第8話 制御装置

 翌日、私はまたあの地下室にやってきた。

 原始人くんは思いのほか快く出迎えてくれて、今は私と向かい合っている。

「せっかく床や天井に耐火レンガ敷き詰めたのに……」

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 原始人くんの出した光を頼りに部屋を見渡すと、所々に液状化している耐火レンガが見て取れた。耐火レンガにも温度の限界はあるのだろう。そろそろ、もっと耐火性能のあるものを調達する必要がありそうだ。


 ――と、そんなことはどうでもいい。


 私はズボンのポケットから腕輪を取り出し、それを原始人くんに見せつけた。

「じゃじゃーん! これ、なんでしょー?」

「アクセサリー? 買ったのか?」

「違うわ! 制御装置だよ」

 確かに見た目はアクセサリーっぽいが、私が取り出したこれはれっきとした能力の制御装置だ。

 そう言っても原始人くんは理解していなさそうなので、私は詳しい説明をしようと言葉を続ける。

「私にも埋め込まれてるんだけどね、これはその腕輪バージョンなんだよ!」

「それがあると何ができるんだ?」

「ROの影響を抑え込むことができるんだよ!」

「ってことは、つまり……?」

 どうやら、原始人くんもこれの凄さを理解したらしい。作ったのは私ではないのだが、彼の反応を見てなぜか得意げな気持ちになってしまう。

「なんと、君の能力の影響を消すことができます!」

「うおオオー!」

「ちなみに日本軍から盗んできたよ!」

「死ぬ気か!?」

「嘘だよ嘘嘘!」

 実際は、他の組に依頼して作ってもらっただけだ。

 原始人くんも嬉しいのだろう。一週間以上も地下室で生活することを強いられたのだから。でもこれで、彼も自由に動くことができる。

 私は、原始人くんに腕輪を手渡そうとした。

「はい、つけてみて」

「待って待って。俺が持ったら溶けちゃったりしない?」

「大丈夫大丈夫。それ、半径二メートルの空間にあるROの影響を押さえるものだから。まあ、離れるにつれて効果は弱くなっちゃうけど」

「へぇー」

 彼は感嘆しながら、その腕輪を受け取った。腕輪が溶けることはなかったが、その代わりに彼の顔が暗く曇った。

 私は不思議に思い、彼に心配の声をかける。

「どうしたの?」

「……めっちゃくちゃ嫌な予感がする」

「どういうこと?」

 私は理解ができなかった。能力の影響が抑えられれば、彼の体が熱で侵されることは無くなるはずなのだ。私は首を傾げながら、はてなマークを浮かべる。

「そもそもさ、なんで俺はこの体で生きていられるんだよ?」

「あー、体真っ黒焦げだもんね」

「胸だって切り開かれたままだし、見るからに死人の体なんだぞ?」

「そんなこと言われたって……あ、再生能力とか?」

 私が傷を自在に再生できるように、彼も再生能力を持っているのかもしれない。

 ――再生と熱傷、その二つが絶妙なバランスをとっていることが、彼がまだ生きていられる理由ではないかと、私は仮説を立てた。

 もちろん、他の要因もあるかもしれないけど。

「熱で焼かれたあとからすぐさま再生してるって? 俺人間で良いのか?」

「見た目人間だから人間でしょ」

「はぁ……ま、そうだとして」

 彼はそう前置きをし、腕輪を私に返してきた。

 一応受け取ったが、なぜ返してきたのかと困惑してしまう。そんな私に、原始人くんはその理由を語ってきた。

「その腕輪を俺がつけたら、熱の影響は消えるよな?」

「粗悪品じゃない限りは」

「それと一緒に、多分再生能力も消えるよな」

「消えるね……あっ」

 彼の言葉の意図に、ようやく気付いた。

 熱の影響が消えるのはいい。熱で体が侵されなくなるし、彼を襲っている尋常じゃない熱さも消えるだろうから。だが、再生能力まで消えてしまったら、今の体の彼は、間違いなく死んでしまうだろう。

