<第十二話・パズルのピースが嵌る音>
疑問に思っていたいくつもの点が、ここでようやく繋がったような気がする。
香帆は聖に聞いた話をぐるぐると頭の中で回しながら、午後の授業を終えていた。本当はまだまだ彼に訊きたいことはあったのだが、残念ながら時間切れだったのだ。昼休みは他の休み時間と比べてばそれなりに長いが、だからといって立ち話をいつまでもしていられるほどではないのである。
――異世界からの侵略者、なんて。そんなの、本当なの?
本当に、ライトノベルの世界にでも迷い込んだようだ。彼が嘘をついているようにはとても思えない。けれど、話の中身そのものが眉唾であったのも事実。幽霊でも、悪魔でもなく――異世界からの、侵略者。本当にそんな存在がいるのかと、疑ってしまうのはどうしようもないことだろう。
確かに自分は、小宵と共に“有り得ない”事態には遭遇したが。だからといって、不思議な存在全てを肯定して考えるのはあまりにも難しいことである。目の前に、“侵略者”が現れて害をなしてきたわけでもないから尚更そうだ。
ただ、実際人は消えていて、七不思議に関しては圧力がかかり続けている。異世界から侵略してきた存在がいてそれを自分達が退治していると証言する者達がいる。ならばもう、その時点で事件にはなっているのだ。自分の知る幼馴染が――聖が、それに巻き込まれているというのも。
『ひとつ、教えて欲しいんだけど。……こればっかりはどうしても、わからなかったから』
チャイムが鳴る直前に、どうしてもこれだけは、ということを聖に尋ねていた。
『この間、私と先輩で一緒に……あんたのところの大怪我したっていう三年生をお見舞いに行こうとしたんだけど。そしたら病院にも辿りつけなかったの。まるで、見えない何かに邪魔されているみたいに。……あれ、あんたの仕業なの?』
自分はあの現場で、聖の姿を見かけたわけではない。でも、何故か香帆は、聖が関わっていたに違いないと確信を持っていた。
よくよく考えてみればおかしい。自分達は確かに七不思議を調べていたが、学校の七不思議というからにはあくまで“学校が舞台”であることが大前提なのだ。実際七不思議の内容を全て見ても、学校の外で怪異を起こす可能性があるものは一見すると無かったように見受けられるのである。実際、あのエレベーターに消えた守彦達も、学校で姿を消したらしいというのがわかっている。
だから、学校の外で起きた事件は――侵略者が関わっていないという確証があるわけではないが、七不思議絡みとは考えにくい。
そして、もしも安全のために一般の生徒に情報を伏せたいというのが学校側ないしオカルト研究会の意図であるのならば。病院にいる、柊空史に近づけないようにしたのもそちらの意思である可能性が高いだろう。柊が何を見て何を知っているのかわからないが、面会謝絶にしているということはつまり彼から一般の生徒へと情報が漏れるか、なんらかの悪影響が出ると考えるのがごくごく自然な流れだ。
何より。自分達は病院には辿りつけなかったものの、駅に戻るには何の支障もなく戻ることができたのである。つまり、あの謎の“歪み”は、あくまで病院にたどりつけないように工作するためだけのもの。自分達に、危害を加えるためでは――ない。
『……黙ってるなら、肯定として受け取るけど、いいんだね?』
聖は答えない。それが無性に、香帆には腹が立った。
『どうして? ……確かに、あんたの話が本当なら七不思議について調べるだけでも危険があるってことはわかるよ。でも、私だってこの学校の生徒なんだよ?この学校にいる時点で十分巻き込まれてるといえば巻き込まれてる! 調べれば調べるだけ危険があるっていうなら、踏み込みすぎないように気をつけるだけの分別はあるよ? それとも何? 聖は、私や先輩が面白半分に七不思議に近づいて迷惑かけるような人間だとでも思ってるの? 私達、そんなに信用ないの?』
『香帆……』
『知らなくたって巻き込まれるなら、知って対策立てた方がいいに決まってるじゃん! 今日みたいな話を、もっと早い段階でしてくれても良かったんじゃない? 入学してから何日過ぎてると思ってんの!』
これでも――これでも香帆は。彼のことを、ずっと友人だと信じてきた身である。
それなのに、こうして隠し事ばかり。しかも今回の話が真実ならば、侵略者と戦う身である聖は相当危険な立場にいるということではないのか? 守彦のように消えることもあるかもしれないし、もしかしたらただ消えるだけでは済まないこともあるのではないか?
