第7話 お手上げ

 原始人くんが事務所に来てからは大変だった。

 第一に、エアコンがぶっ壊れる事態が発生した。熱気のせいで暑すぎるのでクーラーをつけようとしたが、その熱気で壊れてしまったのだろう。

 私の部下たちも熱さで苦しんでいるので、さすがに熱気の主に抗議した。

「ちょっと! エアコン弁償してよ!」

「知るかよ! 連れてきたのお前らだろ!?」


 第二に、事務所の床や壁が溶けた。もちろん、それも彼から出る熱気のせいである。

 これだけは放置しているとマズいので、私は急遽耐火レンガでできた部屋を作り、原始人くんにはそこで生活してもらうようにした。

 布団なども用意してあげたかったが、当然布団も彼の体に近付くと燃えてしまう。結果的にレンガの上で寝てもらうようにお願いしたが、彼は不満そうに愚痴をこぼしていた。

「いいけどさ……山で暮らしてて慣れてるからいいけどさ、 俺の文化的な生活は?」

「それはごめん。諦めて」


 第三に、彼が私に「一発殴らせろ」と迫ってくる。

 控えめに言って死ぬ。私の再生能力にも限界はある。

 お腹なら助かる可能性が高いので「せめてお腹で……」とお願いしてみたが、彼はどうしても顔が殴りたいらしい。死ぬ。

「絶対にいつか責任をとってもらうからな」

「ほんと勘弁して……」


 こんな感じで、彼との生活は問題だらけだ。

 日本軍や他の組との喧嘩にも、彼の力はオーバーパワーすぎて参加させることができない。現状、私は彼を役立たせる方法がまったく分かっていなかった。

「おじさ~ん」

「なんですか、姐さん」

「どうすればいい? 原始人くんのこと」

 彼が事務所に来て一週間が経っているが、彼の力の活用方法は未だに分かっていない。

 とりあえず、今は耐火レンガの部屋で火力発電じみたことをさせているが、あんな超常的な力を持った彼をあんな風に扱うのは、ちょっと可哀そうだしもったいない。


 私はとても困っていたため、おじさんに助けを求めた。すると、おじさんは少し困ったような表情を浮かべて口を開いた。

「正直、あんな超戦力は手に余りますね」

「だよねー」

「傭兵として日本軍に貸し出して、戦争に使わせる方が有用かと思うのですが……」

「それは絶対ダメ」

「だとしたら……」

「だとしたら?」

 おじさんがこの前置きをするときは、私でも納得できるような方法を思いついた時だけだ。私は期待しながら、続くおじさんの言葉を待つ。

「あのガキを抑止力にしましょうか」

「……物騒過ぎない?」

 理解はできるが、納得はまったくできなかった。もしかしたら、おじさんは私よりもヤクザなのかもしれない。


 ◇


 今はヤクザ全盛の時代。大きなヤクザは獅子堂会だけではなく、私は毎日のように他所の組と喧嘩をしていた。

 私にはROで得た能力がある。そのおかげで、喧嘩で負けたことはほぼなかった。

「クソッ、女傑さえいなけりゃあ……」

「おじさん、そいつら店の外に捨てといて」

「了解です」

 私が言うと、おじさんは部下に命令して動き始めた。店の床で寝転がっている男の数は、十数人に及ぶだろう。普通なら気合を入れて対処しなければならない人数だが、私一人いれば百人くらいは余裕で相手にできる。

