第13話 凛vs静香
静香の戦いようは、まさに無双と言うべきものだった。大人数を相手に全く怯むことなく立ち回り、気付けば床に何人もの男が倒れこんでいる。だが、死んでいる者は一人もいない。
組長の部下全員が床に倒れこんだ頃、ゆっくりとこの部屋の扉が開かれる。自然と部屋にいた俺たちの視線もそちらに引き寄せられ、扉から入ってくる巨漢を見た。
「来たか、檜山ちゃん」
「遅くなりました。外で荒くれの相手をしていたもので」
「構わん構わん」
部屋に入るなり、組長に向けて頭を下げたのは檜山凛だった。身長が高すぎて、部屋に入るときに少しかがんで入ってきている。
さっき会った時とは違い、彼のスーツはしわが多くなっている。言っている通り、外で喧嘩をしてきたのだろう。
「静香……やっぱこうなるか」
「凛……あんたとは戦いたくなかったけど」
静香と檜山はお互いに向かい合う。どうやら、本気でやり合うようだ。
俺はそれをボーっと見ていたが、男と女に身体能力の差があるとはいえ、能力を持っている静香の方が有利なのではないかと思う。
だが、その考えを裏切るかのように、檜山はその場から姿を消した。
「消えたっ!?」
俺の口からそんな言葉がこぼれた次の瞬間、部屋中に突風と衝撃が巻き起こる。
全く身構えていなかった俺は、その衝撃ですぐ後ろの壁に押し付けられた。体を打ったわけではないので痛くはないが、その直後に倒れていた男たちの体も吹っ飛んできたので、俺は慌てて回避した。
マジで危なかった。もしも倒れている人たちとぶつかっていたら、彼らの体は燃えていただろう。
俺は体勢を立て直し、空気が破裂するような音が響いてくる方を見る。そこでは、静香が檜山に一方的に殴られていた。
「静香!?」
「大丈夫か? 炭人くん」
「え、いや、まぁ……」
組長にそう声をかけられたが、それは俺のセリフだろう。さっきの突風で成人男性の体は容易く吹き飛ばされていた。だが、この老人は何ともなく椅子に座っている。体幹が強いとかそういうレベルではない。
それよりも、今は静香の方だ。完全に体勢を崩しているわけではなさそうだが、静香は攻撃に対して防御がお粗末になっている。あれでは、防戦一方になるどころか、近いうちに防御が突破されるだろう。
「てか、檜山のあの力は……?」
「あいつも被移植者だからな」
「え?」
被移植者というのは、ROのことだろう。確かに、檜山が今見せている力は超常的な物だ。そうでないと説明がつかない。
だが、檜山の力は静香や俺のように分かりやすいものではない。拳が振るわれるたびに突風と衝撃波が起こっているのは、一体どういう力なのだろうか。
「身体能力の、強化?」
「少し違うな。檜山ちゃんの力は、体から発される運動エネルギーの増加だ」
「運動、エネルギー?」
なんだろう、義務教育を終わらせていないので、全く聞いたことない単語だし、理解もできない。
視界も真っ白になるほど頭を回転させて考えていると、組長が運動エネルギーについて詳しく語り始めた。
「運動している物体が持つエネルギーのことだよ! 習わなかったのか!?」
「だって俺小四で家出してるし……」
「中学校も行ってないのか!?」
山を下りてきて初めてこの話をしたが、そんなに驚かれることだろうか? ヤクザや暴走族の人間なら学校に通っていない人間など多くいそうだが……。
組長は頭を抱えている。よほど驚いたのだろう。こんなに驚いているということは、ヤクザの教育水準は想像よりも高いみたいだ。
「……とりあえず、檜山の身体能力はあんな現象を起こせるほど高いわけじゃない。あれらは全部、能力の産物だ」
「ちょっと規格外すぎる気が……」
「お前が言うか」
それはそうだ。見た目だけなら、俺も規格外なのは間違いない。
だが、静香の能力も――詳細は知らないが――それなりに強いはずだ。普通、あそこまで押されるだろうかと疑問に思う。
そう思った次の瞬間、檜山の放った回し蹴りが、静香の左側頭部にクリーンヒットした。
「静香!?」
「あ、やっばこれ……」
その言葉を最後に、静香はその場に倒れた。檜山は天井を仰ぎながら息を吐いている。
檜山が来てから、あまりにもあっけなく静香がやられてしまった。この後、静香はどうなってしまうのだろう――俺がそう心配していると、檜山が壁際に立っている俺と組長の元にやって来る。
「組長、終わりました」
「よくやったぜー、檜山ちゃん」
「静香くらいなら何人来ても余裕ですよ」
俺は檜山のその言葉を大げさだと思ったが、静香を倒したあとの檜山は、息切れすらしていなかった。
俺は静香と檜山に交互に視線をやり、静香を助けに行くべきか迷う。自分の身を心配したい気持ちもあるし、静香を助けに行きたい気持ちもあるのだ。だが、俺には静香を助けられない。
この体で静香の体に触れれば、体を傷つけてしまう。俺はどうすればいいのだろうか?
あたふたとしていると、檜山が視線をこちらに向けてきた。
「で、こいつはどうしますか?」
「ひっ」
次は俺がやられるのだろうか。そう考えたら、めちゃくちゃ怖く感じてくる。
檜山も組長も、こちらを無言で見つめてくる。俺の発言を待っているのだろうが、俺は何も喋ることができなかった。
いや、喋る前に檜山が俺の視界の右側に吹っ飛ばされたのだ。
「原始人くんに触んな……!」
「おぉー、気を取り戻すんがはやいな」
見ると、静香はよろよろとした足で立ちあがっていた。綺麗だった黒いスーツもボロボロで、静香の体自体もボロボロだ。再生能力にも限界があるようで、今の静香は体を十分に回復出来ていない。
「いてぇ……静香、それ以上はお前の再生能力じゃ死んじまうぞ」
檜山は何事もなくスーツを払って立ちあがり、そんなことを口にした。俺も、静香は一回休んだ方が良いと思っている。だが、静香の檜山に向ける視線からは、降伏の意思は一切感じなかった。
なんで、ここまで必死になって喧嘩するんだろう? 俺には、静香がここまで頑張る理由が理解できなかった。
「うっさい! 絶対従わせてやる――」
静香は足から衝撃波を放ち、檜山に向けて急接近した。檜山はそれに反応できず、静香が腹に放った拳で怯んでいる。その瞬間、静香は檜山の首を鷲掴みし、近くにあった窓を開けた。
何をする気だ? そう思っていると、掴んでいる檜山の首を体ごと、静香は窓の外に投げ捨てた。
「おいおい、まじか――」
その言葉を最後に、檜山の声は掻き消えた。
あまりにも容赦なく投げ捨てていたので、さすがに声も出せなくなってしまう。だが、静香はまだ警戒を解いていないようだった。
「さすがに死んだんじゃ……」
「いや、あいつはこんなので死なないよ。私も行ってくる」
「おいおいおい!?」
静香が窓のレールに足をかけた。俺は慌てて止めようと思ったが、静香がそれを手で制止する。
「君は来ちゃダメ」
「いや、危ないって!」
「とにかく、ダメ」
「なんでだよ!」
ここまで止められる意味が分からない。この高さから落下して、静香もただで済むわけがないだろう。
それとも、そんなに俺のことが嫌いなのだろうか? そう考えて、俺は駆け寄る足が止まってしまう。
「……なんで」
「え?」
「そこまで俺が嫌いか! じゃあ、なんで山から連れてきた!?」
「いや、それは……」
静香は返答に迷っている。俺はそれを、嘘を吐こうとしている仕草だと感じた。
静香はよく嘘を吐く。あいつはそれを悟られないようにしているようだが、嘘を吐こうとすると右手で髪を触るので、丸分かりだった。
「……き、気まぐれだから! とにかく、来ちゃダメだよ」
そう言って、静香は窓から飛び降りた。
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