第五話 発艦

 強い陽光の下、甲板の上では、脚立で固定された小さな黒板を使い、一人の航空兵が何やら説明をしている。誠二が言っていた、隊長だ。隊長に向かい合うように直立不動の航空兵達が並び、じっと視線を注ぎ聞き入っている。

 俺は腰をかがめながら後ろの航空兵達に忍び寄った。隊長は俺を発見すると「この事態に遅れるとは何事だ」とムッとした顔で怒鳴りつけた。こっぴどく怒られる予想に反し、すぐに何事もなかったかのように説明が再開された。

 攻撃目標となる米艦隊の空母までの距離、方角、交戦方針、注意事項、予定時刻などが伝えられ、短時間で説明は終了となった。航空兵達が船尾の方向に散っていく。

 目で航空兵達を追うと、甲板の上にわずかな隙間を開け戦闘機が並んでいる。深緑色のボディの側面に大きく日の丸が塗られたプロペラ式の戦闘機。白いツナギを着た整備兵の男達が翼、タイヤ、コックピット、プロペラを忙しそうに点検している。

「よお、高見沢。さっきは悪かったな。申し訳ない。やっぱり来ると思ったよ。ありがとう。やってやろうぜ」

誠二は、はにかんだ顔でそう言うと立ち去ってしまった。


 整備士が手を使い何かの合図を出すと航空兵が器用に翼をつたってコックピットに乗り込む。整備士がエンジンが始動しすると、大きな音を立て、次第にプロペラが周りだす。ゆっくり戦闘機は前進し滑走路の真ん中に進むと速度を上げ、あっという間に発艦していった。そのうちに誠二の戦闘機もゆっくりと加速をして飛び立っていった。

 整備士達は白い帽子を振り回しながら「頼んだぞ」、「撃滅してくれ」、「万歳」、「おー」と精一杯の声援を送っている。航空兵達も任せておけと言わんばかりに、敬礼やガッツポーズで応える。いつだったかサッカー日本代表の国際試合をスタジアムで見た時と同じような一体感を味わいながら、その様子を眺めていた。

 整備兵が俺の方に向かって必死に合図をしている。ついに俺の番が来たようだ。当たり前だが、戦闘機の操縦なんかわからない。急に体がこわばってきて頬や耳が熱くなる。整備は万全だ、整備士達の満足そうな顔がそう物語っているようだ。コックピットに乗ったところで仮想体験は終わりにならないだろうか。そうしたら、整備兵達を傷つけずに済む。

 結局流されるように乗りこむと、すぐにプロペラが周りだし勝手に戦闘機は前に進み出す。見送る整備兵に顔を見せる余裕はない。視線がメーターや機器の間を彷徨さまよう。このまま真っ直ぐ海へ落ちてしまうのだろうか。心臓の鼓動が強くなる。


 突如、操縦が手に取るようにわかる感覚が全身に湧き上がる。速度や燃料調整のレバー、操縦桿そうじゅうかん、足のペダルの使い方は既に体が覚えている。射撃のための照準器の見方も手慣れたもんだ。そういえば専門用語だらけの隊長の話を理解することができた。ここに来て、ようやくチートを発揮してきたのだ。


 滑走路の白線をなぞる速度が上がって行き、滑走路に描かれた日の丸を通過したかと思うと、すぐ目の前に広い海、地平線、空が迫ってくる。ふわっと宙に浮き徐々に海面が遠くなる。見下ろすと紺色の海原の中に空母がどんどん小さくなっていく。

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