「今回襲われたのはスーパーか……」

 獅子堂会の組が管理している店はいくつも存在する。このスーパーもその1つで、ここが襲われたのも獅子堂会が管理しているのが原因だろう。

 壁際に座り込みながら、私は深くため息を吐く。最近、喧嘩の数が多い。私がいるからどうにかなっているが、おじさんたちだけで戦っていたら死人が出ている可能性がある。


 実際、私が参加していない喧嘩では何人も死人が出ているそうだ。

「姐さん、終わりました」

「オッケー」

 正直疲れてきた。本当なら、この後にもどっかの組へ殴り込みに行った方がいいが、そんな指示をする元気も出ない。

 もしかしたら、おじさんの提案を聞いた方がいいかも知れない。成功すれば死人は沢山出るだろうが、これから襲われる回数は格段に減るだろう。

「おじさん」

「なんですか?」

「あれを実行するとして、どんな課題がある?」

 まだ検討の段階だが、私はおじさんにそう質問してみる。それから少しだけ間を置いて、おじさんは指を何本か立てて口を開いた。

「簡単に上げると、どうやって人を集めるか、どうやって抗争に持っていくか、後は場所ですね」

「抗争の理由か……向こうの幹部何人か殺す?」

「それが一番簡単ですね」

 テキトーに言ってみたが、実際それが簡単なのは確かだろう。ただそれをやるとして、難しいのは人を集める方法だ。

 抗争にはルールもクソもないのが良いところだが、そのため人を一か所に集める方法は無いと言える。今のところは。

「どうやったら大人数の抗争に持ってけるかなー」

「面倒くさいので、あのガキ一人で他所の組の本部に突撃させてもいいんじゃないですか?」

「それめっちゃ楽!」

 まあ、原始人くんがやってくれるかという問題はあるが。

 とりあえず、やることは終わった。このままスーパーで駄弁っていても時間を無駄にするだけなので、私は事務所に戻ろうと立ち上がる。

「おじさん、戻るよ」

「了解です」

 色々考えてみたが、結局は原始人くんの意思次第なのだ。今の彼は一人でほとんどの組織を滅ぼせるレベルの力を有している。一番大事なのは、彼の敵意を獅子堂会に向けさせないことだ。

 私は、原始人くんに何がしたいのかを聞いてみることにした。


 事務所に戻った。時間はすでに二時を回っている。

 事務所の中には、机に向かって仕事をしている者もいれば、なぜか同僚と喧嘩している者もいる。私はそれらの横を通り過ぎ、地下室に繋がる階段へと向かった。

 階段を降りると、一枚の鉄の扉があった。何の変哲もないただの扉だが、絶対におかしい点が1つだけある。

「なんか赤くなってる……」

 鉄の扉の所々が、熱く赤くなっていた。私は頭を抱えそうになったが、事務所は何も被害を被っていないので、悪い予感が当たっていないことを期待してドアノブに手をかける。

 そしてドアノブに手をかけた瞬間、反射的に手を引っ込めてしまった。

「あっつぅ!?」

 ドアノブは赤くなっていないが、触ってみるとめちゃくちゃ熱かった。私は火傷しても再生能力で何とかなるが、これを部下たちに触らせるのは少しまずいだろう。

 あとで注意喚起しておこう。私はそう考えながら、根性でドアノブを捻って室内に入った。

「あちちち……原始人くん、いるー?」

「いるぞ」

 部屋の中は暗い。原始人くんがいると、照明もまともに使えないからだ。

 暗闇に向けて声をかけると、とても不機嫌そうな声が返ってくる。私が室内をキョロキョロしていると、部屋の中心で炎の光と一緒に彼が現れた。相変わらず、体は黒焦げのままである。

「あ、いた。どう? 少しはコントロールできるようになった?」

「色んな火が出せるようになったぞ」

「そっち方面のコントロールかぁ……」

 できれば熱気を制御する方向で頑張ってほしかったが、仕方ない。

 彼は手のひらを前に出すと、その手から炎を出し始めた。

「温度の調節、発火と消火の切り替え、あとは指向性も持たせられるようになった」

「なに、戦争でも行く気なの?」

「いや、お前を殴るため」

「死ぬからやめてね!?」

 思考がヤクザすぎる。

 私が彼の発言に困惑していると、彼は不思議そうに問いを投げかけてきた。

「じゃあ、なんで俺を山から攫ったんだよ」

「あぁー、それね」

 よく考えたら、ROの移植をしたってだけで、とくに目的は伝えていなかったことを思い出す。迷ったが、その目的は誰にも話すことはできない。

 私はテキトーに誤魔化しながら、嘘の目的を伝えることにした。

「戦力が欲しかったからだよ。最近日本軍の被移植者が国に帰ってきてるからね」

「俺は戦わないぞ」

「なんで!?」

「そもそもお前らの仲間になった覚えはないが!?」

 確かにその通りだ。よく考えたら、色々とごたごたしてたせいで盃を交わすのを忘れていた。

 私は慌てて、原始人くんへヤクザにならないか提案する。

「ねぇー! 仲間になってよ!」

「やだよ!」

「やりたいことでもあるの?」

「……ないけど」

 彼の肩をゆすって懇願してみたが、私の手が焼け落ちるばかりで説得することはできなかった。

 他にもいろいろ聞きたいことは

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る