<第十三話・迎撃の舞台>

「……なるほどね。聖君はそこまで貴女に話してきたの……」


 何かを考え込むように、小宵は言った。


「かえって気になるわね。聖君の今までの行動からすると、何がなんでもあたし達に……というか、香帆ちゃんにそのへんの情報を伏せておきそうなものなのに」

「確かに、私もそこはちょっと気になりました。何か心境の変化でもあったんでしょうか」

「心境もそうだけど、状況が変わった可能性があるわね。……知らせない危険と知らせる危険を天秤に賭けて、まだ知らせた方がマシだと判断したのかもしれないわ」


 進展はあったはずだというのに、小宵の顔は険しい。段々と香帆も不安になってくる。聖が口を開いてくれた、と手放しで喜べそうにはない。

 何故だろう。事実が判明すればするほど、見えない何かに追い詰められているような気がしてしまうのは。


――先輩が、異世界からの侵略者、なんてトンデモ話を信じてくれたっぽいのはいいんだけと……。


 この先どんなことが起きるのか、今の自分達では殆ど予測がつかないのが怖いところである。七不思議による失踪者はまだまだ増えるのだろうか。そもそも、現在猛威を奮っているエレベーター以外の怪談が活性化する可能性はないのだろうか。

 事実を知ったところで打てる手が何もないのだとしたら――一体、力を持たない非力な一般人はどうすればいいというのだろう。


「……聖君の話で、一つ謎が解けたかもしれないわ」


 そんな香帆の気持ちを知ってか知らずか、小宵は真剣な眼差しを向けてくる。


「この学校が何故不吉な立地で建てられてるのかってことよ。何で生徒が大量に通う学校を、怪異が呼び込みやすいような形で建造したのか。他の施設ならともかく学校を鬼門に向けて建てるなんてやっぱり変でしょ。そして実際この学校では七不思議という名前の侵略者による攻撃で失踪者が出てる」

「ですよね。まるでわざと侵略者が攻撃をしやすくしているみたいです」

「そうね。そしてそんな学校に、侵略者に対抗できるような組織……体制、そして精鋭部隊が訓練を受けている。どう見ても意図的だわ。……考えられることはひとつ。敵の侵入口を誘導するため……でしょうね」

「え?」


 侵入口を誘導する?意味が分からず首を傾げる香帆。


「あくまであたしの推測の上で、と言っておくけど。……聖君の話ぶりから察するに、侵略者というのはこの世界の歪み……隙間を見つけては入り込んでくるような存在なのよね。それが怪談だったり、それによる人の想像力であったりするってことかしら。いずれにせよ、侵略者の存在を知ったところで侵入そのものを防ぐのは相当困難なことであるような気がするわ。怪談が発生するのも、人が面白半分な想像をしたり悪意に溺れるのも、第三者がコントロールするには限界があるもの。実質、不可能と言っても差し支えないでしょうね」


 まあ、それはそうだろう。七不思議を消し去って被害を防ぐことができるなら、この学校だって当然それを実行に移しているはずなのだから。

 人の口に戸は立てられないもの。

 同時に――どれだけ押さえ付けたところで、人の創造力もまた制御できるものではあるまい。


「じゃあどうやって侵略者を倒すのか? 侵入されるまま野放しにしていいわけじゃない。……やり方は一つだわ。あえて敵が侵入しやすいルートを作っておくことによって、そちらに敵を誘導して叩くのよ」

「あ……!まさか」

「そのまさか、じゃないかしら。この学校にあえて“敵が侵入しやすい歪み”を作っておく。そしてその目の前に最前線の部隊を配備して水際で被害を阻止、あるいは軽減する。恐らくこの学校そのものがそのために存在する防波堤として作られたんだわ。そしてそう考えると、上層部が何がなんでも七不思議と事件の真相について調査されるのを拒んできた理由も分かるような気がしてこない?」


 段々と組上がっていく推理。

 そうか、と香帆は気づく。侵略者を防ぐためには、どこかに意図的な侵入ルートを作ってそちらに被害を集中させる必要があった。怪談が生まれやすく人が多い学校という存在は理にかなっていたのかもしれない。でも。

 そこに通う生徒たちはそんな事実など知らない。知っていたら誰もこの学校を受験するはずなどないからである。そして、今。万に一つその事実が一般人に露呈したらどうなるか?――最低でも保護者達から袋叩きに合うことは、眼に見えている。


「……学校側の責任問題になりますよね、それ。実質、生徒たちを囮に使っているようなものですし……」


 今更ながら思う。何も知らなかったとはいえ、とんでもない学校に来てしまったのではないか、と。


「まあ、そうなるわよね。……あたしだって、はっきり言ってまだ半信半疑だし。そんな話まず信じてもらえないし……信じてもらえたら貰えたで非難轟々になるのは避けられないしね。……ただ、もし本当に侵略者なんてものが存在して、今もこの世界が危機に晒されているというのなら、やり方としては極めて妥当だと思うわ」


 小宵はあっさりと言い切る。彼女の割り切り方が、少しだけ香帆は羨ましかった。自分はまだ、聖から聞いた話を完全に消化しきれずにいる。それは実際のところ、まだ香帆自身が本当の意味での敵を目の当たりにしていないからなのだろうけども。


「……先輩」


 あまりにも、話の規模が大きすぎる。この学校にいる以上自分達もみんな無関係でないのは分かる。ただ、真実を明らかにすること、これ以上の調査を続けることが本当にみんなの為になるのだろうか。

 もはや、新聞部の活動の領域を超えている。記事にしていい、していけない、なんてレベルの話でさえない。学校の思惑が本当に“この学校そのものを防波堤として機能させる”ことであるというのなら――その事実を晒してしまい、生徒達にパニックを招くのは害にしかならないことだろう。

