春風ひとつ、想いを揺らして


「カタシ、ハヤエ、カセニ♪ クリニ、タメル♪」


白いポンチョの少女、照子がけんけんぱとリズムを刻む。

地面に円を描き、片足でジャンプしながら飛び越えている。

もらったばかりのお古のサンダルをはいて、とんとんと遊びながら歩く。


ぽつぽつと街灯が立っており、時折車が走り去る。

人通りもまばらで、少女に気づくものはいない。


「サケテ、エヒア、シエヒ♪ ワレシ、コニケリ♪」


「……お前、喧嘩売ってんのか?」


額から角が生えた男が少し遠くから眺めていた。

百鬼夜行を避けるためのまじないをけんけんぱをしながら唱えられてはたまらない。

照子は男の方を見る。


「ありゃ、聞かれてしまいましたか。

そのつもりじゃなかったんです。私のお母っさんが好きでしたので、つい」


「なんだそりゃ、どういうことだ?」


「おや、知らないんですか? 昨年、私はその話を聞いてお母っさんに現場に連れて行ってもらったんです。超カッコよかったんですよ」


「何のことかさっぱり分からんのだが」


「演者の四人とその観客たちだけでは百鬼夜行と言えないでしょうね。

どこかを練り歩いていたわけでもありませんし。

でも、一度は行ってみるべきですよ。

エンターテーナーってのが何なのか、よく分かりますから」


「エンターテーナーねえ……」


「9月は命をかけた武道館でのライブです。楽しみです」


「それはよかったな」


鬼はあきれた様にため息をつく。少し肌寒い風が吹きはじめる。

もうすぐ雨が降り始める。


「名乗るのが遅れました。初めまして、鬼さん。てるてる坊主です。

みなさんからは照子と呼ばれておりました」


照子は頭を下げる。


軒先に吊るされて晴天を祈願してから早数年、家族のみんなから忘れ去られた。

一番上のお兄さんは都会に、二番目のお姉さんは地方に、両親は離れ離れ、みんなどこかに行ってしまった。春風に揺られて待っていたお花見は誰も参加しなかった。

そんなこんなで誰からも忘れ去られて早数年、いつの間にか、自由に動けるようになった。


家族から照子と呼ばれて可愛がられていたから、そう名乗っている。


体を手に入れてからは、子どもに紛れて遊んでいる。

夜はどこにいればいいのか分からないので、大きな道路に沿って適当に歩いていた。


「鬼さんがここらの頭ですか?」


「そうだな、俺が風紋組の頭領の梅雨だ」


その名を聞いて、照子は飛び跳ねた。

照子を見かねた妖怪たちが山の中にある神社を訪れるように勧めていた。

風紋という町を仕切る鬼の組長がとんでもない善人だからと、口をそろえていた。


「てるてる坊主がこのへんを歩いているから、助けてやってくれと。

あそこの家の子は悪い子じゃないんだって、何度も聞かされてなあ……」


「はい、そうなんです。みなさんから本当によくしてもらってたんです」

 

「ともかくだ、こんな夜遅くに出歩いてたら、何に会うか分からない。

一度、うちの神社に来ないか?」


「わあ、本当にいいんですか?

この体をもらってから、みなさんに本当によくしてもらってるんです。

いつかお返ししないといけませんね」


「まあ、ゆっくり考えればいいよ。時間は長いんだから」


夜空は分厚い雲に覆われ、雨がぽつぽつと降り始めた。

外に出るだけで雨が降るから、どこに行くにしても面倒だ。

照子のいう現場の話もよく分からないが、縁のない話だろう。

神社から一歩でも外に出れば雨が降るから、外出はとっくに諦めた。


照子はポンチョのフードをかぶる。

梅雨は持ってきた傘をさす。


「みなさんの言っていた通りです。あにさんが来ると雨が降り始めました」


「そう、どれだけ頑張っても絶対に雨が降るんだ」


少し昔なら、こんな雨でも仲間は集まってくれた。

何をするでもなく、町をぶらりと歩いているだけだ。


それを百鬼夜行とかなんとか言われていただけだ。


「案外、馬鹿なことやってんのは今も昔も変わらないのかもな」


「そういうものでしょうか?」


「そういうもんだよ」


「きっと大丈夫さ。そのうち晴れるよ」


「そうだといいんですけどねえ」


突風で煽られた雨粒が街灯にきらめいて、ぱらぱらと落ちていく。

照子が見上げた空の先は、わずかに明るかった。

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