それこそ。本当にもう、二度と会えなくなることだって――十分あるかもしれないのに。
それなのに、どうして自分には何も話してくれないどころか、そんな手間暇をかけて遠ざけようとするのだろう。自分は、彼のように特別な力なんて何もないのかもしれないけれど。素質もそうだし、いざ戦いの現場になったら役立たずどころか足でまといでしかないのかもしれないけれど。
だからって。何も話されず、蚊帳の外にされるなんて。後でそれを知らされた自分がどれだけ傷つくか、聖は何もわかってないとでもいうのだろうか。
『……そんなに』
きっと、そうではないのだろう、ということはわかっている。
それでも言わずにはいられなかった。
『そんなに。……私のこと、嫌いになったんだ?』
嫌いになられたわけではないとしても、信用してもらえないなら。
それは嫌われることと、一体何の違いがあるだろうか。
『……香帆』
そして、そんな香帆に、聖は。
『何も分かってないのは、お前の方だ』
『はあ⁉』
『確かに、オカルト研究会も学校側も、一般の生徒を少しでも怪異から遠ざけようと動いている。知ることそのものが危険であるからこそ、七不思議を調べようとする人間には必ず圧力がかかるようになっている。病院の、柊先輩の面会謝絶もそうだ。……そしてそこまでした上で、香帆に関しては余計に遠ざけるように手を打ったことも否定しない』
そうして言われた言葉は、香帆にとってはあまりにも予想外なものだった。
聖はどこか――深い深い感情を噛んで、それを押し殺すような苦しげな顔で。それでもまっすぐ香帆の眼を見つめて、言ったのである。
『お前を特別遠ざけようとしたのは。……俺がかつて、お前に救われたからだ。身勝手なのはわかってる、それでも俺は……可能な限りお前に、安全圏にいて欲しいと願っている』
――救われたって、何? 私あいつに、そんな特別なことしたっけ……?
正直なところ、覚えらしい覚えがない。というか、長いこと一緒にいる時間が多すぎて、話した内容も何もかも特別なものではなくて――逆に“どれのこと?”となっていると言えば正しいだろうか。
救われたとは、どういうことだろう。だって彼が“キツネ”の姿で歪みが見える人間だと知ったことさえ、今日が初めてだというのに。
「昨日の夜から、二年生の女子がいなくなったままっていうことで調べてみたんですけど」
新聞部の会議にて、七不思議に関して――および七不思議の失踪者に関して調べていた部員の一人が、ハイ、と手を挙げる。
「消えたのは、C組の
「なるほどね。それ以降彼女を見た人間は?」
「昇降口に駆け込む彼女らしき人を見たという人はいましたけど、それ以降は。弓道部はそこまで遅くまでやってないので……まだ日が落ちる前の時間です。外はさほど暗くなってなかった、って言ってました。そして、そのまま家に帰らず……携帯にも音沙汰がなく。真面目な生徒だったので非行に走る心当たりもなく、両親は夜の段階で警察に届けを出したみたいです」
「それだけだと、家出扱いされそうね……情報がなさすぎるし」
部員の報告を丁寧にまとめていく部長の小宵。本当にそのとおりだなあ、と香帆は思う。いくらいなくなった少女が真面目な生徒であったとしても、だ。だからといって、急に非行に走らないという保証はない。この近隣は比較的治安がいいから尚更である。
ましてや、七不思議のせいで消えたかもしれないなんて――一体誰が、信じることができるだろう?
「ちなみに太田君の場合は、どの七不思議で消えたのか確定できたわけではないんですが。物部さんの場合は、“異次元に繋がるエレベーター”でほぼほぼ確定していいものと思われます。彼女の友人から証言が出ました。彼女、消える少し前に友達に相談していたんです。エレベーターの噂って本当だったのかもしれない……と」
本物。香帆の背に、冷たいものが走りる。エレベーターのある場所は階段の真横だ。視界に入れないで階段を通るなど、はっきり言って相当無理ゲーと言わざるをえない。
そのエレベーターに存在する、あるはずのない地下一階のボタンを見てしまうと、エレベーターに呼ばれて神隠しに遭う――それが事実なら、一体どうやって防げばいいというのだろうか。
そもそも、階数ボタンが外にあるのがおかしいんだ! なんてことを今言ってもどうにもならない。貨物エレベーターなんて、それが普通なのかもしれないのだし。
「それと、私なんですけど……すみません」
二年生の部員が、申し訳なさそうに手を挙げた。
「放課後……友達を中心に、“飼育小屋に一匹増える”について調べてたんです。友達、生物部だから何か知ってるかもと思って。そしたらそこに先生が来て……まさか新聞部、七不思議について調べてるんじゃないだろうなって怖い顔されて」
「まさか、ゲロっちゃたの?」
「い、いえ! 適当に誤魔化して逃げました。でもあの様子だと、だいぶ疑われたかも。すみません、このまま調査がしにくくなったら私のせいかも……」
「あちゃあ……」
――やっぱり、先生達もピリピリしてるんだ。七不思議で、失踪者が出たとあっちゃ……。
早く事件を解決しなければ、次に消えるのが誰になるかもわからない。
だが、香帆はどうしても気になって仕方ないのだ。七不思議が全て危険だというのなら、侵略者が入り込みやすくなっているというのなら――それはもしや、この学校の立地に原因があるからではないのだろうか?
なんで、鬼門に向けて学校を作るような真似をしたのだろう。そのあたりがどうしても香帆にはわからずにいる。
――この会議の後で、小宵先輩と相談してみようかな。
今日の聖の話も、彼女に伝える必要がある。
確かに未来に繋がる進展はあったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます