<第六話・闇の誘い。>

 オカルト研究会に属している生徒たちはみんな、元1年E組であるということで知られている。他の運動部などと兼部している生徒もいるので一見するとわかりにくいが、何故か1年のクラス分けの時期にE組配属になると、誰であれオカルト研究会に入ることを半ば強要されるのだという。

 そして、香帆の幼馴染みである誰かさんも当然その一人に分類される。柊空史が入院している病院に向かうには、電車で二駅隣まで向かう必要があった。その道すがら、香帆は小宵に過去の聖についての話をしておくことにする。――こうなったらヤケもヤケ、だ。何が待っているかわからないが、トコトン小宵に付き合って真相を暴いてやるしかあるまい、と香帆は腹を括りつつあった。

 駅で電車を待つ間は、ちょっとした作戦会議タイムである。


「まあ、要約すると。あのアホは、オカルトなんか興味もないし、本人の意思でオカ研に入るようなヤツじゃなかったってことです。でも、過去のアレコレを思い出すと、幽霊が見える素質みたいなもの? はあったんじゃないかなあって」

「なるほどねえ。ちなみにその小学校の時の林間学校……だっけ? 閉じ込められた子達はその時点では無事だったのよね。結局彼らが閉じ込められた原因はなんだったの?」

「さあ。……ボロい小屋だったから、誰かがうっかりしめちゃって、窓枠が歪んでたせいでそのまま開かなくなったんじゃないかって先生は言ってました。誰も信じてなかったですけど。窓なんか閉めてないって閉じ込められ組は主張してたし」

「ふんふん」


 何か異変が起きた時、子供は“幽霊の仕業だ!”と叫び、大人は“そんなものいるもんか”と笑い飛ばすのはもはや定番と言えば定番である。それは幽霊なんてどう対処したらいいかわからないものに“出現して貰ったら大いに困る”というのもあるのだろうし――そんなものを信じているなんて言ったら他の大人達に馬鹿にされそうだというのもあるのだろう。

 何故か知らないが、一部の霊能者や研究者以外の大人は“幽霊を信じるのは子供っぽい”と思っているフシがあるような気がする。香帆も少しだけ馬鹿にしていたところがあるので(完全否定派ではなかったが)人のことをどうこう言うことはできないのだが。

 あの時もそうだった。説教を受けつつも、それでも小屋に何かがいたと主張する彼らを教師達は一蹴した。悪いことをした言い訳をしたいのだろうと取られた可能性もあるだろう。まあ実際、面子が悪かったのもある。肝試しの先遣隊に志願するような、悪戯好きのガキ大将的な少年少女ばかりだ。――そうだったあの守彦が、今では大真面目な柔道少年をしているというのだから、世の中はわからないものだが。


――そういえば、あの時のあいつらの証言もちょっと妙ではあったんだよね……。


 あの小屋に、何か決まった怪談があったわけではなかった。なんせ偶々泊まりに来ていただけの、林間学校の宿舎の庭にあった小さな建物である。だから、子供達は都合の良いようにその場で怪談を創作していたのだ。最終的に彼らの意見は殆ど真っ二つだった気がする。

 一つは、あそこに元々住んでいた管理人か誰かが、ブラック過ぎる仕事に絶望して首を吊るとかして封印しているんだ! 派。

 一つは、宿舎の関係者の女が男に捨てられるなりなんなりして、ガソリンを被って火だるまになって死んだとかそういうのだろう! 派である。

 子供達の想像力というのは逞しく、中途半端にリアリティがある。ブラックバイトだのブラック企業だのがナチュラルに設定に盛り込まれる時点でなんというか非常に時代の闇を感じてしまうような気はするが。

 ぶっちゃけ根拠ゼロの創作話であり、どちらかといえばそれは“首吊りの男の幽霊が出た方が面白い”か、“黒焦げの女の幽霊が出た方が面白いか”の戦いだった。が、奇妙なことに、小屋に閉じ込められた連中が実際にそのような幽霊を見たのだと証言したのだ。

 約半分が首吊りの男を。

 もう半分が黒焦げ女を。

 自分達が主張し、信じていた方の幽霊を目撃したというのである。――そりゃあ、彼らが自分達の興味を引くために都合の良い嘘を吐いていると大人が思うのも無理からぬことではあっただろう。正直香帆さえ、“どうせ嘘つくなら設定擦り合わせておけばいーのに”と思ったほどである。

 実際、林間学校の宿舎の管理者があの小屋を南京錠で封印していたのも、古くて崩落の危険性がある上、不良や浮浪者が入り込むのを防ぐためというのが最大の目的だった。だからこそ、その管理人がぼやいていた言葉が耳に残って離れなかったのだが。


『なんで窓開いてたのかねえ。あれ、内側からしか鍵閉められないし開けられないはずなんだけどなぁ……』


 結局、謎が解けることはなかった。何かを知っていたのかもしれない聖も、それ以上の発言をすることはなく。

 香帆としてはただ、小学校の時のちょっと不思議な体験、くらいで記憶されていただけの出来事だったのだ。聖が突然オカ研に入り、そこで閉じ込められた一人であった守彦が今回神隠しに遭ったのでなければ。


「……一応訊いとくけどさあ。香帆ちゃんも普通に入試でこの高校入ったよね?裏口とかじゃないわよね?」


 もうすぐ電車が来るなぁ、とアナウンスを聞いていた香帆は、小宵のその言葉にずっこけることになった。確かに此処は公立の人気校だし、偏差値もそれなりと言えばそれなり、しかも学費が格安と来ているが。


「そんなわけ、ない! です!」

「あーごめんごめん疑ったとかじゃなくてえ。……ちなみに前期? 後期?」

「後期ですけど?」


 なんなのだ。小宵は何が知りたいのだ。香帆は質問の意図がわからずに困惑する。


「私も後期だったわ。でもって、一年の時はA~Eまでクラスがあって、もちろん私はE組ではなかったんだけど……」


 やって来た電車に乗り込みながら、小宵は首を捻っている。


「もし、E組に入った生徒はオカ研に入れられる……じゃなくて。オカ研に入れたい生徒を最初からE組に振り分けてるんだとしたらさ。その基準をどうやって決めるのかって言ったら、受験くらいしか思い当たらないわよね」

「はあ、まあ……」

「筆記試験と面接はみんな受けてると思う。前期の人は面接と成績だけで入ってたりもするとは思うけど。……ただ、その。霊能力を図るような、特別な試験なんて受けた心当たりがないのよね……面接官の先生だって、その人によってバラバラだったみたいだし」


 それは、確かに謎と言えば謎かもしれない。

 オカルト研究会に入れたい生徒を最初からE組に振り分けている――その可能性は少なからずあるだろう。なんといっても、聖は登校初日に誘いを受けたと言っていた。最初から予定調和だと考えた方が筋が通ることだろう。

 だがそうなると、そういう試験が組み込まれていたと考えるのが自然だが。試験問題に特筆するべき点はなかったし、全ての生徒を同じ面接官が見たわけでもない。基準は非常に謎と言えば謎だ。


「でも、予めE組に……っていうのは多分当たってるわね」


 ちょっと気になってはいたのよ、と小宵。電車の中はそれなりに混んでいた。二駅しか乗らないのだから、わざわざ座る必要はない。朝のラッシュと比較すれば立っていても全然不快ではない混み具合だ。ただ、長身の香帆と違って名前の通り小柄な小宵は、少し窮屈そうにはしていたが。


「私の学年ってちょっと人数が少なめだったの。……でもって、5クラスに分かれたけど、中でもE組だけ妙に生徒の人数が少ないなとは思ってたのよね。二十五人くらいで一クラスよ。他のクラスはみんな三十人オーバーだったのにどうしてこのクラスだけ?って不思議だった。……あれはもしかしたら。基準に入るような生徒が、たまたま私達の学年にはそれだけの人数しかいなかった……ってことだったのかもしれないわね」


 自分達の学校のある駅の隣駅は、複数の路線が入る少し大きな駅だ。そこでかなりの数の人が降りていく。混雑があまり得意ではないらしい小宵はふう、と大きく息をついていた。小さいと大変だなあ、と少々失礼なことを思う香帆である。

 女の子は小さい方が可愛い、と香帆自身は本気で思っているが。大抵の場合、実際に小柄な少女は小柄なりに悩みを抱えているものらしい。特に混雑が大変なんだよお、と同じくミニマムサイズの苺が嘆いていたのをよく覚えている。


「……まあ、話がやや横路逸れちゃったけど。今からお見舞いという名の偵察に向かう、柊君なんだけどね。当然ながら彼も元1年E組なんだけど」

「どんな人なんです?その柊さんって」

「おっとり系でそこそこイケメン、テニス部を兼部してた……ってのはわかってるわ。正直私も同じクラスになったことないから、殆ど話したことはないのよね。まあ情報収集はそんなに難しくなかったけど。なんといってもファンクラブ持ちだから」

「うわぁ……いるんですね、現実にそういう王子様系男子」

「ていうより、ミーハーな女子が作っちゃうのがアレなんだけどね、ファンクラブ」


 それもそうか、と香帆は納得する。ファンクラブといつのは何も、崇められる本人が作るわけではないのだ。


「気になるのは。……中学までの彼と、高校に入ってからの彼。随分印象が変わった……ってね。中学から追いかけてる熱心なファンの子がそう証言したのよ。……まるであんたの幼馴染君みたいじゃない?」

「それって……」

「あくまで推測の範囲だけどね」


 電車が、目的の駅に到着する。真っ直ぐ前を見つめる小宵の目は、どことなく険しい。


「オカ研で、何かを見たのかもしれないわね。柊空史も、時枝聖も」

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