を手にするという願いを叶えられる。どうだ? ワシと共に世界を目指してみないか?!」


「うーん、そう言われても。突然の話なので呑み込めていないので……」


「そこまで気負う必要はない。ワシについてくれば、今後の生活については完全に保障しよう。それに加えて、成果に応じて給料も支払う。悪い話ではあるまい」


彼が言うように悪い話ではなかった。

もちろん、彼を信じることができるのであれば、という前提にはなるが……。


「うーん、マオーさんが信用できるかどうか……」


「くっくっく、まあよい。そうだな……。ワシもあと3,4日はここに滞在する予定だ。その間に決めてくれればよい。とりあえず、無一文では厳しかろう。当面の生活費としてこちらを使うがよい」


そう言って、彼は金貨の詰まった革袋を渡してきた。


「ええ、こんなに頂いても、もしお断りすることになったら……」


「気にする必要はない。お前のことは買っているからな。これは先行投資というヤツだ。それに……仮にお前が断ったとしても、それで終わりというわけではなかろう? 少しでも恩を売っておいても損ではあるまい。それにワシの目標を成し遂げるのは簡単なことではない。それなりの覚悟を持って臨んでもらう必要があるのだ」


彼の言葉には、明確に僕を尊重する意思が見え隠れしていた。

生活費をポンと出してくれたというだけでなく、その姿勢からも、彼を信用していいのではないかと思い始めていた。


「わかりました。私はマオーさんについていきます!」


「まてまて、焦って結果を出すものではないぞ。まあ、とりあえずは、信用されたとは受け取っておくとしよう。しかし繰り返すが、ワシの目指す道はとても険しいものとなる。そのことをよく考えた上で、答えを出せばよい。しばらくは、そのお金で生活には困らんだろう。この世界をよく見た上で、自分の道を決めればよい」


そう言って、彼は部屋から出ていった。

僕も今日のステージの報酬を受け取って、宿へと向かう。

彼のお陰で1か月ほどは生活に困ることはなさそうだが、僕は部屋を彼が街に滞在すると言っていた3日間だけ確保することにした。


それから3日間、僕は女性ものの服を買ったり、街の中を歩いて回って珍しい食べ物を買ったりと、この世界に召喚されてから初めて落ち着いた時間を過ごすことができた。


もちろん、マオーPの話のことは常に僕の頭の中をよぎっていた。

非常に困難な道であるのは間違いないだろう。

しかし、僕が長年思っていたスポットライトを浴びて、大勢の人たちから憧れられる存在となる可能性が示されたのである。

そんなチャンスが目の前に転がってきた状況で、僕に彼の提案を断るという選択肢はなかった。


そして3日後、街中を十分に見て回った僕は、宿を出て彼の元へと向かった。

彼は、僕の来訪を知っていたかのように、部屋に招き入れた。


「どうだ? 考えはまとまったかな?」


僕の表情から、答えはわかり切っているようだったが、僕の口から直接言わせることに意味があるという様子であった。


「はい、僕はマオーさんについていきます!」


「わかった、歓迎するぞ。だが、間違うなよ。ワシは魔王さんでも魔王様でもない。『マオーピー』だ! マオーと呼び捨てでも良いがな!」


謎のこだわりを見せる彼に僕は思わず圧倒されてしまう。


「ちなみに、Pというのはプロデューサーのことだぞ!」


どうでもいい情報が追加されてしまった。


「それならプロデューサーでもいいんじゃないですか? ちょっと長いですけど……」


「喝ッッッー! 分かっておらんな! あえて略すことでギョーカイのツウであることをアピールするんじゃよ。そんなことも分からんようでは世界は獲れんぞ!」


「わかりました、マオーP」


「よし、では、さっそく明日、ホームへと帰るぞ!」


こうして僕とマオーPは野望実現の第一歩を踏み出したのであった。

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