カンビオン ーサキュバスの末裔ー

@io5h64yr0g

第1話


 ……シュイィィイイイイ ――


 浴室から機械音が響き渡る。


 ガスマスクを付けた全裸の女が、電動ノコギリで死体をバラバラに小分けにしている。

 その死体はさっきまで一緒に寝ていた男である。


 心を殺し、無心に…タダ淡々と…女は作業をこなす…


 あたりには大量の血が飛び散っており、まるでスプラッター映画のような凄惨な現場と化していた。

 異様な女は死体をある程度小分けにした後、軽い部位から浴槽に入れ、最後に胴体を重たそうに持ち上げ、浴槽内に落とし”ベチャ”と生々しい音が鳴る。

 しんどそうに体勢を整えた後、女は死体に向かって冷静に魔術を唱え始めた。右腕には魔術師を監視する生体リングをめている。ちなみにこの女は魔術師の資格を持っていない。

 浴槽の底には既に簡易魔法陣が描かれた布が敷かれている。

 唱え始めてから数分経つと死体は徐々にドロドロに溶解し、最終的には水と同じくらいサラサラな液体へと変化していった。

 このイカれた作業を手慣れているのか、女は長いゴム手をゆっくり履いて浴槽の栓を外し、男の細胞すべてを排水溝に流した。

 "コレで何人目だろうか…"と殺していた筈の心が一瞬ゆれ動いたが、無心を貫くようグッと堪える。

 その後、浴室内に飛び散っている男の血とその返り血を浴びた自分自身をガスマスクごと40℃ほどの温かいシャワーで洗い流す。

 浴槽内の液体が流れ切ろうとした時”ブくッ...ぶクっ”と排水溝が詰まっている音が気味悪く聞こえる。その音に気付き、女は面倒くさそうに再び長いゴム手を履き、シャワーを当てながら排水溝の髪の毛づまりを取り、すべてを流し切った。

 だが作業はまだ終わっていない。

 浴室内には溶かした遺体から放たれた強烈な腐敗臭がまだ残っている。だからといって換気扇を回すワケにはいかない。

 もし、このマンション周辺に異臭が漂い、気付かれでもしたら“”は終わってしまう。


 ガスマスクの呼吸音が静かに響き渡る。


―― スコォ...フゥゥ…スコォ…フゥゥ… ――


女は、くもった鏡に簡易魔法陣を描き、先程とは異なる魔術を唱え、腐敗臭を完全に除去し元の無臭の浴室に戻した。


 ――これでひと通りの作業は終わり…


 浴室から出た女はガスマスクを取り外し、全身をバスタオルで拭き取る。その女は幼い顔つきのサキュバスであり、腹部の下には淫紋が刻まれている。その淫紋は薄く発光しており、女は不安そうにその部分を擦る。

 着替え終わった後、気怠そうにスマホを手に取り、神妙な面持ちで、ある男に連絡をする。

「終わったよ」

「お疲れちゃん。痕跡こんせきは残してないよね?」

「これで何回目だと思ってるの?」

 女は毎回同じ連絡のやりとりに飽き飽きし、反抗的に質問で言い返す。

「いやぁ私は神経質なものでねぇ。毎回確認したくなるんだよ。君がいつ手を抜くか分からないからさぁ」

「信用してないならアタシにやらせんな!!クソがあ!!!」

 突然ヒステリックになった女に対し、男は少し動揺する。

「メンゴ、メンゴ!悪かったよ。じゃあ、いつもの浄化班じょうかはん送っとくから明日の午前中には部屋から出てね。そんじゃ!」

 男の軽い謝罪で通話は終わり、スマホをソファーの上に投げ捨て、女は倒れるようにベッドに横になる。

 ”どうしてこうなった”と過去を思い出し後悔に浸る。

 だが彼女には、がある。

 嫌悪感にさいなまれても絶対に引き下がるワケにはいかない。

 女は涙ぐみ、そのまま眠りにつく......



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