第6話 熱気
さっき当てた音の爆弾は、全身に強烈な衝撃を与えたはずだ。
だが、立っている。目の前の男か女かも分からない、全身黒こげで胸も切り開かれた人物には、それはまったく効いてないように見える。
「……固いだけ? いや、だったらあの黒い炎はなに? ほんとになんなのこいつ」
とても生きていられるような体には見えない。生命維持もできていなさそうな上、痛みでショック死していてもおかしくない体だ。
あの炭人間は、ほんとうに人間なのだろうかと疑問になる。
「戦う前に、あんたがどこの誰なのか聞いても良い?」
「おいおい忘れたのかよ。まあ、名前名乗ったことなかったしなあ」
その口ぶりから、向こうは私を知っているという事実が判明する。
こんな奇抜な見た目の人間は知らないので、私は軽く困惑した。
「……ごめん、覚えてないや。喧嘩の時に出会ったのか知らないけど、相当弱かったんだね」
「あーっ! お前らひょっとしてヤクザか! よかったー!」
「よかった……? なにが?」
「どんだけボコボコにしても咎められないじゃん!」
炭人間がこちらに向かって走ってきたので、私は迷わず音の爆弾を投げつける。それはまたも相手にヒットしたが、走る姿がよろけることすらなかった。
「マジかっ……!」
「とりあえず――一発殴らせろ!」
次の音の爆弾の充填が終わる前に、炭人間は私に殴りかかってきた。明らかに顔を狙ったその攻撃を首をひねって回避し、私は何歩か後ろに下がる。
パンチが当たらなかったことに安心していると、炭人間の拳が通った右側の頬から、強烈な痛みを感じた。
「あっつ……え、溶けてる?」
皮膚が溶けている。
溶けているのは皮膚のごく一部だが、そこを拭った私の手には、血と皮膚の混じったような液体があった。
「パンチは躱したはず……てことは、あいつの周囲の熱気だけで?」
だとしたら、この部屋の異常な温度もこの炭人間のせいだろう。
さっきのパンチをもろに食らえば、即死するかもしれない。私は、目の前の炭人間をどう倒せばいいか迷っていた。
「お前のせいで……俺の体はこんなになっちまった」
「私……? まったく身に覚えがないんだけど?」
「今も体中が熱いんだよ。内臓の内側から皮膚の外側まで、常に全身くまなく炎であぶられてる気分だ」
「へー、まったく興味ないや」
「だからよぉ、死ぬ前に一発殴らせろ!」
炭人間がまた殴りかかってくる。私はそのパンチをかがんで回避し、一瞬で背後に回り込んだ。
「やなこった!」
そして、炭人間のがら空きの背後から、首元に向けて回し蹴りを入れた。
「あっつ!」
だが、ダメージを食らったのは私の方だった。炭人間は一切よろけず、私の足が熱でドロドロになってしまった。
すぐに能力で再生させたが、ここまでやりあっても一切の勝ち筋が見つからない。室内の温度も相まってか、私は目の前がクラクラとし始めていた。
「そこまでだ!」
どんな攻撃も通じない。それどころか、攻撃するとこっちがダメージを負う。そんな敵を前にして絶望しかけていた私に、突然会長の声が飛んできた。
私と炭人間が声のした方を向くと、いつの間にか護衛していた部下たちの前に出ている会長が目に入る。私は、どんなことを言われるのかをドキドキしながら待っていた。
「静香、そこの人間、見覚えはないのか?」
「あり、ません……」
「体から出る黒い炎、黒焦げの体、そして、RO移植手術特有の開かれ方をした胸。ここまで言って、分からないか?」
「移植直後……まさか!」
そこまで聞かれてハッとすると共に、自分の馬鹿さ加減に落胆する。
だが、気付かないのも無理はないだろう。顔まで黒焦げになっているので人の判別はつかないし、何なら私は彼の顔をまともに見たことがなかったのだから。
「あんたまさか、山の!」
「今更かよ! マジで忘れてるとは思わなかったぞ!」
「そんな見た目で分かるわけ無いでしょう!?」
それが分かれば、彼の今までの言動に説明がつく。彼がここに連れてこられたのも、あんな体になっているのも、元をたどれば私が悪いのだから。復讐に燃えるのも理解できる。
