<第十八話・絆の力>

 1年E組に入れられた生徒は、入学式の直後にこのクラスの意味を教えられ、半ば強制的に能力開花のための訓練をさせられることになる。

 聖ももちろん、その例外ではなかった。オカルト的な相手と戦わなければいけないだの、とりあえずオカルト研究会に入れだの、そんでもってこの話は部外者には秘密だの。何それわけわからん、頼むから巻き込まないでくれ、なんてことを言っても拒否権などあるはずもない。

 そもそも聖とて、全く何も知らずにここを選んだかといえばそんなことはないのである。交通の便よし、学費よし。しかし受験の時にこの学校の門をくぐった時点で、何も予感していなかったといえば嘘になる。あちこちにキツネはいて、その多くがどこか暗い顔と暗い色を持っていた。この学校には何かがあるのかもしれない、そう思ったのも事実だ。

 ただ、実のところそうでなくても学校という存在は歪みが溜まりやすい傾向にある。多くの生徒達が学び、青春の多くの時間を過ごすという学校。それぞれの思惑が絡み合い、複雑な人間関係を形成し、トラブルは絶え間なく怒るのが必定である。イジメが多い学校、不良が多い学校、先生が過労死しかかっている学校――なんて学校も、キツネ達が微妙な顔でそこに居座っているものなのだ。当時の聖には、キツネ達がそういう顔をしてそこに居る理由まで図ることはできなかったのである。

 ましてや、そこの学校をどうやら誰かさんも受験するともなれば――聖としても、なんとなくその学校を選びたい気持ちにもなるというものなのだ。合格している学校は他にもあったが、結果として聖は今此処にいて、怪異の最前線に立っている。

 認めたくはないが、これも運命というものなのかもしれない。此処にいるからこそ、自分は結果として香帆を助けることができるのだから。


『此処に来た皆さんには、怪異へ対応する力を身につけていただきます。ただし、私達教師の能力をもってしても、皆さんに皆さん自身が望んだ力を授けることはできません。私達が出来るのは、あくまで皆さんが本来持っている……素質を開花させることだけなのです』


 そういって、自分達の担任である千葉が持ち出して来たものは。人数分の紙と、一本のロウソクとマッチである。

 彼は教室に暗幕を張って締切ると、全員に紙を配った。そして、全員に告げたのである。そこに、君が一番大事だと思うものを書きなさい、と。抽象的なものでもいい、具体的なものでもいい、人の名前であっても構わないとそう言ったのである。


――制限時間が設けられた中で、俺が思いついた顔は一人だった。でも、バカ正直にあいつの名前を書けるほど出来た性格でもない。だから。


 聖は紙に漢字を一文字書いたのである――“絆”と。

 それは昔と比べて距離を取りがちになってしまった彼女と、それでも今なお繋がっていると信じたい、そういう聖自身の想いもあったのかもしれない。

 面倒くさがりで、どちらかというと一人でいるのが好きな聖だが。好きなのは一人でいることであって、独りでいることではないのである。


『書きましたね? では皆さん、出席番号順に並んでください』


 その紙と、その紙を独りずつロウソクの火で炙るという儀式めいたやり方。どのあたりに、どんな力がかかっていたのかまでは聖にはわからない。

 ただきっと、あの文字とそこに込められる感情に反応して、何かが目覚めるようには出来ていたのだろう。聖が紙を炙ると、焔にくっつけていないにも関わらず紙は碧い焔を上げ、一瞬にして燃え尽きてしまったのだ。そして、その焔の中に見えたのである――自分の手に繋がる、何本もの糸が。

 その瞬間、聖は誰に教えられるまでもなく、己の“力”を理解していた。きっと、他の者達もそうだったことだろう。

 聖の能力、それは。


「捕まえたぞ、侵略者!」


 黒い手の塊は、聖が操る青い糸にがんじがらめにされ、もがいている。

 生徒達の能力は全て、四文字で構成された単語、主に漢字で表現されることになる。殆どが四文字熟語であるとは限らないようだ。

 聖の能力名は、“天衣無縫”。

 己の生命力で作り出した糸を具現化させ、敵を自由に拘束、攻撃する力である。非常に攻守に長けた、比較的使いやすい能力であったと言っていい。まあ、射程距離が短い、という弱点はあるのだが。


――“異次元エレベーター”の主! こいつは何がなんでもここで仕留める……! このチャンスを逃したら、次に退治できるタイミングがいつになるのかわかったもんじゃない‼


 香帆の為ということもあるが、とにかく自分達が侵略者を討伐できるタイミングは限られているのが問題なのだ。世界のルールのせいで、自分達はあくまで“こちら側に侵入してきた存在”にしか対応できない。防災にあたる行為が一切できないのが問題なのだ。あくまで事件が起きてから、こちらの世界に侵入してきた“弱体化した敵”を水際で叩くしかできない集団である。

 この学校が、長いことそうやってこの学校そのものをあえて“侵略者の侵入口”として据えることで、長年堰となり世界を守ってきたのだ。此処を突破されるわけにはいかない。ただでさえ、魅入られる人間がランダムすぎて絞れない厄介な七不思議を軸にしてくれている。今回も、たまたま香帆の先輩がオカルト研究会に、攫われる前に話を持ち込んでくれたからいいものの――そうでなければ、今度もむざむざ被害者を増やして終わっていたに違いないのである。


――捕まえた状態で、このまま切り刻んでやる!