 それどころか。世界の危機を招く結果にさえ、なりかねないのではないか。まだそんな実感など微塵も湧いていないけれど。


「この話が本当なら、私達、どうすればいいんでしょうか」


 我ながら、らしくもなく弱気になっていると思う。せっかくここまで調べたのに、とは思えない。むしろ、ここまで調べてしまったことさえ、本当に正しかったのかどうか。


「真実に到達したところで。一般人でしかない私達に、何かできることなんて……あるんでしょうか」


 大きな脅威と絶望を前にして、自分達普通の人間がただ無力なだけであるというのなら。

 むしろその脅威の存在さえ、知らないままである方が遥かに幸せなことではないか。みんなにとってそうなら、それならば自分達がやっていることは――。


「……ねえ、香帆ちゃん」


 そんな香帆に、小宵は。


「何であたしが、新聞の特集に七不思議を組もうとしたのかって話。隠し事が多すぎて違和感があったから……以外の理由を、香帆ちゃん話したっけ?」

「え?……いえ」

「あたしもね、前々からオカルトには一応興味があったの。……あんまり良い意味の興味じゃないんだけどね。むしろ……憎んでたってのに、近いから」


 憎んでいた。溌剌としていて、いつも元気で強気な小宵らしからぬ言葉である。どういうことですか、と尋ねれば。小宵は苦笑して、窓の向こうへと視線を投げた。

 此処からは、夕闇に沈みかけた校庭がよく見える。同時に硝子に映り込む、いろんな感情を綯い交ぜにした彼女の表情も。


「あたしが通ってた小学校にもね、あったのよ。七不思議。……といっても、ココの学校のソレと比べるとだいぶチャチなやつなんだけどさ。おなじみ定番のトイレの花子さんもあったっけなあ。その頃の私は今以上に怖いもの知らずっていうかさ。今よりずっと男っぽかったかもしれないわ。昔からチビだったけど、喧嘩は強かったしね。よく男の子と喧嘩して泣かせたりしてたっけ……」


 初めて聞く話である。付き合いがまだそんなに長くもないので、当然と言えば当然であるかもしれないが。

 今の彼女も結構な姉御肌ではあるが、男っぽい見た目かと言えばそんなことはない。喋り方も女性的であるし、髪も長く伸ばしている。男気はあるし男勝りでもあるが、男性的な少女ではない。そんな小宵にも、男の子と殴り合いの喧嘩をするような時代があったのかと思うと少し香帆には新鮮だった。


「でね? その学校の七不思議に、“音楽室の呪いのピアノ”ってのがあったわけ。誰もいない音楽室のピアノが、夜ひとりでに鳴り出して……ていう、これまた超定番のヤツ。それを聞いた人間は、そのピアノを溺愛して不慮の事故で死んだ調律師?だのなんだのに魅入られて神隠しされちゃうってかんじの内容だったの。そんなもんあるわけないって思ってね。あたし、当時好きだった男の子を誘って強引に肝試し紛いなことをやったわけ。その子気弱で、女の私が言うのもなんだけど……超草食系の、守ってあげたくなる系男子だったのよ」

「そういう子がタイプだったんですか、当時は」

「どちらかというと、弟みたいで可愛いって気持ちも入ってたけどねえ。……その先は、想像つくかしらね。呪いのピアノは“ホンモノ”だった。でも、連れ去られたのは私が好きなあの子だけだったの。……この怪談には補足があってね。死んだ調律師は女で、男の子の方が攫われやすいってのがあったのよ。あたしはそれを知っていた。怪談なんかあるわけないと思ってたし、万が一あの子が神隠しされそうになったら守ってやるくらいの気持ちでいたわ。……そうすれば、カッコいいところ見せられる、と思って。馬鹿みたいでしょ? そんなあたしの阿呆らしい行動のせいであの子は攫われて……そのまま帰ってこなかったんだから」


 段々と沈みこんでいく小宵の口調が。彼女がどれほど後悔してその場にいるのかを証明していた。

 同時に、気づくのである。彼女もまた、“歪み”に触れたことのある人間であったということを。


「アレが幽霊なのか悪魔なのか、科学現象なのかなんのか。……あたしも、聖君と同じ。見たは見たけど、答えなんか出なかったのよ。大人は誰も信じてくれなかったから、結局真相は迷宮入りになっちゃって。そのまま私は、あの子を取り戻すことなんかできなかった。……それをね、ずっと後悔してるわけ。あの時あたしが怖がるあの子を無理やり連れていかなかったら。あの子も今頃はあたしみたいに……高校生になれてたはずなのに、って」


 快活な彼女らしからぬ、滲んだ声。香帆は何も言えなくなる。彼女はただ、好奇心だけで新聞部に七不思議の議題を持ち込んだわけではなかったのだ。

 彼女は今でも知りたいのだろう。大好きだった男の子が、一体何処に消えてしまったのかを。


「七不思議、ってもの全てが繋がってるとは思ってなかったわ。でも、今回のことで漸く答えが見えそうなの。……今更あの子が帰ってくることなんか期待してないわ。そんでもって、あたし達普通の人間に出来ることなんてきっとたかが知れてるんでしょう。……でも。だからこそ、よ。それが知りたいの。知りたいからこそ、調べたいのよ。普通でしかないあたし達に、一体何ができるのかを」


 そして小宵は振り返り、険しい眼で衝撃の事実を口にするのである。


「あたしには時間がないの。……あたしも呼ばれちゃったから。“異次元に繋がるエレベーター”に」

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