「静香、罰はなかったことにしてやる。ROが無駄になっていなかったからな」
「感謝します!」
とりあえず、良かった。
あのままでは、私はほんとうに取り返しのつかない状況に陥っていた可能性がある。それに比べれば、一人の人間に恨まれることなど安いものだ。
私はあまりにも安心したので、その場で腰が抜けてしまい座り込んでしまった。
「はぁ~、良かった」
「なんかあったのか?」
「連れてきたアンタが、重要な資源を食いつぶして死んだ責任を取らされるところだったんだよ。良かった~」
「お前マジで殴ってやろうか……?」
余程お怒りの様子の元原始人は、座っている私を見て拳を握りしている。正直恨まれるのは慣れているので、私はそれよりも、彼に優先してほしいことがあった。
「そんなことよりさ」
「そんなこと!?」
「温度どうにかしてくれない? 多分、アンタのせいで今部屋の温度がめちゃくちゃ高いの。サウナもびっくりだよ」
「どうにか? 知らねーよ、やり方なんて」
「マジか……」
それを聞いて、少し心が殴られた気持ちになった。
元原始人の彼の近くは、近づきすぎると皮膚が溶けてしまうほどに熱い。その熱の影響なのか部屋全体も物凄い熱さになっており、ただの人間がこの部屋に長居するのは生命にかかわる。
彼が生きていたことは喜ばしいが、このままでは役に立つかどうか怪しい。
「静香、とりあえずそいつをお前の事務所に連れて帰れ」
「はぁ!? 私の事務所大変なことになるんですけど!」
「そいつの管理を出来るのはお前だけだ」
「そんな……」
こうして、半ば強制的に、私は原始人くんの管理を任されたのだった。
◇
ビルを出て、おじさんが用意してくれている車へ原始人くんを連れてきた。
真っ黒こげの人間を見たおじさんは、車の横でこっちをみたまま固まっている。私が目の前で手を振っても反応しない。
「おじさん? 大丈夫?」
「……あっ、ああ。姐さん、そいつは?」
「私が山で拾った子。ほら、おじさんのことをボロボロにした」
「うわっ、まじじゃん、あん時のおっさんじゃん!」
「えぇ……何でその体で生きてるんです? それにガキ、俺は
「静香のおじさん呼びはいいのかよ……分かったよ、虎岩のおっさん」
喧嘩に発展するか心配になったが、おじさんはそこまで好戦的じゃないので助かった。事務所に帰ったら、原始人くんの他人に対する態度を改めさせる必要がありそうだ。
「とりあえず帰ろう。おじさん、お願い」
「そいつも連れていくんですか?」
「そうだよ」
それを聞いたおじさんは、あからさまに嫌そうな顔をする。おじさんが感情を顔に出す事は珍しいので、私は笑ってその様子を見ていた。
ただ、原始人くんをこのまま車に乗せると大変なことになるので、私は原始人くんに向き直って口を開く。
「原始人くん、これだけはお願いしたいんだけど、なんとかその熱気抑えられない?」
「だから無理だって。むしろどうやるか教えてくれよ」
「呼吸でも止めてみたら?」
「死ぬわ!」
「死なないよ。ROを移植されると、常に体中にエネルギーが行き渡るようになるから」
「RO、ROって……都市伝説じゃなかったのかよ」
「いいから、やってみて」
原始人くんは嫌がりながらも、私に言われた通り呼吸を止めてくれた。すると、徐々にであるが周囲の温度が下がり始めた。
つまり、彼の呼吸だけで周囲の気温が変わっていたということだろう。どうかしている。
数分後、十分に周囲の気温が下がったあと、私は彼にもう一つお願いをしてみた。
「あと、体から出てる熱気はどうにかできない?」
「ぶはっ! それは絶対無理。さっきから俺も頑張ってるけど」
「あっつ!? もう、息吐くのやめて!」
「息吐かなきゃ喋れないだろ!」
その後、結局熱気を抑える術が見つからなかったので、おじさんには先に帰ってもらい、私は原始人くんを連れて歩いて事務所に帰った。
遠いのでかなり時間がかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます