愁いを知らぬ鳥のうた

屋根を打つ雨の音が部屋中に響く。

庭に置いてあったガラス製の鳥は雨で砕かれた。

背中に大きな穴が開いて、空洞に雨水がたまっていく。


私はそれをただ、眺めていた。

ガラスが何度割れようと、あの鳥には穴のある悲しみが分からない。


「おはようございます、イレイン」


彼女はベッドから起き上がった後、ぼんやりとした表情で窓を見る。

遠くに見える山々は雲に覆われ、白く染まっている。


「今日は1日中、雨みたいです。

外に出るのは大変でしょうから、デリバリーを頼みましょう」


彼女の反応は薄い。

叩き割られた鳥をずっと眺めている。


私は水の入ったコップと錠剤を置いた。

命を繋ぎとめるための薬だが、イレインにとっては邪魔なものでしかない。。

彼女は「これ以上、生きていても仕方がない」とよくこぼしている。


あのガラスの鳥ですら、彼女の心を呼び起こさない。

彼女の瞳には何も映っていない。


「昨晩、バルリエ様からお荷物が届きました。ご覧になりますか?」


彼女は何も答えない。

私は一応、小さな小包をサイドテーブルの上に置いた。


バルリエはドラッグストアでバイトをしている傍ら、音楽家を目指している。

手当たり次第に作品を作っているが、何年やっても芽が出ない。

芸術の才能はほとんどないと言っていい。


長年勤めているドラッグストアで働けと何度言っても耳を貸さない。

その道を決して選ぼうとしない。

社会の波に抗うように、彼は音楽を作り続けている。

何に抗っているのだろう。彼女はここにいるのに。


「出ない良作より出る駄作とはよく言ったものですが……顔くらい見せてもいいでしょうに」


彼女の視線がゆっくりと荷物に移った。

少なくとも、朝食後に飲む薬より興味はあるようだ。


私は荷物の封を開けた。中身はCDとコンサートのチケットだ。

大都市のホールで開かれるようだ。


なるほど、確かに彼は成功を掴んだのかもしれない。

こうなるとは誰も思わなかった。


「チケット、破り捨てましょうか?」


彼女は何も答えなかった。

悲しみを知らない鳥は歌い続ける。穴のあいた体は涙で満たされる。

すでに聞いてほしい相手がいなかったとしても、知らないふりをして歌うのだ。

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