<第十一話・異世界と侵略者>

「異世界とは、書いて字の如し。俺達の住むこの世界とは異なる次元に存在する世界だ。ルールが違う。様々な法則が違う。物質から重力まで皆異なる次元に存在している。ゆえに、本来世界同士は干渉し合うことがないし……していい存在でもないんだ」


 聖は淡々と、とんでもない話を語る。


「無理に干渉しようとすれば、双方の世界が壊れる原因を作ることになる。だから世界には、壁がある。見えないけれど、絶対に超えることのできない高く分厚い壁が。だから、その世界に生きている人間が、本来異世界の存在を知覚することなんてないんだ。稀に知覚できる人間がいることもあるが……そういう奴らは大抵狂人扱いされて精神病院に放り込まれていることが殆どらしい。他の人間には見えないモノが見える奴を、今の人間達は“霊能力者”か“幻覚見てラリってるヤバい奴”でくくりたがるもんだからな」


 なんとなく、香帆も理解してしまった。――聖が一番恐れていたのはそれなんだろう、ということが。

 彼は、人には見えない“キツネ”が見えていた。しかし聖本人も、それが霊能力的なものであるのか、科学であるのか、はたまた自分の頭の中だけで起きている幻覚なのかを判別することができなかったのである。他人にそれを知られたら、己がどういう扱いを受けるかなど明白すぎるほど明白だ。

 だから、彼はそれが露呈する可能性がある、あらゆるモノを避けて通っていたのだろう。オカルト関連なんてその最たるものだ。万が一“見える”人間だと判断されてしまった場合。霊能力者扱いされて祭り上げられるのも、異常者扱いされて病院に投げ込まれるのも、平々凡々と日々を過ごしたい身としてはたまったものではなかったはずで。


――そういう苦しみって、きっと見える人にしかわかんないもんなんだろうな……。


 同情、なんてむしろ失礼だとは思うが。

 なんだかやるせなかった。そうやって彼が蓋をしてきたはずのものを、思い切りこじ開けた存在があったがゆえ、今彼は此処にいるわけなのだろうから。


「……その理屈でいくと、侵略ってのはかなりハードル高そうね?」


 思う事はいろいろあるが、今は彼の能力について哀れみを抱くよりするべきことがあるだろう。そんなもの、聖が望んでいないのは明白だから尚更だ。


「侵略者って、どうやって?……そもそもなんでそれが、オカルト研究会ってことになるの?」

「お前も新聞部なんだろう。情報処理のエキスパートを目指すなら、現時点で分かったことからもう少し推理できてもいいんじゃないか?」

「うっわ、何ソレ」


 ものすごくストレートに馬鹿にされている気がする。香帆はムっとしつつも、どうにか頭を働かせた。なんというか、自分と小宵が調べてきたことが既にほとんど筒抜けになっている気がしてならないが――彼がああいうということは、現時点の情報だけで真実の大半は見抜けるはずだということだろう。

 この世界は、異世界からの“侵略”を受けている。

 その侵略に対処する存在が、オカルト研究会であるのだと彼は言う。


――そして、聖は実際……人には見えない存在を“キツネ”という形で知覚することのできる能力者だった。その聖が1年E組になったのはどう考えても偶然じゃない。


 やはり、入試の時点でなんらかの仕掛けがあったのだろう。能力者、あるいはまだ開花していないけれどその素質がある人間が1年E組に集められたと考えるのが自然だ。そして、その1年E組の生徒が全て、オカルト研究会への入部を実質強制された。その侵略に、対処するための処置がそうであったということは――。


「……1年E組という形で、能力者をひとつにまとめて、それをさらに他の学年の能力者達とあわせた“オカルト研究会”ということでグループ分けした……」


 情報を頭の中で巡らせる。まとめていく。


「ひとまとめにするのは、その間だけで情報共有して、結託する必要があったってことだよね。……クラス分けしたのは、一年生の段階で……そう、そのクラスだけの、特殊なカリキュラムを組む必要があったってことかな。極秘で……“侵略者”に対処するための訓練をさせるため……そう、1年E組っていうのはそのために存在する“精鋭育成クラス”だった……!」

「ほう?」

「じゃあ、なんでオカルト研究会である必要があったのか? それが一番都合がいいからだよね。都合がいい……つまり、隠れ蓑として相応しいということ。オカルト研究会がオカルトを調べていても何も不思議には思われないから。……そう、それこそ七不思議とか」


 段々と繋がってくる。七不思議――つまり、この学校の怪談。何故か、新聞部が調べようとすると、記事になる前に学校側から圧力がかかる妙な状況が生まれる。

 それは、七不思議を“普通の生徒”に調べられると困るから。何故困るのか?その侵略者とやらが、関係しているのはまず間違いない。


「新聞部が七不思議を調べると、学校から圧力がかかる。何故か禁忌の扱いをされる。それは七不思議が、“侵略者”と無関係ではなく……普通の生徒が調べることで不都合が生じるから。この場合考えられる可能性はおおよそ三つだよね。一つ、それを知られると学校が隠している犯罪行為などが明るみに出てまずいことになるから。二つ、一般の生徒が調べることで、侵略者への対処に支障を来すことになるから。三つ。一般の生徒が調べると……危険だから」


 危険。それは知識がないから、能力がないから。

 1年E組のように、オカルト研究会のように、特殊な技能を開花させ訓練しているわけではないから。

 あるいは。――知ることそのものが、非常にリスキーだから。


「この学校の七不思議は、“危ない”。七不思議の通りに行動する、あるいはそのルールに不運にも引っかかると……その生徒は死んだり行方不明になったりすることを学校側は知っている……! ……そう、守彦君がいなくなったみたいに」


 だから、調べさせたくない。それが最大の理由と見てまず間違いないだろう。


「でも、侵略者っていうのと七不思議っていうのがイマイチ繋がらない。侵略してくるってことは、攻撃してくるってこと……だよね? 攻撃っていうのはどうやって? 七不思議通りに人を消したり殺したりするのが攻撃……なの?」

「……まあ、大体あってるな。あと一歩惜しかったが」


 パチパチ、と聖はおざなりな拍手をした。面倒だけど一応敬意は示しておこうか、みたいな態度である。まあこれがこいつの平常運転なんだよな、と思いつつ香帆はため息をついた。推理するのは嫌いではないが、疲れる。何でわざわざこっちに考えさせるのか。目の前にいるのだから、これくらいのことは教えてくれてもいいのに。

 すると、聖は香帆の心を読んだかのように告げた。


「教えてくれることに甘えるな、香帆。常にそうやって考える姿勢を忘れるな。……人間の最大の武器は、“考える”ことだ。どんな危機の中であっても、考え続けることで活路が開けることはある。それは、相手がどれほどの化物や想像の外にある怪異であったとしても同じ。……考えるのを、やめるな。それが生きている人間である俺達人間と、奴らの違いだ」


 それは、正論ではあった。だからといって、という気持ちは拭えなくもなかったけれど。


「話を戻そう。七不思議が危ないから、一般の生徒が調べようとするとストップがかかるのは事実だ。知る、だけで危険がある。そういう時、普通の人間では対処するにも限界があるからな。まあ、新聞部っていう存在は何年経っても厄介だって先生達もぼやいてるけど。ついでに教えてやる。昨日の夜、もう一人消えたそうだ。千葉先生から話があったし……お前のクラスでもホームルームにそんなことを聞いたんじゃないか?」

「あれも、関係あるの⁉」

「消えた女子生徒は、守彦同様過去に“怪異”に遭遇したことのある存在だった。もちろん別件だけどな。一度“異世界”に触れたことのある奴は“呼ばれやすい”。何故なら異世界に触れた時点でそいつは歪む。その歪みから、奴らはこの世界に侵略してきているんだ」


 トン、と踵で地面を叩く聖。世界同士は本来不干渉、無理に干渉しようとすれば双方の世界が崩壊する可能性がある――それはついさっき聖が実際に言ったことだ。

 それに対して香帆は、それなら侵略なんてハードルが高いんじゃないの、と返した。今でもそこが謎で仕方ない。侵略というのは、領土を広げる為に行うものであるはずである。それで結局共倒れになってしまっては、何の意味もないではないか。


「“あちらの世界”には、それそのものに意思があるかもしれないと言われている。世界はある時考えた……隣にいるその世界を食ってみよう、と。そして、どうすれば隣にあるこの世界を食えるのか試行錯誤したわけだ。さっき言ったように、世界の壁は分厚い。そうそう超えられるものじゃあない。……やるには、その壁を超えることなく、あるいは壁を超えたことを“こちらの世界の意思”に悟られないような侵略をしなければならない」


 で、思いついた方法があるのさ、と聖。


「奴らは考えた。ならば力を抑えた上で、“こちらの世界の存在”に擬態して侵略すればいいのではないか? と。……そうして利用されることになったのが“人の意識”と“物語”だ」

「そ、それってまさか……」

「そうだ、それが“この学校の七不思議”なんだよ」


 とんでもない話だが、やっと見えてきたような気がする。何故、この学校の七不思議が危険なのかということが。この学校の七不思議で、本当に人が消えたり死んだりするのかということが。


「例えばトイレの花子さん、というとお前達は何を思い浮かべる? 大抵、おかっぱ頭に赤いスカートの女の子なんじゃないのか? それは過去の都市伝説から来ている影響なんだが……そうやって物語を聞いて、人がそれをイメージすることにより……この世界では姿を持てない侵略者が、初めて形を得ることになるんだ。異世界からの侵略者が侵略をするには、“人に害をなす物語”と“それを聞いた人間のたくましい想像力”が不可欠なんだよ。だから、トイレの花子さんを知らない人間がトイレに行っても何も起こらない、起こせない。異世界の侵略者は、なんの行動も影響も及ぼせない」

「でも、トイレに来たのが“花子さん”を知っている人間だったら……」

「そういうことだ。その人間の意識に干渉して、侵略者は姿を得る。そして、その人間の“想像した通りに”惨劇を起こすというわけだ」


 俺達が戦っているのはそういう存在なんだよ、と聖は話を締めくくった。


「だから、“オカルト研究会”。……俺達1年E組は、異世界からの侵略者専門の討伐隊なんだ」

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