第5話 復讐

 私はまた獅子堂会の本部を訪れていた。

 今いるのはこの前案内された部屋と同じ場所で、部屋の中には同じ人物が同じ並びで並んでいる。

 当然、前方には獅子堂会会長がいる。

「なぜ呼ばれたか分かるな、静香?」

 その言葉への返答に、私は口ごもった。

 会長からの圧もある。ここにきた緊張感も、理由としてある。だが、それ以上に心当たりがありすぎる。私は震えて今にも折れそうな足を、なんとか立たせるのに必死だった。

「答えられないのか?」

「い、いえ……」

 ようやく捻りだした声は、酷く裏返っていた。

 この部屋には、それを馬鹿にして笑うような人物もいない。むしろ、笑ってくれた方がマシだったまである。

「昨日のことだ。お前から山で拾った男を貰って、ROの移植手術を迅速に進めていた」

 ――やっぱり。

 昨日の今日でここに呼ばれた理由は知らされていないが、今の話で確信した。

 私は私の最悪の予想が当たり、全く嬉しくない気持ちになる。

「色々とテキトーな部下二人でな、今回の手術でも麻酔の量をミスったらしい」

 会長は、淡々と事のあらましを語っている。

 その喋り口調は穏やかだが、私は目も直視できない程に、今は会長が怖かった。

「問題は、ROを心臓に結合し終わってからだ。あの男の体から黒い炎が上がり、体を燃やし尽くしたらしい」

 その言葉で、椅子に座っていた8人からどよめきが上がる。

「ROは人体を蝕む。だが、問題なく運用できれば、移植した人物に超常的な力を与える。お前のようにな」

 段々と、会長の声に圧がこもる。だが、依然として態度は柔らかいままだ。

 顔を冷や汗が伝っていくのを感じながら、続く会長の言葉を待つ。

「あの男から上がった黒い炎は、ROが人体の細胞に反応して発生させる燃焼反応、つまり拒絶反応だ」

 私はすでに、この屋敷からどうやって逃げようかを思案していた。

 この部屋にいるのは、8つの組の組長とその付き人と会長のみなので、逃げようと思えば逃げられる。だが、今逃げてもあとで痛い目を見る。


 現状板挟みになっているこの状況に、薄く絶望を感じ始めていた。

「静香、あの男が耐性持ちなのは噓だったのか?」

「い、いえ! 私は、あの男が原石を運用しているところを確かに確認しました! 本当です!」

「だが現に、あの男は拒絶反応で燃え尽きた。この責任はどうとるつもりだ?」

 なんとか言い訳をしようとしたが、やはり通じない。

 責任など、とれるわけがない。ROの貴重さは私もよく分かっている。

「ROは原石じゃダメだ。六千度以上の熱の中で、大量の放射線を浴びせなければ、あれら原石はROへと変貌しない。これらはそう簡単に揃えられる条件じゃない」

 私は必死に考える。どうにか、責任を取れる方法はないかと。

 私は元々持っていた、この組織に対する義理も果たせていない。このままでは私の家族が酷い目に遭う。

「親父、俺に考えがあります」

「なんだ、和彦」

「ちょうど薬の被検体が必要だったんです。俺に使わせてください」

「静香の再生能力を利用しようってことだな?」

「ええ。代わりの武力ならいくらでも調達できます。こいつにできることはそのくらいです」

「ま、待て! それは……」

 ――それだけは!

 なんとか代替案を出そうと思ったが、言葉が出てこない。

 和彦は焦っている私に対して、冷めた視線を向けながら口を開いた。

「結局、こうなったな」

「――ッ!」

「お前に期待したことはなかったが、まさかここまで迷惑をかけられるとは思ってなかった」

「い、いくらでも鉄砲玉になる! 日本軍の本部にだって突撃してくる! だから――」

「それでどうする? 勝算の薄い戦いに身を投げて、負けたら無駄死に、勝っても政府と真っ向から対立するだけ。良いことはない」

「ッ、それは……」

「今の日本で必要なのは力じゃない、頭だ。お前にはそれがなさすぎる」

 言い返したいが、なにも思いつかない。

 ROの力も、制御装置で止められていて使うことができない。


 薬の被検体など、冗談じゃない。まして、ヤクザの薬など。

「では親父、それでいいですか?」

「仕方ないな」

 後ろの扉から、和彦の部下が何人も入ってくる。おそらく、私を捕まえるためだろう。

 抵抗したいが、今の私の身体能力は一般的な女性とほぼ変わらない。複数人の男に力で抵抗するのは無謀だ。

「待って、会長! どうか、どうか――」

「自分から責任の取り方を言い出せない奴はいらん」

「待って――」

 私はなんとか抵抗して見せるが、何人もの男に取り押さえられ、拘束されてしまった。


 ◇


 意識が覚醒した。


 それ自体にもとても驚いているが、もっと驚いているのは、体が見るも無残な状態で放置されていることだ。

 場所は手術室ではなく、壁や床がほこりで汚れている暗い部屋で、俺の体以外にも他人の骨やら肉やらが散乱している。

「俺……死んでないのか?」

 意識を失う前のことはよく覚えている。

 何かを心臓に移植され、その直後に全身が黒い炎で包まれたのだ。そこから先の記憶はない。

「体は……治ってない。てかめっちゃ痛い」

 これよりもひどい痛みを経験したため多少は慣れたが、問題は体の状態だ。

 俺の体は手術直後の状態で放置されており、胸は開かれたまま、体は丸焦げ。なんなら、今も体の一部が炎を発していた。

「はぁー、こんな体で蘇生してもなぁ……」

 俺の頭は嫌に冷静で、生き返った今でも「死んだ方がマシだった」と考えていた。

 騙され、攫われ、体をいじられ……順調に山で暮らせていたのに、静香のせいで全て台無し。俺は、ため息を吐く事しかできなかった。

「……いや、なんか腹立ってきたな」

 ふと考えてみると、静香に出会わなければこんな目に遭うこともなかったんだろう。

 あいつのせいで、俺の生活と俺の体はめちゃくちゃになったのだ。

「考えたら腹立ってきたな……」


 あいつのせいで。全て、静香のせいで。

 顔が良いとはいえ、何か事情があるとはいえ、許されていいことではない。

「あぁマジで腹立ってきた! 何かやり返さないと気が済まない!」


 日本の歴史において、復讐は倫理的、法律的にも良くないものとされてきた。だが、俺のこの体では長くは生きられない。すぐ死ぬ人間に、倫理だなんだというものが何か意味を与えられるだろうか?

「今までずっと倫理守って来たけど……」

 拾った漫画でよく見る、復讐に燃えるキャラの気持ちが今なら理解できる。

 俺は痛みを無視して体を起こし、その部屋の扉を蹴り破った。

「人生最後くらい、全部無視していいよなぁァァ――!?!?」


 ◇


「待って、会長! どうか、どうか――」

「自分から責任の取り方を言い出せない奴はいらん」

「待って――」

 和彦の部下に取り押さえられ、背中で手錠を嵌められた直後に「それ」は来た。


 部屋の温度が急激に上昇する。この部屋の全員が一瞬で汗だくになるほどの熱が、部屋全体を満たしている。

「なんだ、この暑さは!?」

「和彦、静香の制御装置は?」

「……ちゃんと動いてる。日本軍か?」


 手錠を嵌められたまま、私は困惑して部屋をキョロキョロする。

 まるでサウナのような暑さだ。とても長時間いられるような環境ではない。

「――近付いてるな」

「……チッ、静香の手錠を解かせろ、和彦」

「応戦させるのか、親父?」

「はやくしろ、こっちに来てるぞ」

 会長の命令で私の手錠が解かれる。制御装置も解除され、私はROの力を使うことができるようになった。

 私を拘束していた男たちは部屋の奥へと避難し、部屋の全員が会長を護ろうと彼の前に立ち塞がる。私はそんな彼らを背後に、扉の向こうからやってくる存在を待っていた。

「静香!」

「は、はい!」

「今から来るやつを始末できたら、罰は考え直してやる」

「……分かりました!」

 会長のその一言で気合が入る。私は体を身構え、扉がいつ破られても良い様に能力を手で充填させておく。


 部屋の温度がさらに上昇する。何滴目かも分からない汗が頬から落ちた瞬間、扉を黒い炎が包み込んだ。炎の向こうに人影を見た私は、その人影向けて、充填していた技を放った。

「吹っ飛べ――!」

 雑なアンダースローで放った音の爆弾は、衝撃波となってその人影に命中した。

 直撃だ。どれだけ丈夫な人間でも、鼓膜は破れ、脳は揺れて意識を保っていられない。私は勝利を確信したが、その人影が倒れることはなかった。

「これを……耐えた?」

「いてぇなあ! 静香ぁァァ!」

「マジでヤバいかも、これ」

 炎の向こうから声を上げて現れたのは、全身黒こげで、胸を切り開かれた人間(?)だった。

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