「死ぬじゃん」

「死ぬよ」

「これしまっとくね」

「そうして」

 再生能力の事を失念していた。これでは、腕輪がただの凶器である。

 結局、彼の体は今のままだ。私は今日の予定がなくなったので、彼とテキトーに最近の流行りの映画について話して過ごした。


 ◇


「篠原和彦様、どうぞお入りください」

「ああ」

 最近、高頻度でここにきている気がする。主に静香のせいだ。

 俺は一人の部下を後ろに、エレベーターを経由して最上階の部屋へと向かう。


 最上階へ到達すると、広々としたフロアがエレベーターの先にあった。正直、権威を示すのであればもっと派手に飾ってもいい気がするが、親父はそういうのには興味がないのだろう。

 俺はフロアを進み、一つの扉の前に立ってノックをした。

「親父、俺です」

「入れ」

 扉を開いて入ると、部屋の中心の立派な机で椅子に座っている親父がいた。

 ……親父の顔色はあまりよくない。だが、彼はそれに触れられることを嫌うので、気にせず質問を飛ばした。

「親父、なにかありましたか」

「日本軍の話は聞いたか?」

「はい。被移植者が何人か帰ってきたと」

「ああ。それよりもマズいことが起こった」

 親父がこんな声を出すのは初めてだ。よほど、耳に痛い情報なのだろう。

 俺は覚悟を決めて、その言葉を聞いた。

「日本軍が……ROの量産に成功したらしい」

「……は?」

 耳に痛いなんてレベルの情報じゃない。あまりにも絶望的だ。

 俺はそれが親父の言葉にも関わらず、そのことを信じられなかった。

「ど、どうやって!?」

「分からん。だが、信頼できる情報筋だ」

 親父がここまで言うということは、事実なのだろう。

 だが、想像することができない。俺たちだって研究してきたが、最終的に断念してしまった技術なのだ。

 俺は絶望のあまり、愚痴のような物までこぼしてしまう。

「今あるROもほぼ日本軍が保有しているんだぞ! 政府はなぜ研究を止めなかった!?」

「止められなかったんだろう。天皇の指示でもなければ無理だ」

「クソッ、なにか打てる手は……」

 ROを作るにはレディオーアという原石が必要だが、これはなぜか日本各地の洞窟で採取することができる。一番の策はそのレディオーアの採取を妨害することだが、それで日本軍の敵意が組に向けば、一月で獅子堂会は壊滅してしまうだろう。

 対抗策が必要だ。政治でも戦力でも、とれる手段は全てとる必要がある。

「親父、全国の組と手を組みましょう」

「なに……?」

 親父の眼光が鋭くなる。分かっている、これは諸刃の剣だ。

 だが、ROの量産だけはどんな手を使ってでも止めなければならない。もちろん、リスクヘッジは全力でする必要があるだろうが、俺は親父の力があれば成し遂げられると信じている。

「今の日本は異常だ。特に日本軍は、このままじゃあ負けるまで戦争をやめない。国民の間にもそういう空気が流れている」

「……」

 俺はその空気を異常だと思った。だから、親父の元についたのだ。

 だが、この提案は自分のためだけではない。組のため、親父のために、そんな空気を払拭する必要がある。

「日本軍とのいざこざに乗じて、うちを潰そうとするやつらも現れるぞ?」

「分かってる」

「そもそも協力するかすら分からん。特に関西のやつらはな」

「ああ、承知しています」

 全ての組と手を組めれば、かなり手数が増える。そうすれば、日本軍とタメを張ることも夢じゃない。苦労する価値はかなりあると俺は思っている。

「一応、手を組んで何をするか聞いていいか?」

「ROの量産に関する設備や資料を片っ端から潰す」

「ふぅ……」

 親父が机に俯いた。断られたらそれはそれで別の手を考えるつもりだが、極道として最も成功する可能性が高いのはこの方法だろう。

 少しの間を置いて、親父が顔を上げて口を開いた。

「そうしよう。すぐにでも直参の連中を招集する」

「ありがとうございます!」

 日本が狂い始めた七十年前。

 それ以来、世界中のどの国も日本を止めることはできていない。もし止められるとしたら、同じ日本国民である俺たちだけだ。


 俺たち極道にとって最大の戦いが今、始まる。

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