第4話 獅子堂会
ここに来ると、いつも胸が重くなる。
私は今、赤いカーペットが敷かれた、長い廊下で立っていた。その中でも一際目立つ巨大で煌びやかな扉の前で、大きく深呼吸をする。
「……よし、行くか」
扉を3回ノックし、扉の向こうからの返答を待つ。
嫌な緊張感が胸の内でうずまくその待ち時間は、いつまで経っても慣れない。
少しだけ待って、扉の向こうから男の声が返ってきた。
「入れ」
私は扉を開いて中に入り、腰を直角に曲げて頭を下げる。
「失礼します。花山静香、帰りました」
そう言ってから頭を上げると、広々として天井も高いその部屋の奥で、一人の人物が座っていた。
「よく帰ったな」
その人物は、確実に七十代は過ぎているだろう男だ。黒色を基調とした、金色が混じった豪華なスーツを身に着け、私の胸の高さまである白い椅子に深々と腰を下ろしている。
頭頂部には髪の毛は見られず、残った髪の毛も白髪がほとんどだ。だが、その男には年齢を感じさせない巨大な威圧感があった。
「もったいないお言葉です」
言葉を交わす度に緊張するが、決してそれを表には出さないようにする。なぜなら、この部屋にいるのはこの人物だけではないのだから。
部屋の左右を見ると、合計8つ豪華な椅子が並んでいる。その椅子に座っているのは全員が五十から六十の男か女で、8人全員がこちらを睨んでいた。
「そんな遠くにいないで、もっと近くに来なさい」
「はい」
私は言われた通り、部屋の奥へ向かって歩いていく。
一歩踏み出す度に、絨毯を踏みしめる感覚が全身に伝わってくる。それは彼に近付くたび強くなり、かなり近づいた辺りで、横から声がかかった。
「それ以上近付くなよ、静香」
「……」
「それ以上はお前の間合いだ。そこから動いたら撃つ」
ちょうど右側で座っている男が言うと、側に立っていた若い男が銃を構えた。私は足を止め、手を後ろで組む。
「和彦、制御装置を忘れたのか?」
「親父、それでもこいつは信用しちゃならねぇ。許してくれ」
「はぁ……好きにしろ」
その会話が終わると、目の前の老人は私の方を向いた。
その人物とは六メートルの距離があるはずなのに、その姿は人間を間近で見るよりもでかく見える。
「大体の報告は聞いた。静香、まずは一ヶ月前のあの件だが……」
――きた。
おそらく、私があの山で迷い込むことになった原因のことだろう。どんな処分が下されるのか、私は気が気でならない。
「日本軍の責任でもあるってことで、お互い痛み分けっつー話になった。損害は向こうの方がでかいだろうけどな」
ハッハッハと豪快に笑いながら、彼はそんなことを言う。それを聞いて、私は大きなため息が出そうなほど安堵した。ここに来るまで最も心配していたことだったから、それも相まって安心感がかなりでかい。
正直もう帰りたい気分だが、この話をこの長さで済ませたということは、もっと重要な話があるのだろう。笑い終わった彼は、再び無表情に戻って口を開いた。
「で、だ。お前が見つけてきたの、あれはなんだ?」
「山で暮らしていた男です」
「一人か?」
「そうです」
彼は「ほー」と感心したように声を漏らし、右手で顎をさする。
正直、あの原始人を彼がどう扱うのか、私には見当もつかない。だが、できれば――。
「耐性持ちなのは間違いないのか?」
「ROの原石を使っている姿を見たので、確かです」
「使えると思うか?」
――一ヶ月、あの男と暮らしてきた。
その期間で分かったことは、とにかくあの男は頑丈だということだ。人が食えば悶え苦しむような毒キノコも、彼は食料として使っていた。
これからいざこざが激化することは容易く予想できる。その時に、あの男は確実に役に立つ。
「はい」
私は自信を持ってそう答えた。
彼の視線が、私を見定めるように鋭く突き刺さる。つい目を逸らしてしまいそうになるが、決して怯まぬように、まばたきの回数も極限まで減らして、私は彼を見つめ返した。
少しの間をおいて、彼の表情は少しだけ優しくなった。
「いいだろう」
「ありがとうございます!」
「だが、ROは貴重だ。もしものことがあったら、分かってるな?」
「もちろんです」
私は、深々と頭を下げてその部屋から出ていった。
◇
「めっッッッちゃ――疲れたーぁ!」
「お疲れ様です、姐さん」
「おじさん! おつかれ~」
巨大なビルから出た先で待っていたのは、黒塗りの車を用意したおじさんだった。
私はタタタと駆け寄り、おじさんの肩を軽く叩く。
「姐さんなんて呼び名じゃなくていいのに~。私、年下だよ?」
「いえ、姐さんともなれば、もはや年齢は意味がありません」
「嬉しい、ありがと」
私は車の後部座席に乗り込む。おじさんは運転席に座り、シートベルトをしてハンドルを握る。
「とりあえず帰りますか?」
「そうして、お願い」
「分かりました」
発進する車の中で、通り過ぎていくビルを眺めていると、ここに初めて来た時のことを思い出す。そんな苦い思い出を紛らわすかのように、おじさんは私に話しかけてきた。
「獅子堂会長はお元気でしたか?」
「元気なんてもんじゃないねー、あれは」
「ハハハ、それは良かった」
指定暴力団、獅子堂会会長――
獅子堂会立ち上げからすでに何十年も経っているが、彼がその勢いを止めたことは一度もない。時代を読む力、人を従えるカリスマ性、そして部下の有能さからくる彼の組織の勢いは、ここ数年さらに増しているように思える。
「あの人不死身なんじゃないかな」
「だとしたら、いつか日本を統一しそうですね」
「日本軍と政府が対立してるこの国を? ……有り得そうなのが怖いね」
正直、今の日本がまともな国とは思えないので、会長に統一してほしい気持ちはある。
七十年前、敗戦していればよかったのにと思う日もなくはない。
「帰ったらどうしますか?」
「原始人くんは本部に預けてきたし……特にやることもないかな」
「俺たちの組は少し特殊ですもんね」
「私の力が上納金替わりだからね」
「じゃあ、姐さんは休んでてください。俺たちは仕事に戻ります」
「オッケー、今日は休むね」
その後もおじさんと適当に雑談し、我が家への帰路を楽しんだ。
◇
薄暗い意識の中で、俺は気絶する直前の静香の顔を思い出していた。しかし直後、ふと体中に違和感を覚える。
体中が痛い。それに、縛られている感覚がある。
「ROは用意できたか?」
「ここに。道具も揃ってます」
「よし、始めるか」
丁度目を覚ますと、俺の胸に銀色の刃物が入っていく光景が見えた。
その刃物を持っているのは二人の白衣の男達で、俺はその二人に見覚えがない。
「んンンー!?!?」
「うわ、起きた」
「あっちゃー、麻酔ミスったかも」
「ま、体は動いてないし良いだろ」
――良くねえ!
俺は全力で抵抗しようとするが、中途半端に麻酔が効いた結果なのか、意識はあっても、体を動かすことができない。口も塞がれている。
着々と目の前で俺の胸が切り開かれていく光景を、俺は強い恐怖と痛みを感じながら見ることしかできなかった。
「それにしても、本当に移植して良いんですかね?」
「移植中に話しかけるなよ、なんでだ?」
「いや、機器の数値はそいつが一般人だってことを示してるので……」
「……京極組の提供だ。俺は知らん」
こいつら正気か? 雑談しながら手術をしている2人を見て、俺は当事者ながらツッコミを入れたくなった。
俺の胸がある程度切り開かれたところで、手術をしている男の部下らしき人物が、ビー玉ほどの大きさの金属の球を取り出した。
「そろそろですか?」
「ああ、それを寄こしてくれ」
その金属の球の光沢は、見る角度によって毎回色が変わる。まるで、俺が静香に渡したナイフのように。
男はその球を俺の胸の中にそっと入れた。そこから先は俺には見えなかったが、どうやらどこかにその球を固定しているようだった。
「よし、あと少しだ」
「次はなんです?」
「制御装置だ。あるだろ?」
「あっ、受け取ってないです……」
「馬鹿野郎! はやく取って来い!」
「はっ、はい!」
部下らしき男は部屋から飛び出した。廊下からは、人の走る音がタッタッタと響いている。
足音が聞こえなくなると、俺を手術していた男は俺を見て呟いた。
「お前、よく手術の痛みに耐えられるよな」
「フンガフンガ」
「慣れたからな」そう言おうとしたが、口を閉ざされていて喋ることができない。
山から下りてきて初めて見る光景がこんな風景だとは思いもしなかった。
俺はこれからどうなるのだろうか。静香は、なぜ俺をだましたのか、そればかりが気になり始めた頃、俺は俺の胸が熱くなるのを感じた。
精神的にではなく、物理的に。
「んンッ!?」
「な、なんだ?」
寝そべっていても分かるほどの炎が、俺の心臓辺りから上がっている。
黒く、勢い良く燃えるその炎は、徐々に俺の体全体に広がっていく。
「んンーッッ!」
――熱い熱い熱い熱い熱い!
焚火のような熱さではない。鉄を溶かすような炎の、あと何段階も上の熱さの炎が俺の体を燃やし尽くす。
「これは……拒絶反応――」
体を黒い炎が包んで僅か一秒で
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