<第十九話・犬猿コンビの迎撃>
先述したように。
1年E組の生徒は全員、元々持っていた素質を千葉によって開花させられ、特殊な能力を持ち、それをコントロールする訓練を日頃から行っている。しかし当然ながらと言うべきか、全員が戦闘に特化した能力を覚醒したかといえば、そんなことはない。聖の能力などは比較的使いやすい方だが、一見すると強力に見える邦章の能力が、状況によってはポンコツ以外の何物でもないのと同じである。
中には単体では殆ど使い物にならないため、必ず二人一組、中には三人一組などで行動するよう義務付けられたメンバーもいる。他の普通のクラスとの最大の違いは、この組み合わせはあくまで能力の相性によって決められるということ。中にはそうやって組まされたバディが、非常に仲の悪いコンビであるなんてことも少なくはなかったりする。
仲の良い人同士で班を組む、席を決めるなんてことが1年E組に限りまず有り得ないのだ。それよりも、能力の相性の良い者同士での訓練と共鳴こそが優先されるからである。
「ほんとぉ、何であたしのバディはあんたなんですかねぇ?」
だが、詩織がそうやってピアスをいれまくっているのには当然理由がある。単なるオシャレではない。“肌に異物感がある”ことが、詩織をかろうじてこの世に繋ぎ止めることに繋がるからだ。
そこに痛みがあり、現実的な何かが突き刺さっている。それが、詩織がまだきちんとこの世の人間であることを証明する事に他ならないのだ。何故なら、詩織もまたこのクラスの生徒。当然、“侵略者の発する歪み”に関わる人物であるからである。
かつては精神病院に入れられたこともあった詩織。誰も信じてはくれなかったのだ――この世界の“空気”が、ぶよぶよしたゼリーのような液体としか感じられない、なんてことは。物心ついた時から詩織は息苦しいゼリーの中に閉じ込められた子供だった。息は吸える。動きに干渉されるわけでもない。ただ、触覚だけがいつも異常だったのだ。そのぶよぶよ、の感触が気持ちが良い場所と悪い場所がある、という違いこそあったものの。
だから詩織は、冷たい風の感触、空気の感覚というものを知らない。気温は感じることはできるが、それはいつもゼリーの温度として肌にまとわりついているものだ。一時はそのあまりに息苦しさに自殺を図ったこともあるほどである。なんといっても、同じ感覚を共有できるものが詩織の他にはいなかったのだから。
――でも、今は。息苦しいゼリーと、そうじゃないゼリーがあることを知ってるし。
その“異様な触覚”は。詩織の能力の象徴でもあると言っていい。戦闘においてそれなりに役に立つ能力の一つである。問題は。詩織はその特有の感覚が災いして、索敵能力が極端に低いのである。耳にも目にも異常はないが、極端に気配の察知などが苦手だった。多くの生徒達は、敵が近づけばみんな異様な気配で気づくというのにである。
ゆえに、詩織には大抵、索敵に長けたもうひとりのパートナーが付くことになる。それが、さっきから詩織の不機嫌の原因になっている人物――
「何回同じ文句を言えば気が済むの?」
そんな詩織の刺を、堂々とブッ刺し返してくる相手――それが小柄で無表情を貼り付けたような少女、桃子である。
「坂崎さんが敵の察知ができないから、私が仕方なく助けてあげているのに」
「はあ⁉ そういうあんたは、殆ど侵略者に対して無力なくせに! 何偉そうに言っちゃってるんですかあ?」
「猪突猛進に攻撃しかできない、坂崎さんの負け惜しみは聞き飽きたから。索敵はできなくても頭を使うことはできるはずなのに、使っているのを見たこともない。だから結局、私と組む羽目になる。私も嫌なのに」
「なんですってぇ⁉ もう一度、言ってみなさいよぉ!!」
やんややんやと騒ぐ詩織と、それに対して無表情で鋭く毒を返してくる桃子。これが、自分達が組まされる度に起きるいつもの現象である。性格が真逆で、気の合うところなど一つもない二人だった。それなのに、能力の相性という理由だけでバディを組まされてしまっているのである。何でこんな面白みのない女と組まなきゃいけないのよ!と詩織はいつも不愉快で仕方ない。
自分が組みたい相手はいつもひとりだ。近づくと冷たくてひんやりしたゼリーに包まれていて、それでいて投げかけてくる言葉はほんのりあったかい――彼。
――あああああ! なんで! 聖と! 組ませてもらえないんですかあああ! なんであいつと組むのはいっつも邦章のアホなのよおおお! あいつだって、どっちかというと戦闘タイプなのに! ていうか、戦闘タイプ同士で組んでもいいならあたしと聖でコンビだっていいじゃないのよ、ねえ!!
「坂崎さん。うるさい。もう来る」
そしてそんな詩織の心の声を聞いたかのように、実に鬱陶しそうに桃子が告げる。
「“明鏡止水・視”。……あと十秒で、そこの角を曲がってくる」
詩織と違って、完全に索敵に特化しているのが桃子だ。彼女は珍しく、1年E組に入ってくる前から殆ど己の能力を開花させ、そして使いこなしていたひとりであった。クラスで随一の眼と言っていい、少女。悔しいが、彼女の索敵能力そのものは詩織も評価しているのだ。桃子には、周囲1キロ近い範囲(体調とメンタルでその範囲が狭くなったり広くなったりもするようだが)にいる強い悪意を持つ存在を捉え、その相手との距離や速度などを正確に図ることができるのである。
ゆえに、彼女は普段の生活からその能力を使い、敵意ある存在がいる場所を避けて通るということをして生きてきたのだった。この学校を受験する生徒は多かれ少なかれ侵略者への親和性、もしくは関係性が存在するのだが――中でも桃子は極めて露骨なタイプだったと言っていい。彼女はその眼の力だけで、侵略者から自力で逃げ続けていたひとりである。コントロールがこここまで効くようになったのは入学してからのことであるようだが。
「さて、愛しい聖クンのかわりに、この詩織サマがちゃっちゃとトドメを刺しちゃいましょうかねえ!」
聖が逃がしてしまった敵を自分が倒す!詩織はわくわくして仕方なかった。詩織の中ではすっかり、この任務を完璧にこなして聖に感謝される自分自身の姿が投影されている。
『詩織……やっぱり、お前に任せて正解だった。俺の力ではまだまだひとりで侵略者を倒して、この世界を守っていくのは難しいようだ。でも、詩織、お前と一緒ならどんな敵が襲ってきても立ち向かっていけると思う。頼む、今後は俺のバディとして一緒に戦ってくれないか? もう他の誰かと組むなんてことはしないでくれ。俺だけの相棒でいて欲しい。いや……任務のことだけじゃない、私生活の方でも、永遠に俺の伴侶として傍にいてくれないか……?』
「いよっしゃあああああああ!燃えて、きたぁああああ!!」
詩織の頭の中でファンファーレが鳴り響き、純白のウエディングドレスを着た己がタキシード姿の聖にお姫様だっこされているところまで到達して妄想は終了した。桃色バラ色な夢が弾けると同時に、自分の夢を叶える踏み台――じゃなかった、“異次元エレベーター”を模した侵略者が勢いよく角を曲がり、こちらへつっこんでくる。
一体どういう意識を集めたのだろう。手のような姿をしているのかと思っていたら、いつの間にか泥のように溶けた謎の塊と化しているではないか。走ってくるというよりも、ドロドロになってもがきながら転がってきているようにしか見えない。
まるで某長編アニメの祟るカミサマみたいじゃないですかね、なんてことを考えつつ、詩織は腕を振り上げた。
「“無限抱擁・纏”! 液体なら、あたしの十八番ですからぁ!」
敵の進行先を塞ぐように、巨大な水の壁が現れる。侵略者はその水の壁にもろに真正面から突っ込むことになった。途端、どろんと蕩けたゼリーのような水が、侵略者の全身を包み込むことになる。
液体相手なら、こちらも液体で対抗するまで。詩織は空気中の水分を自在に液体に変えることができる能力を持っている。その液体を使って相手を捕まえ、そして水圧で握りつぶすというのが基本戦術だ。
「そのまま潰れちゃえばいいんですぅ! “無限抱擁・圧”!」
がっ! と敵に向けて突き出した掌を、ゆっくりと閉じていく詩織。詩織が握り締める握力が、そのまま数十倍もの威力になって敵に襲いかかるという寸法である。どす黒い泥団子のようになった侵略者の中から、赤い眼のようなものがちらちらと覗き、半開きになった口からけたたましい啼き声が上がった。ちゃんと効いている。あとはこのまま握りつぶすだけ――!
「坂崎さん!」
その時、傍で黙って成り行きを見ていた桃子が珍しく慌てたような声を出した。
「侵略者の足が……!」
え、と思った瞬間。侵略者の身体から一本の足のようなものが現れ、水のベールを突き破っていた。その“足”はそのまま本体から切り離されると、勢いよく飛び出して廊下を逃げ出していく。
同時に、詩織の攻撃が敵の本体を思い切り握りつぶして消滅させていた。だが、桃子は焦りを隠さずに叫ぶ。
「まずい……! どうして、結界が……!!」
「え、え? 一部分だけ逃げられたけど、あんなに小さくなったなら相当弱体化してるでしょ? それに誰かさんの結界で、この校舎からは逃げられないはずだし……」
「だからその白戸君の結界が! 一部剥がれてる! ……侵略者に気づかれた……っ」
その意味を、理解するまで数秒。
「はああああああああああ⁉」
次の瞬間、詩織の素っ頓狂な叫び声が、夕闇の校舎に響き渡っていったのだった。
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