 聖の操る糸は、捕縛するためのロープにもなれば切り刻むための凶器にもなる。このまま性質を変化させて侵略者にトドメを指してやれば――聖が意識を集中させようとした、その時だった。


「!」


 ぐにょん、と数多の蠢く手であった侵略者の身体が歪んだ。腕が引っ込み、再び大きな泥の塊のようになる。泥、液体――そこまで考えてしまい、聖は叫んだ。


「しまった!」


 侵略者はみな、人間の意識を利用してその姿を具現化する存在だ。今回は特に、エレベーターに吸い込む“ナニカ”という不定形な存在である。その姿は、見る者によって数多とそのイメージを変えることだろう。腕の姿で最初に具現化されたのも恐らくそれが影響している。前田小宵をエレベーターの向こう側に引きずり込む存在として、自分達の多くがイメージしたのが“引きずり込む腕”であったからに違いない。

 そして、今目の前にいる聖が、どろんと蠢いたソレを見て別のものを想像してしまった。泥のよう、だと。同時に。

 泥ならば糸の隙間も潜れるのではないかという、恐れを抱いてしまった。


「!!」


 瞬間、ぬめる液体のようになったそれは糸の隙間をくぐりぬけ、聖に遅いかかってきた。真上から覆いかぶさろうとしてくるそれを、土壇場で聖は後ろに飛んで躱す。床にぶつかり、泥団子のように一瞬潰れて侵略者は飛び跳ねた。そして聖を無視して、ずるずると別の方向に移動しようとし始める。

 行こうとする先はわかりきっていた。逃した獲物、前田小宵を再び狩るためだ。侵略者はあくまで七不思議のイメージと怪談を媒介にして存在する。裏を返せば、その怪談から極端に外れる行為はできない。自分を捕まえようとする聖よりも、怪談に魅了されて捕獲対象になっている前田小宵を優先して追いかけるのは当然のことといえば当然のことだろう。


「逃がすか!」


 このまま行かせてしまってはまずい。小宵と一緒に、香帆もいる。まだそこまで遠くには逃げられていないはずだ。


「はいはい、まだまだツメが甘いよなー聖クンは!」


 追いかけようとした聖の耳に、どこか軽い調子の少年の声が響く。化物が飛び出そうとする玄関前で待ち構えていたのは、同じく捕縛担当として配置されていた邦章だ。


「もうちょいイメージ修行頑張らないとな? 俺らの想像力ってのは武器になるけど、向こうにも力を与えかねない諸刃の剣……それを忘れないようにってセンセイにも言われてただろ?」


 一年E組のトラップマスターは、そのまま勢いよくしゃがんで地面に両手をついた。

 瞬間、彼の足元で魔法陣が輝きだす。




「“四面楚歌・封!”」




 邦章の能力は、特定の相手の意識に介入し、その意識の認識と方向を歪めるというもの。邦章に標的にされた存在は、邦章が封じた空間から抜け出すことができなくなる。窓があっても窓を認識できず、玄関があっても玄関だとわからない。本来ならあるはずの出口が見えなくなり、閉ざされた空間の中を行ったり来たりしてしまうというわけだ。屋内の単体相手では非常に強力な能力だと言っていい。

 案の定、侵略者は邦章の光を浴びると、びくりと全身を震わせて後退し引き返していった。よしよし、と邦章はニヤリと嗤う。


「とりあえず、これでヤツは校舎の中から抜け出せなくなりましたよ、と」

「本当に大丈夫なんだろうな? 全部の窓、ちゃんと封じたか?」

「それはさすがにきついんで、二階の階段の入口と一階の玄関と窓の全部ってことで。いやー俺の能力強いけど準備に手間かかるのが問題なんだよなあ。体力気力すっげー使うし」


 そんなことを言いつつも、さほど疲れた様子もなく邦章は言う。生命力というか、体力に関しては邦章は本当にオバケなのだ。さすが、陸上部の長距離選手を兼業するだけのことはあると言うべきか。

 邦章の能力は強力だが、それでも弱点というものはある。絶対無比な能力なんてこの世には存在しないのだ。

 一つ目は、邦章が相手の名前――これは、名付けられた名前、であっても構わない――を知っていること。つまり相手が全く正体不明の侵略者であった場合、邦章の能力はほぼほぼ役に立たないのである。

 二つ目は、準備がしてあること。邦章の能力は、特定の領域を相手が越えられないように意識を歪ませるというものである。その特定の領域は、予め邦章が指定していなければならないのだ。魔法陣を描いて、相手が“出口”と認識できそうな場所全てを封じておかなければならない。つまり、突発的に敵が出現した場合は、その準備が完了するまで彼の能力は使えないのである。

 そして三つ目。邦章の能力は、第三者がその封印を破ってしまうと崩壊するということ。今の状況でも、うっかり邦章が封じた窓や階段の印を誰かが消す、破くなどしてしまうと、相手の認識からそこが外れてしまう。つまり、出口を認識されてしまうことになるのである。以前の捕物帳でも邦章が印のつけ忘れをやらかしてしまい、封印に失敗したなんてことがあったりするのだ。あれは先輩達からフルボッコされても仕方あるまい。


「相手が単体で屋内なら、とりあえず追い詰めるのはそう難しくねえ。封印が万が一破れたら俺がわかるしな。生徒達も予め帰してあるだろ?問題ねぇべ」

「と、この間も言っておいてミスしたんだったよな。信用ないぞ」

「うっせー! 人間なんだからそういう失敗する時もあんの! 仕方ねーの‼」


 さて、このままぐだぐだくっちゃべっているわけにはいかない。出口を求めて校舎内をうろついている侵略者を、さっさと捕まえるなり倒すなりしてしまわなければ。


――まあ、俺の出番はもうないかもしれないが。


 ギャアア、と形容し難い悲鳴が響く。うまくやれたかな? と聖は廊下の奥を見た。

 今回のミッションは、オカルト研究会の中でも1年E組だけでこなすようにと命令を受けているが。それでも自分達にはまだまだ、頼もしすぎるほど頼もしい仲間が存在しているのだ。

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